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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第二章 新米メイド、王宮へ行く
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35 忘れられた王妃と忘れられた姫君1

 昼食の後、私はパイラと一緒に働きながら、お屋敷の仕事について教えてもらうことになった。

 まずは食器の片付け。これは2人がかりなのですぐに終わった。

 次はお洗濯だ。先程の騒ぎで汚れてしまったクリスタリア姫のワンピースと、来客用のシーツを何枚か。

 このお屋敷に来客があるのかと聞いたら、「たまに殿下が泊まっていくこともあるのよ」とパイラは言った。

「客間もふたつあるの。ひとつ空いてるから、エルさんにはそこで寝てもらおうかな。私がこのお屋敷を出る時が来たら、今使っている部屋を譲るから」


「パイラさんは、いつまで……」

 ここに居てくれるのかというつもりで問うと、「実はまだ決まってないの」と答えが返ってきた。

 雇い主のカイヤ殿下には、「とにかく新しいメイドが見つかるまでは居てくれ」と頼まれたんだそうだ。見つかった後は、彼女の都合のいいようにしてくれればいいと。

 で、後任の私が来たので、あとは仕事の引き継ぎさえ終えれば、いつでも辞めることができるのだが、

「別に、急ぐ必要もないかと思って。結婚式の日まではまだ余裕があるし、ここはお給金もいいし。だから、もうしばらくは居るつもり」

 わりとちゃっかりしてるのね。とはいえ、こちらとしても、慣れるまでは先輩が居てくれた方が何かと心強い。


「色々教えてください、パイラさん」

 パイラは「任せて」と胸を叩いて見せた。「……って言っても、そんなに教えることもないのよね。ここの仕事って、基本は家事をこなせばいいだけだから」

「何か、王宮のしきたり的なことは……」

「ないわよ」

 パイラはおかしそうに笑った。

 クリスタリア姫は王族と言ってもまだ子供。人前に出る機会も多くない。それは彼女に仕えるメイドも同じで。


「ああ、でも。来月、お城で晩餐会があるわね」

「晩餐会!?」

 私は叫びそうになった。

 何だかすごくセレブな響き。

 豪華なシャンデリアの照らす広々としたフロアで、着飾った男女がくるくるとダンスを踊る、そんな光景が目に浮かぶ。


 パイラは私の反応がおもしろかったみたいで、くすくす笑いながら説明してくれた。

「王国の伝統的な夜会でね。年に2回、夏至と冬至の日にひらかれるの。参加できるのは女性だけって決められてるから、『魔女の宴』なんて呼ぶ人も居るらしいわ」

「…………」

 私の脳裏に、ぐつぐつと煮えたぎる怪しい色の鍋や、高笑いを上げる魔女たちの姿が浮かんだ。

「何を想像してるかはだいたいわかるけど、普通の夜会よ?」

とパイラ。

「ドレスアップした女の人たちが集まっておしゃべりしたり、踊ったり。男の人が居ないってところを除けば、普通とおんなじ」

 そうは言っても、「夜会」とか「晩餐会」なんてもの自体、私にとっては別世界だ。

 来月、夏至の日か。

 怖いような、楽しみなような。


 洗濯物の入ったかごを持って、お屋敷の裏口から外に出る。

 そこは裏庭だった。ぐるりと生け垣に囲まれており、地面には花が植えられている。

 物干し竿が2本、それに洗濯用の丸い桶がふたつ、並べて置いてある。


「ちゃんと水道が通ってるから、水汲みは楽なのよ」

 パイラが指差した先。お屋敷の外壁に金属製のパイプが這っている。パイプの先は蛇口に通じていた。機械仕掛けで地下水を汲み上げているのだそうだ。

「湯浴みの支度も、お風呂場の蛇口をひねれば水が出てくるから、後は火を焚いてわかすだけ」

「すごいですね」

 私は素直に感心した。さすが王宮だけあって、設備は整っているのだ。

「そうね。おかげで、けっこう時間も余るの」

 お世話する相手は姫君1人。いかに気合いを入れて家事をしても、午後になると手が空いてしまう。

「だから、暇な時に何をするかも考えておいた方がいいわ。私は編み物や刺繍をしたり、あとは姫様に借りた本を読んだりね。あなた、本は好き?」

「はい、好きです」

 私は即答した。

「なら、良かった。姫様と話が合いそうね。姫様も本好きで、お部屋にたくさん持ってるのよ。小説とか絵本とか、もっと難しそうな本とか」

「そういえば、お昼ごはんの後はお部屋で本を読む、って仰ってましたよね」

 私がたらいに水を汲みながら言うと、

「いつものことよ。午前中はお勉強、午後は読書」

 パイラはたらいの中で洗剤を泡立てながらうなずいた。

「それじゃ、1日中お屋敷の中ですか?」

「そうね。お散歩とか、できるだけ外に連れ出すようにはしてるけど、だいたいそうかな」


 クリスタリア姫の生活は、基本的にこの庭園の中だけで完結しているのだそうだ。

 お屋敷で寝起きし、食事をとり、本を読み、勉強して。

「お城の外に出たりとかは……?」

「さすがに、まだ小さい姫様が1人で町に出るってわけにはいかないからね」

 パイラは苦笑した。

「たまに、カイヤ殿下が買い物とか遠乗りとか連れていってくれることもあるけど。そういう時はすっごく嬉しそうにしてる。やっぱり窮屈よねえ。いくら立派なお庭とお屋敷を与えられたって、こんなの籠の鳥と一緒だもの」

「えと、カイヤ殿下以外のご家族は? ここには来ないんですか?」

 王様とか、もう1人の兄殿下とか。

 しかしパイラは、私の質問に首を横に振り、

「来ないわね。お城の中で姫様に構ってくれるのはカイヤ殿下だけ。たまーにハウライト殿下がお見えになることもあるけど、長居はしないし……」


 どうしてなんだろう、と私は首をひねった。

 なぜ幼いクリスタリア姫が、こんなお屋敷に1人で住んでいるのか。しかもメイド1人と護衛が1人、いや1匹だけという慎ましさ。

 クリスタリア姫は王様と王妃様の娘で、王位継承者であるハウライト殿下やカイヤ殿下の同母妹だ。たくさん居るお姫様の中でも、身分は高い方なわけで。

 もうちょっとこう、大勢の使用人に囲まれて、恵まれた暮らしをしていてもよさそうなものだが……。


「殿下には聞いてないの?」

「はい……」

 仕事の内容についてはもちろん聞かされたが、クリスタリア姫の境遇とか、そういう踏み込んだ話はしていない。

 そもそも、自分が聞いてもいいことなのかな?


「あの、パイラさん――」

 ちょうどいい機会だ。私は前任者に会ったら聞いてみようと思っていたことを口にした。

 この先、平民の自分が、王族のクリスタリア姫と一緒に生活する上で、気をつけることはないのか。

 見聞きしたこと、体験したこと、知ってしまったこと。

 それらをどうすればよいのか?


「そうね。大事なことよね」

と言いつつ、パイラは軽い調子でうなずいた。

「殿下は悪い人じゃないけど……、やっぱり生まれ育ちからして私たち庶民とは違うし。感覚がちょっと普通じゃないって言うのかしら。それって秘密にしなくていいの? ……ってことまで、けっこう普通に話してくれるわよね」

 そうですね、と私はうなずいた。それは果たして、生まれ育ちのせいなのだろうか。殿下の性格的なものではないんだろうかと内心で首をかしげつつ。


「魔女の憩い亭で契約した時、守秘義務の話は聞いた?」

「あ、はい。それは」

 仕事の上で知った事柄について、口外してはいけないというやつだ。違反したら罰せられる。

「それさえ守れば、特に問題になることはないと思う。私たちは姫様のメイドで、やれと言われたことさえすればいい。偉い人同士のいざこざとか、ややこしい話は耳にフタ、自分には関係ないって割り切って働く方がいいかも」

 自分は実際そうしている、とパイラは言った。「下手に関わって、危ない目にあいたくないもの。命は大事にしなきゃ」

「…………」

 さらっと命がどうの、なんて言われて反応に困る。「……やっぱり、関わったら危険なこと、とかあるんでしょうか」

 パイラは不思議なものを見るような目で私を見つめた。

「そりゃ、ねえ。殿下は敵の多い人だし、今は王様の後継ぎのことでゴタゴタしてるし」

 知っている。私とて、王都の事情に全く疎いわけではないのだ。


「でも、それは……。クリスタリア姫には関係ないって、殿下が……」

 はあ、とため息をつくパイラ。

「そういうところがズレてるのよね。何度も命を狙われてきた人だから、逆にそれが当たり前みたいになって危機感薄いのかしら……」

「何度も、命を?」

「聞きたいなら――私の知っていることでよければ話すけど」

 パイラは意味ありげに間を置いて、こう付け足した。「さっき言ったみたいに、自分には関係ない、って割り切って働いた方がいいかもよ?」

 念押しされると不安になる。

 とはいえ、聞かないのも不安だ。雇い主が命を狙われたなんて話、スルーするのもどうかと思うし。

 パイラの言うように「割り切って働く」かどうかは、話を聞いてから判断するのでも、多分、遅くはないはずだ。

「えと、お願いします。聞かせてください」

 私が言うと、パイラはちょっと間を置いてから「わかった」とうなずいた。

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