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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十五章 新米メイドと呪われた王子
355/410

354 兄弟の過去3

 王妃様に弟君が居た。

 その話は正直、初めて聞いたような気がした。

 しかしながら、「王妃様が5人きょうだいである」という話なら多分、何度か聞いたことがある気がする。

 政変で命を落とした兄上様が2人。宰相閣下の奥方である妹君が1人。

 ……数が合わない。いったい残る1人はどこに消えたのか? 今まで考えたこともなかった。


「無理もない。王族とはいえ、国民の前にはほとんど顔を出さなかった男だからな」

 だけど、王妃様の弟君なんですよね? 「そういえばそんな人も居たな」くらいの情報は頭にありそうなものですが……。

「それには色々と事情がある。そもそも、おかしいとは思わないか? 王妃に弟が居たのなら、なぜそちらが王位に就かなかったのか。偉大な先々代国王の孫にあたる男子を差し置いて、なぜ分家筋のファーデンが即位するような事態になったのか、と」


 言われてみれば、確かに。

 私が今まで聞いた話でも、現王様が即位した1番の理由は「他に適役が居なかったから」だ。あの30年前の政変で、王族の多くが殺されてしまったせいである。

 なのに、王妃様の弟君が実は生きていたなんて、話が違う。前提条件から変わってしまう。


「理由は単純だ。フェリオ・クォーツはあの政変を生きのびはしたが、数年に及ぶ幽閉生活で精神こころを病んでいた」

「!」

「救出された時には、まともに会話もできない状態だったらしい。その後も与えられた部屋に引きこもり、他人ひとが近づけば脅えて逃げ出すほどだったという」


 彼を診た医者は、とにかく時間をかけて静養させることだと言った。

 落ち着ける場所で。信頼できる人のそばで。

 その役目を引き受けたのは、フェリオ王子の妹。つまり現宰相閣下の奥方、フィラ様だった。


「すぐ上の兄であるフェリオと叔母は、幼い頃から仲が良かったらしい」


 5人もきょうだいが居れば、なんとなく仲の良い相手と、そうでもない相手ができることはある。

 王妃様のきょうだいの場合、1番上のクリフ王子が皆のまとめ役。

 2番目のシャムロック王子とその下の王妃様が特に親しく、4番目のフェリオ王子は末っ子のフィラ様と仲が良い、という感じだったらしい。


「叔母はきょうだいの中で唯一、幽閉生活をまぬがれた。政変が起きた時、ちょうど里帰り中の乳母のもとを訪ねていて、王都に居なかったためだ」


 乳母は賢く、肝の据わった女性だった。

 政変の一報を受け、すぐに安全な隠れ家を手配してフィラ様を逃がすと、その後も王国に平和が戻るまでひたすら守り続けた。


 可愛い末っ子だけでも難を逃れたのは、きょうだい全員にとって幸いなことだった。

 しかし当のフィラ様は負い目も感じていたらしい。「自分だけ助かって申し訳ない」という気持ちと生来の愛情深さで、彼女は心を病んだ兄王子を精一杯、支えようとした。

 寝食の世話も使用人任せにすることなく、兄の食事を作り、眠れなければ一晩中付き添って話を聞き、気分の良い時には一緒に散歩に出たり、のんびりお茶を飲んだり。

 妹の献身的な介護で、フェリオ王子も少しずつ回復の兆しを見せ始めたが――。


「病状が落ち着いたかに見えて、突然ぶり返すこともある。それは心の病も同じなのだろうな」


 フェリオ王子はもともと剣術より学問、社交より1人で本を読む方が好き。そういう知的で物静かなタイプだった。

 病状がひどい時は発作的に暴れることもあったが、普段の彼は使用人にすら優しい人で。

 そんなにひどいことが起こるはずはないと、周囲の人々が油断したのも無理からぬ話だった。


 ある夜、フェリオ王子が発作を起こした時、ちょうど力の強い男手が屋敷に居なかった。

 彼は王族である。いかに物静かなタイプでも、護身のために戦い方を学んでいる。しかも病のせいで手加減というものができなくなっていた。結果、何が起きたか――。


「屋敷は惨劇の場になった。死者こそ出なかったが、重傷者が5人。そのうちの1人が他でもない、叔母だった」


 その夜のフェリオ王子は獣のように吠え猛りながら、目につく人間に片っ端から襲いかかったらしい。

 必死で止めようとした妹のフィラ様すら見分けることができず、手加減なしに殴り倒した。

 成人男性の腕力で打ちすえられたフィラ様は、頭から出血し、一時、意識不明になってしまう。


「叔母の顔には、今もその時の傷が残っている。前髪に隠れて目立たないがな」

 私は衝撃を受けた。あのカイヤ殿下そっくりの、お美しい叔母上様の顔に傷が?

「そうだ。叔母にとっても、その頃はまだ夫ではなく婚約者という立場だった叔父にとっても、この事件の衝撃は大きかったようだが――」

 誰よりも1番、ショックを受けたのはフェリオ王子自身だった。

 幼い頃からずっと可愛がってきた末っ子。献身的に自分を支えてくれていた妹に手を上げ、あまつさえ傷が残るほどの深手を負わせた。

 その事実は、フェリオ王子の心を絶望に染め上げた。

 事件からおよそ3週間後、フィラ様のケガが癒えるのを待って、彼は王都を去ることを自ら申し出た。


「行き先は、王都のはるか北にあるクォーツ家の私有地だ。かつては王族の流刑地として使われていた場所だよ」


 フィラ様は引き止めた。こんな傷のことなんて、自分は何も気にしていない。むしろ力の強い護衛をそばに置いておかなくて悪かった。これからは十分注意するから、と兄を説得しようとした。

 しかし、フェリオ王子の主治医が彼に味方した。

 フィラ様と一緒に居れば、フェリオ王子は罪の意識から逃れることができない。あの政変の惨劇を忘れるためにも、王都を離れるのはむしろ良い選択だ。

 行き先も悪くない。そこは流刑地と言っても、重罪とまでは呼べない悪事をやらかした王族をほとぼりが冷めるまで軟禁しておくための場所で、平和な時代には別荘代わりに使われることもあったらしい。

 王都から遠く、大きな町や街道からも離れた土地で、そばには小さな村がひとつあるだけ。多少不便かもしれないが、静養にはもってこいだろう。


 フィラ様はなおも説得を続けたが、フェリオ王子の意志は固く、最後には首を縦に振らざるを得なかった。

 必ず手紙を書くから。きっと会いに行くから。そう言って、兄の手を握りしめるフィラ様に、フェリオ王子は病が治ったかのような穏やかな笑顔を浮かべて、こう言ったという。


 ――ありがとう。また会える日を楽しみにしているよ。


 しかし、結果的にはこれが兄と妹の「今生こんじょうの別れ」になった。

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