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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十五章 新米メイドと呪われた王子
353/410

352 兄弟の過去1

「どうして……」

 そこまで言うんだろう。こんな立派な王子様が、メイド風情ふぜいに頭を下げてまで。

 そもそも「救う」って何だ。私の知っている殿下は、誰かに救ってもらわなければいけないような人じゃない。


 と、疑問に思う一方で。


 私は知っている。本来なら知るはずもなかったことを。

 具体的に言えば、ルチル姫の行方不明事件があった時。ハウライト殿下とカイヤ殿下、それに宰相閣下が話し合っているのをのぞき見てしまったから知っているんだけど。

 ハウライト殿下が王位に就こうとしているのは、弟が笑って生きられる場所を守るためで。

 宰相閣下の目的も同じ。実はカイヤ殿下の笑顔を守るためなんだということを。


 ただ、その理由については知らない。おそらく過去に何かがあったのだろうと推測するのみだ。


「そうだな、どこから話せばいいか――」

 ハウライト殿下は遠い目をした。

 これはもしかしなくても、私にお2人の過去について話そうとしている流れか?

「あの、待ってください」

 それって、私が聞いてもいいことですか。ぶっちゃけ、聞いたら後戻りできなくなるような気もするんですが。


「そうした狙いもあることは認める」

 ハウライト殿下は私の懸念を否定しようとはせず、むしろあっけなく認めた。

「ダンビュラに聞いた話では、君は少々人がよく、情に流されやすいタチだというからな」

 あの山猫もどき、余計なことを。

 つまり、ハウライト殿下の狙いとは――暗く重たい過去話を聞かせることで、私が殿下の恋心を拒めないように、あるいは拒むことに罪悪感をいだくように仕向けたい、とか?

「その通りだ。君は聡明だな」

 や、ほめられても困りますって。変なところで正直な人だなあ。

「無理強いはしない。君がどうしても聞きたくないというなら、この話はここまでにする。今度は間違いのない護衛を付けて、君の故郷まで送り届けよう」

 そうは仰いますが、ここで「じゃあ帰ります」って言ったら、私、すごい薄情な人みたいですよね?

 何かもう、状況的に話を聞くしかないところまで追い込まれているような……。

 それもわざとなんだろうか? 天然なんだろうか?

 迷っているうちに、ハウライト殿下は話を始めてしまった。


「覚えているだろうか。もう随分前のことだから忘れたかもしれないが、君は私にこう尋ねたことがある」


 ――ハウライト殿下がこのお屋敷にあまりお見えにならないのは、何か理由があることなんでしょうか?


 ……うん、聞いた。覚えてる。ちなみに「このお屋敷」とは王宮内の庭園にある、少し前までクリア姫が暮らしていた場所のことである。

 放任主義の王様と違って、ハウライト殿下は妹のことに無関心なようには全然見えなかった。なのに、滅多に顔を見せないのは変だと思って。


「結論から言えば、ある。私がクリアに会ってもあまり良い影響は与えないだろうと思ったのもひとつだが、そもそもあの屋敷は、私にとってあまり良くない思い出のある場所だ」

「姫様に会っても良い影響を与えない……?」

「そこは気にしないでくれ。本題とは関係ない」

 わりと気になるセリフを強引にスルーして、ハウライト殿下は「本題」の方を続ける。


「幼い頃、私とカイヤはあの屋敷に住んでいた」

「え。そうだったんですか?」

「ああ。カイヤに聞いたことはないだろう? あれは自分が幼い頃のことをよく覚えていない。正確には、7歳以前の記憶がひどく曖昧になっている」


 2人がお小さかった頃。

 それは3人の側室やその親戚である貴族たちが権力を握っていた時代。

 王妃様のご子息であり、正統なクォーツの血を引くハウライト殿下とカイヤ殿下は、その血筋ゆえに疎まれていた。

 あのお屋敷に住んでいたのも、半ば幽閉のようなもので――。

 外出はほとんど許されず、外部の人間と会うこともできなかった。母親の妹である叔母上様(と、その配偶者である宰相閣下)との面会も、カイヤ殿下が4、5歳の頃に1度許されたのみだったという。


「無論、使用人は居た。しかし食事や最低限生活に必要なものを用意するだけで、話しかけてくることはない。実感としては、兄弟2人きりの暮らしだったな」

「…………」

「たまに、母親の姿を見掛けることがあった。だが、やはり話しかけてくることはない。出入り口が閉め切られていたせいで、その頃、あの屋敷は昼でも薄暗くてな。そんな中、たまに見掛ける暗い色のドレスを着た暗い顔の女は、それが母親だということが知識としてあっても、私の目には幽霊のように見えた」

「………………」

 ものすごく、無理もない話だと思う。想像しただけで怖い。普通にホラーだ。


「父親は、たまに屋敷を訪れることがあった。そんな時は必ず新しい絵本や玩具を持ってくる。いつも笑顔で、愛想が良かった」

 が。

 ハウライト殿下は好きになれなかったらしい。

 こんな場所に押し込めておいて、まるで優しい父親のような顔をしている男のことが。

 当時の殿下はまだ10歳にも満たず、幽閉じみた暮らしのせいで世間知らずでもあったが――それでも、違和感を禁じ得なかった。

 王様は2人を叱るということがなかった。しつけなんてどこ吹く風、いつもにこにこ、ペットかぬいぐるみでも可愛がるようにでられて。

「薄気味悪い、というのが当時の私の心境だ」

 それもまた、無理もない気がする。別種のホラーだな。ある意味、王妃様よりタチが悪い。


「1番嫌だったのが、あの男のまなざし。特に弟を見る時の目だ」

 自分を見る時の目とは、何かが違う。

 その「何か」の正体を、幼いハウライト殿下が知ることはなかったが。

「結局のところは、顔なのだろうな」

 顔、と私は繰り返す。

 王妃様譲りの絶世の美貌。その美しさが何か問題だったと?

「少し違う。美しさが問題なのではない。王妃譲りの、という部分だけが問題だ」

「?」

「王妃の顔立ちには、クォーツ本家の血筋が色濃く現れている。名君と謳われた先々代ともよく似ている」

「それが、何か……?」

 話の流れが読めずに問いかけると、ハウライト殿下が急に笑い出した。

「『それが、何か』。全くその通りだな。ただ顔が似ているから何だというのか」

 クックッと喉を震わせて笑う。理知的な王子様らしくない、ちょっと壊れたような笑い方だった。

「あの……?」

 不安になって声をかけると、

「ああ、すまない。大丈夫だ」

と謝られた。


 気を鎮めようとしたんだろう。とっくに冷めきった紅茶を一口飲んで、

「クォーツは千年の歴史を持つ王家。敵も居れば味方も居る。崇敬の念をいだく者も居れば、恨みや悪意を持つ者たちも居る。そしてどういうわけか、その悪意は私よりも弟に向けられやすい。第一王子である私よりも。ただ王妃と同じ顔を持つというだけで――」

 まるで呪いだとハウライト殿下は吐き捨てた。

「あの顔は呪いだ。生まれてから今日までずっと、弟の身に数々の災いをもたらしてきた呪い」

「…………」

「クォーツの正統な血を引いているというなら、私とクリアも同じであるはずなのに。人というものがいかに見た目に振り回されるかという見本だな。実に滑稽こっけいだ」

「…………」

 私は、黙っていた。

 話の内容がいまいち理解できなかったからというのもあるが、目の前のハウライト殿下がすごくつらそうに見えたからだ。


 どうしようかな。ここが自分の働くお屋敷なら、冷めたお茶を淹れ替えるところだけど。

 たかがお茶と侮れない。心の乱れを鎮める役にも立つし、傷ついた心を癒す力だってある。

 本当に、ここが自分の職場だったらなあ。温かいハーブティー、それもとっておきのスペシャルブレンドを淹れて差し上げるのに――。


「前置きがいささか長くなってしまったな」

 ふーっとひとつ息を吐いてから、ハウライト殿下はいくらか落ち着いた声でそう言った。

 って、今までの話、前置きですか? 既にだいぶ重たい空気になっていますが?

「私が君に話したかったのは、今から15年前。カイヤが7歳の時に起きた事件のことだよ」

 15年前、7歳……。

 記憶を辿るまでもなくわかった。それは王妃様が離宮へと移り住み、ご兄弟もお城から追放された時のこと。


「そう、事実上の追放だった。弟が7歳の誕生日を迎えて間もなく、私とカイヤは城から出されることになった」

 不安や心細さはあった。しかしハウライト殿下には希望もあったのだという。

「城で息をひそめて生きることから解放される。両親にも会わなくてすむ。本で読むことしかできなかった外の世界をこの目で見ることができる。そういう希望があった」

 今思えば楽観視が過ぎた、と自嘲の笑みを浮かべる。

「王都を離れて間もなく。私と弟が乗った馬車が襲撃された。私は流れ矢に当たって重傷を負い、弟は襲撃者に連れ去られて、半年以上、行方が知れなかった」

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