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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十五章 新米メイドと呪われた王子
351/410

350 丁重な案内

 ゴトゴト。荷馬車が揺れる。

 薄汚れたほろのついた、粗末な荷馬車だ。

 そして積み荷よろしく積み込まれ、運ばれているのは、私だ。

 手足を縛られ、猿ぐつわを噛まされて、荷馬車の床にただ転がされている。

 目的地は知らない。これから自分がどうなるのか、何もわからないままどこかに運ばれている。

 早い話が、誘拐されている真っ最中である。


「って、またかーい!」

 口が自由に使えたら、きっと叫んでいただろうと思う。

 実際には「むーむー」と唸ることしかできない私に、「騒ぐんじゃねえよ」と悪役じみたセリフを投げてくる男。

 近衛騎士のクロムだった。


 なんでこんなことになっているのか、と聞かれても困る。

 むしろ私が聞きたいくらいだ。

 あれから数日。準備ができた、人をるから故郷に向かってほしいと殿下から連絡があって。

 今朝早く、迎えに現れた馬車に乗って、私はひそかに王都を後にした。


 ちなみに護衛として現れたのは、顔なじみのジェーンとクロム、それと初めて会う強そうな男の人が1人。

 用意された馬車は外装こそ地味だったが、わりと広くて、座席はふかふかで。

 何も怪しいところなんかなかった。こんなことになるなんて全く予想できなかった。


 しかし王都の城壁を出て程なく、馬車が急停止。一緒に乗っていたジェーンが「曲者くせもの!」と叫んで馬車から飛び出していった。

 何事かと驚いているうちに、気配を消して近寄ってきたクロムに背後から羽交はがい締めにされ、あっという間に馬車から下ろされ、この荷馬車に放り込まれて――そして、今に到る。


 わけがわからない。本当に、わけがわからない。

 しかし状況からして、今、目の前に居る男を怪しまない理由がない。

 床に転がされたまま険悪な目を向けてやると、クロムは嫌そうな顔をした。

「……俺を恨むんじゃねえよ。上の命令だ、仕方ねえだろ」

 上って誰。誰のこと。

「念のため言っとくが、殿下じゃねえぞ」

 そんなの、言われんでもわかっとるわ。あの殿下が、私をさらってこいと命じるとか、お日様が西から昇るくらいありえない。

「俺に命令したのは――」

 もったいつけてるけど、要するに宰相閣下でしょ。ついに強硬手段に出たわけね。まあ、いつかはやりそうだと思ってた。

「兄貴の方だ」

 って、はい?

「だから、ハウライト殿下だよ。おまえさんと1度ゆっくり話がしたいんだとさ」

 秘密裏に連れてこいと命じられたからそうしているだけだと、いまいちやる気のなさそうな顔で説明する。


 ……何だ、それ。

 あの理知的な王子様がこんな乱暴なことを? そんなの信じられない。


「さすがに放置できないと思ったんじゃないか? 弟をたぶらかすヤバイ女のことをさ」

 誰がヤバイ女じゃい。いくら父親が密偵だったからって……、あの「巨人殺し」と知り合いだからって……。

「色々と心当たりがあるって顔だな」

 私は「むーむー!」と抗議した。


 心当たりはともかくとして、クロムの言っていることは筋が通らない。

 殿下は私に好意を告げこそしたが、何か特別な関係になることを望んでいるわけじゃないのだ。

 手に手を取って逃げようだとか、あるいは結婚、とか。そんなありえないことを考えているというなら、多少乱暴な手段を使ってでも遠ざけようって話になるかもしれないけど――。


「……さてはわかってねえな」

 クロムはあきれと軽蔑の混じった目を私に向けて、

「あの殿下が女にれたんだぞ? それだけで十分、大事おおごとだろうが」

「むーむー!」

「あー、うるせえ、うるせえ。言いたいことがあるなら本人に言え」

 どうせ、もうすぐ着く。そう言い捨てて、そっぽを向いてしまう。


 実際その通りで、それから10分かそこらで荷馬車は停止した。

 クロムが出て行ったので、今のうちに逃げられないかともがいてみたが、手足を拘束している縄はびくともしない。

 まあ仮に縄が解けたとしても、御者台には護衛として現れた男が居るし、簡単に逃げられるとは思えなかったが。

 せめて大声を上げられないか、猿ぐつわを外せないかとジタバタしているうちに、足音が戻ってきてしまった。

 荷馬車の幌がまくり上げられる。


 現れたのは本当にハウライト殿下だった。

 彼は床に転がされている私を見て、一瞬驚いたように目を見開き、すぐにそのまなざしをクロムの方に向けて、「これはどういうことだ」と詰問した。

「丁重に案内するようにと言ったはずだが?」

 クロムは知らん顔だった。

「ご命令通りにしましたが、何か?」

「…………」

 ハウライト殿下は深々と嘆息して、それから粗末な荷馬車の中にためらいなく足を踏み入れてきた。

「部下が無礼を働いたようだな。すまない」

 詫びの言葉を口にしながら、縄をほどいてくれる。その手つきは紳士的で優しかった。

「危ないですよ、殿下。このメイド、口より先に手が出るタイプで――」

 はい、その通り。私はそういうタイプなんですよ!

 一挙動で飛び起きた私は、期待にこたえてクロムの顔面に右拳みぎこぶしを叩き込んでやった。

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