349 好意の検証3
「この件に関しては、俺もじっくり時間をかけて検証した」
と殿下は言った。
「おまえと出会ってから今日までのことを振り返り、第一印象がどうだったか、自分の気持ちがどう変わったのかを思い出してみた」
……似たようなことは私もやった。
そうして出てきた結論は、殿下が私に恋するなんてありえない、というものだったのだが、殿下は逆に「恋だと確信した」という顔をしている。
「無論のこと、俺の主観だけが根拠では弱い。客観的な意見も必要だ。信頼できる人間に事情を話して、協力してもらった」
たとえば宰相閣下や叔母上様に。または2人の娘で、殿下にとっては従姉にあたるエンジェラ嬢に。
さらにはクロサイト様にダンビュラ、執事のオジロ、この件で屋敷に押しかけてきたケイン・レイテッドにも。
自分の中にある感情を一から説明し、これが恋だと思うか、と率直に尋ねてみた。
結果、ほぼ全員が――ケインや宰相閣下ですら――同じ結論を出したらしい。
「それは恋だね」と。ケインは呪うように、宰相閣下は「残念ながら」と前置きした上で、それでも間違いないと回答した。
「何を根拠に……」
私が呻くようにつぶやくと、殿下は「聞きたいのか?」と首をひねった。
「おまえが望むなら、くわしく説明する。本音をいえば、少々気恥ずかしくはあるが」
「あ、いえ、いいです。結構です」
殿下が私のことを好きだと思う根拠だなんて、そんなの平常心で耳を傾ける自信がない。殿下はなぜか淡々としているけど、私にとっては気恥ずかしいどころの騒ぎじゃない。
私が食い気味に断ると、殿下は何を思ったのか心配そうに眉を寄せて、
「くどいようだが、俺は誰とも婚姻を結ぶつもりはない」
と念押しした。
「そもそも、あんな場所であんなことを口にすべきではなかった。俺が迂闊だったせいで、おまえに迷惑をかけた」
本当にすまなかったと繰り返す、心底申し訳なさそうな顔を見て。
私は、ちょっとだけ複雑な気分になった。
この人の場合、色々と立場があるから、確かに「迂闊だった」面もあるにはあるんだろう。実際、私はこうして隠れ住んでいるわけだけども。
初めての恋だというのに、喜ぶことも浮かれることもなく、それ以前に、恋をかなえるなんて発想は1ミリもなく。
ただ私に悪かった、巻き込んですまなかった、とばかり気にしている。
それって何かおかしくない? と、そう思うのは果たして私だけだろうか。
だって、人を好きになるって別に悪いことじゃない。謝るようなことじゃないはずなのに。
その「好きになった相手」が私という時点で問題外だが、仮にそうじゃなかったとしたら。
全然違う誰かだったとしたら、きっとこう言ったと思うんだよね。
殿下はそれでいいんですか? もう少しご自分の気持ちを大事にした方がいいんじゃないですか、って。
「あの……」
実際に口に出してしまいそうになって、慌ててストップをかける。
恋をかなえる発想がないことも、自分の気持ちを蔑ろにしていることも確かにどうかと思う。
だけど、それを私が言ったらおかしなことになる。
別に口説いてほしいわけじゃない。付き合ってくれと言われたいわけじゃない。
ああ、でも。
このままだと、殿下はずっと1人だ。この先、私以外の誰かに恋したとしても、やっぱり同じように考えて遠ざけてしまう。
それでいいのか。本当にいいのか。何かおかしいでしょって、一言でいいから言ってあげたい。
ジレンマに陥っているうちに、殿下は「そういえば」と話題を変えてしまった。
「先程セドニスに聞いた。1度故郷に戻りたいと希望しているそうだな」
「あ、はい」
故郷に戻って、家族と話したい。「今すぐには無理かもしれませんけど……」
今し方、頭を下げて頼まれたように。
まだしばらくの間は隠れ住んでいないとダメなんだろうな、と思っていたら、あに図らんや。
殿下は「そうでもない」とあっさり言を翻した。
「実を言うと、一時的に王都を離れてもらうことも考えていた」
私に関する「噂」は、殿下も宰相閣下も沈静化に努めているものの、完全に打ち消すにはまだ時間がかかりそうなので。
「おまえが故郷に戻りたいと言うならちょうどいい」
厳重に護衛をつけた上で、秘密裏に送り届ける。そしてほとぼりが冷めた頃に戻ってきてもらえばいい、と簡単に言う。
「それでいいんですか……」
「ああ、先代の捜索は無論続けておく。何かわかればすぐに知らせをやろう」
至れり尽くせりじゃないか。
雇い主が大変な時に、自分だけ護衛つきで故郷に戻って、面倒なことは人任せって。いくら何でも申し訳ない。
「気に病むことはない。むしろ、そうしてくれた方が助かる」
魔女の憩い亭も信用できる隠れ家ではあるが、既にここに来て1週間がたつ。
同じ場所に長く留まれば居所を嗅ぎつけられる危険も増えるので、そろそろ移動してもらうことも考えていた、と殿下は続けた。
……って、どうしよう。
故郷に戻りたいのは事実だし、できるだけ早く家族に会いたかったけど。
この状況で自分だけ王都を離れるのは、やっぱりちょっと――心配だ。
「殿下は大丈夫なんですか?」
「?」
「見えない魔女に狙われて……、あんな大変なことがあって……」
その魔女の正体だってまだわかっていない。誰があの魔女を差し向けたのか、殿下の命を狙っていたのかも。
最も怪しいのは騎士団長ラズワルドだが、
「そのラズワルドが実は行方不明でな。まるで煙のように忽然と消えてしまった」
……なんて話を聞いたら、余計に心配だ。ちゃんと逮捕されたわけじゃないってことは、また急に現れて殿下を狙ってくることだってあるかもしれないよね?
「だが、『見えない魔女』は封印の刃に吸い込まれて消えたのだろう?」
そう。それを報告したのは私だ。
魔女を倒したのはクリア姫だが、姫様にはあの魔女の姿を見ることができないから。
あの魔女が確かに消えたと、証言できるのは私しか居ない。
そして殿下は、カケラも疑うことなく信じてくれている。メイド1人の証言を根拠に、「あの魔女はもう脅威ではない」と認識している。
不安だし、気がかりだった。
とはいえ、私が王都に残ったからといって、何か殿下の役に立つことがあるわけじゃない。
それどころか、ただでさえ多忙な雇い主の心労を増やしてしまうだけかもしれない。
だったら、せめて。殿下が「してほしい」と言う通りにした方がいいのだろうか……。
「……こんな大変な時に、すみません」
私が頭を下げると、殿下は気にするなと答えた。
「必要な移動手段と護衛は、数日中に手配する。セドニスやアイオラにも話を通しておこう」
どこまでも至れり尽くせり手を回して、殿下は私のために準備を整えてくれた。
こうして私は、一旦王都を離れることになったのだが――。




