34 お姫様とごはん
「……おいしい」
私の作った昼食を口にしたクリスタリア姫は、もともと大きな瞳を見開いて驚きを表現した。
汚れてしまった水色のワンピースは脱いで、ふんわりしたピンクのサマーニットと、プリーツの入った白い膝丈のスカート、という服装になっている。
長い髪にはシンプルな花形の髪留め。全体的に素朴で、「お姫様」っていうより普通の女の子みたい。
ただ、何と言うか。雰囲気、あるいはたたずまいが「普通」とは違う気がする。
食事の仕方もお行儀がいいし、話し方も落ち着いている。それらを一言で表すと「気品がある」ということになるだろう。
特別な、常人にはないオーラ。カイヤ殿下も身にまとっているそれを、この小さなお姫様も持っているようだ。
「本当に、おいしいのだ」
「そうですか? お口にあったならいいんですが……」
時間がなかったので、あまり手の込んだものは作れなかった。
新鮮なトマトと生ハムを和えただけの、冷製パスタ。ちょうどお台所にあった食材を使った、ありあわせメニューである。
「もちろん、パイラが作る料理もとてもおいしいが――」
慌てたように付け加えるクリスタリア姫。こんな小さいのに、王女様なのに、使用人に気を遣ってるよ。
パイラは「ありがとうございます、姫様」とほほえんだ。「でも、本当においしいですね。何かお料理関係の仕事をしてたとか?」
「あ、はい。料理は、祖父母と母に仕込まれました」
実家が食事も提供する居酒屋で、忙しい時には厨房を手伝っていた、という私の説明に、2人はそろって感心した顔。
そこはお屋敷の食堂だった。
台所とリビングがひとつになったダイニングキッチンで、天井近くに窓があり、あたたかな初夏の陽差しが降りそそいでいる。
キッチンの方には4人がけのテーブルと食器棚、リビングの方には暖炉と長椅子があり、調度品や風景画が飾られている。
居心地のいい、素敵な空間だった。お城の中というより、ちょっと裕福な家庭の居間みたいだけど。
お姫様がメイド2人と同じテーブルでお食事というのも意外だが、あまり細かいことは気にしないでおこう。
なお、護衛のダンビュラは居ない。あの後、「昼寝」と出て行ってしまった。
パイラによれば、彼は昼食をとらないらしい。それどころか、食事自体あまりとらないのだそうだ。つくづく謎な生き物である。
昼食をとりながら、自分がここに来た経緯――小さな宿場の出身で、まだ王都に出てきたばかりであること、最初に訪れた公共職業安定所でカイヤ殿下と出会い、仕事を持ちかけられたことなどを説明する。
王都に出てきた理由については、私のややこしい事情にはふれず、単に「仕事を探すため」としておいた。
話を聞いたクリスタリア姫は、なぜか細い眉を寄せて不安げな表情を作った。
「兄様が何か迷惑をかけたのではないだろうか」
は? ……迷惑って。
「兄様は、その、人の話をちゃんと最後まで聞かないというか、たまに自分の頭の中だけで物事を決めてしまう時があって」
……確かに。そういうところ、あるかもしれませんね。お小さいのに、よくわかっていらっしゃる。
「そのせいで、人を困らせてしまう。けして悪気はないのだが」
心配するクリスタリア姫に、だいじょうぶですよと私は答えた。「もともと仕事を探して王都に来たわけですし、すぐに勤め先が見つかってラッキーだと思ってます」
嘘ではない。半分は本心だ。もう半分については、今は言わずにおく。
クリスタリア姫は私の返事に黙ってしまった。
「どうかしました?」
「その……」
クリスタリア姫は、しばしもごもごと口ごもってから、
「少し、気になっていたのだ。さっき兄様に会った時、気のせいかもしれないのだが……、目が少し、赤いように見えて」
ああ、そっか。あれだけ至近距離で見れば気づくよね。だっこされてたんだもん。
「多分、徹夜明けだったんでしょうね」
私の返事に、クリスタリア姫は思いのほか驚いた顔をした。
「徹夜……。兄様は全くお休みになっていなかったのか?」
「ああ、いえ。ちょっとくらいは寝たかもしれませんけど」
「…………」
クリスタリア姫は下を向いてしまった。
――あれ、まずいこと言っちゃいました? 私。
私は目線でパイラに問うた。
パイラは少し困った顔で、私と姫様の顔を見比べている。
「兄様は、眠る暇もないくらいお忙しいのに……、私のためにそなたを探して、ここまで連れてきてくれたのだな」
やがて顔を上げたクリスタリア姫は、子供らしくない、重いため息をついた。
「いつもそうなのだ。本当は、私などに構っている暇はないはずなのに……。いつも迷惑ばかりかけてしまう。私のせいで、兄様に……」
「ええと……」
私はちょっと困惑した。
「食後のお茶を淹れましょうか」
パイラが席を立つ。私も手伝おうと立ち上がりかけたら、「座ってて」と言われてしまった。
ううむ、困った。
するとクリスタリア姫が、「すまぬ。急におかしなことを言い出したりして」と謝ってくれた。
「そなたは知っているかどうかわからぬが、昨夜、城の方が騒がしかったのだ。また何かあったのだろうかと――心配していたものだから」
そう言って、また考え込んでいる。
見た目は幼いけど、頭のよさそうなお姫様だなあ、と私は感心した。
昨夜の騒ぎっていうのは、王様が暗殺されかけたとかいうアレだよね(殿下は狂言だと言った)。
クリスタリア姫は、何があったのか知らされてないんだな。
まあ、こんな小さい子に聞かせるような話じゃないかもしれないけど……、大人が騒いでいれば子供は不安になるし、何も教えてもらえないっていうのもつらいよね。
できれば、何か言って安心させてあげたかった。
でも、くわしいことは私も知らないし。そんな心配しなくてもだいじょうぶですよ、と適当な慰めを口にする気にもなれず。
パイラが淹れてくれたお茶を飲んでいる間、幼いお姫様は1人、物思いに沈んでいたのだった。




