348 好意の検証2
率直に言って、かなり驚いた。
ハウライト殿下とユナは幼なじみで、そういえば親しげに言葉を交わしている姿を見たこともある。
年齢も同じくらいだし、ビジュアル的にも絵になるし、そこまで意外な組み合わせってわけではないけども。
あのユナが王妃になる――というのは何だか想像できなくて、
「それって、将来を見すえた交際をしてたってことですよね?」
とつい確認してしまった。
殿下は軽く首をひねって、
「将来、と言ってもな。まだ南の国との戦が続いていた頃の話だ。兄上は当時、ラズワルドに幽閉されていた」
軽い口調で答えているが、実は大変な時期だったのである。
政敵である騎士団長が、甥の事故死をきっかけに暴走。ハウライト殿下はでっちあげの謀反の罪で捕らえられ、もしかしたら処刑されてしまうかもしれないくらいだった。
「王族の処刑は、三十年前の政変以来、例がない。王都の貴族も多くは消極的だった」
しかし、表立って異を唱える者は少なかった。
みんなラズワルドのことが怖かったからだ。
名目上の最高権力者で、ハウライト殿下の実父でもある王様は全く頼りにならない。ラズワルドの仇敵で五大家のひとつ、王都一の財力を持つレイテッドはその頃、やる気のない当主だった。
五大家で唯一、ハウライト殿下の幽閉に抗議したオーソクレーズ家当主――現・宰相閣下は、逆に謀反への関与を疑われて投獄されてしまった。
そんな厳しい状況下にあって、声を大にして処刑に異を唱えた人物。
それがユナの曾祖父・ジャスパー・リウスだった。
彼はハウライト殿下が幽閉されたと知るや、自ら王城に乗り込んで釈放を要求、ラズワルドに拘束されても怯まず、家を潰すと脅されても屈することなく。
「ラズワルドにとってはさぞ目障りだったろう。おそらく、彼を始末してしまいたい気持ちもあったはずだ」
とはいえ、ジャスパー・リウスは王都の名士。貴族たちに多大な影響力を持つ厄介な人物であるし、
「三代前のレイテッドの当主が、ジャスパー・リウスの大親友でな。警官隊の創立にも力を貸している」
以来、レイテッド一族とリウス家のつながりは深く、
「レイルズがユナに執心するように、どうも昔からレイテッドの一族は、リウス家の人間にだけは妙に肩入れする」
警官隊の活動資金も、実は王国一の財力を持つレイテッドがバックアップしている。
金を出す人間は発言権が強い。普通に考えれば、警官隊はレイテッドの私兵と化してもおかしくないところなのに、実際には全く口出しすることなく、好きにやらせている。それは殿下の言う「妙な肩入れ」が理由なんだって。
たとえ当時のレイテッドの当主がやる気のない男でも、リウス家の人間に手を出せば、どうなるかわからない。
厄介な敵を目覚めさせるべきではないと、ラズワルドが考えたのかどうか。
ともかくジャスパー・リウスは拘束を解かれ、その後もハウライト殿下の釈放のために堂々と動き回った。
殿下のご無事を確かめるためと、しょっちゅう面会にも行った。少しでもヤバそうな気配があれば、即座に救出作戦を決行するつもりだったらしい。
「ユナは曾祖父と共に兄上のもとを訪れていた。ジャスパー・リウスの体調が優れない時には、代理で面会に行くこともあったようだな」
その過程で、ハウライト殿下とさらに親しくなって――やがて愛し合うようにまでなったということなんでしょうか?
「くわしい経緯は知らん。ただ、ケインやアルフの話では、あの2人はもともと仲が良かったと」
他の幼なじみにもわかるほど、子供の頃から互いに好意的に見ていたってことか。
「ちなみに、レイルズ様は知ってたんですか?」
2人の幼なじみで、15年もユナに片恋を煩っているレイテッドの現当主様は。
「知ってはいたようだな。レイルズはあの性格だから、だからどうだというわけではなかったらしいが」
ユナに親しい男が居ようと、自分の想いは変わらん、というスタンスだったとのこと。
「状況が状況だ。兄上とユナは、正式に交際していたわけではない」
ただ、約束をしていた。
もしもハウライト殿下の身が本当に危うくなったら、ユナが連れて逃げると。絶対に、何があっても必ず守って見せると。
「それは……」
何て言うか、すごく情熱的な愛の形ではないだろうか。
男女の立場が逆だとか、そんな野暮な突っ込みはいらない。
我が身を危険にさらしてでも、愛する人を守ろうとする。――まるで物語みたいな恋だ。不謹慎ながら憧れてしまう。
「でも……、今は別れてるって」
さっき、言ってましたよね。
どうしてだろう。カイヤ殿下が「救国の英雄」となって凱旋したおかげで、ラズワルドとの権力差は逆転。ハウライト殿下は無事釈放され、今では次期王様候補の筆頭だ。もはや2人を阻む障害はないはずなのに。
ユナが平民だから? 王妃にふさわしくないから?
一瞬そう考えて、いや、違うよなと自分で否定する。
リウス家は前述のように、王都の貴族に多大な影響力を持つ家だ。実は王家の親戚でもある。身分的な問題が障害になるとは思えない。
ハウライト殿下は真面目な方だし、ユナも気が多いタイプには見えない。命を賭けて愛を誓ったのに、今さら心変わりした、なんて思えない。
殿下も気持ちは同じだったみたいで、
「俺も納得していない。正直なぜ別れたのか、といまだに思っている」
もしや叔父が反対したのではないかと、話を聞きに行ったこともあるそうだ。
だが実際にはそんな事実はなかった。警官隊は庶民に人気だから、リウス家出身の王妃はむしろアリだと宰相閣下は考えていたらしい。
「直接、兄上に尋ねてみたこともある。ユナにも話を聞いた」
2人の答えは同じだった。
「互いのために決めたことだと。悲しみはあるが、迷いはないと」
当の2人にそう言われてしまっては返す言葉がなく、引き下がるしかなかったのだとため息まじりに告げる。
「そうなんですか……」
私もつい、ため息をこぼしてしまった。
当事者が決めたと言うのなら、確かに他人にはどうしようもない。
なんでだ、どうしてだ、ってしつこく問いつめるわけにもいかない。仕方ない、ってあきらめるしかないけれど。
「……だいぶ話がそれてしまったな」
あ、はい、そうですね。
本来は全く別の話をしていたのだった。つまり、殿下の「好意」が何かの間違いではないのか、私のことを本当に好きなのか、ということを――。