347 好意の検証1
「何かの間違い、か」
思案顔で繰り返すカイヤ殿下を、私は注意深く観察した。
念のために言っておくと、自分が失礼な質問をしていることはわかっている。好意を告げてきた相手に「間違いじゃないか」なんて、普通は聞かない。
でも、カイヤ殿下だし。普通だったらありえないようなことでもありえてしまう人だし。
案の定、殿下はまるで気を悪くした様子もなく、
「その可能性については、既に検証した」
と真顔で言った。
「何分、初めてのことだ。慎重に確かめる必要があると思ったからな」
「……本当に、初めてなんですか」
それについても、私は疑問を抱いている。
だって、聞いた話と違う。叔母上様の言によれば、離宮のメイド長さん(私が会った老婆ではなく、貴族生まれの才女だという人)が殿下の初恋の相手だと。
「彼女は俺の恩師だ」
殿下は動じなかった。人として尊敬しているが、恋愛感情とは違うと否定する。
「じゃあ、ユナさんのことは」
今度は動じた。ほんのり頬を染め、視線をあさっての方に向けて、
「なぜ、ユナの名を出す?」
と聞いてくる。
なぜも何も、好意を持っているように見えたからだ。
まあ、確実に好きかどうかはわからなかったけどね。なんとなく意識してるのかな? くらいには見えた。
「……そうか」
何だかため息みたいな声でつぶやいて、殿下は私と視線を合わせてきた。
「実を言うと、自分でもそう思ったことがある」
「あるんですか」
「ああ。彼女とは幼い頃から親しくしていたからな」
ユナは明るくさばさばした性格で、思ったことは何でも口に出してくれる。
空気が読めない、他人の感情を察するのが苦手な殿下にとっては、付き合いやすい相手だった。
「幼い頃の俺は、人と接するのが今より不得手でな。兄上以外の相手とはうまく意思疎通ができなかった」
ユナはそんな殿下の面倒をよく見てくれた。
と言っても、やたら構いたがったり無理に話そうとするのではなく、「ただ受け入れてくれた」と殿下は表現した。
「彼女のそばに居ると、妙に心地良くてな。自然と好意を抱くようになった」
殿下がリウス家に預けられていたのは2年ほど。
その後は王妃様の離宮に移り住み、ユナや他の幼なじみたちとは手紙を送り合うだけの関係になった。
「それでも彼女は俺にとって親しい友人であり、人として好ましく思える相手だった」
思春期を迎える頃には、それが恋愛的な意味での好意なのかもしれないと、考えたこともあったそうだ。
「だが、それは幼い憧れのようなものだったらしい」
「そうなんですか?」
「ああ。それについては断言できる」
ときっぱり。
その根拠はと問えば、殿下は言いにくそうに口ごもった。
「……すみません。立ち入ったことをお伺いしてるのはわかってるんですが」
話の成り行きで、聞かないわけにもいかなくて。私が困っていると、殿下は「俺の方こそ、すまない」と謝ってきた。
「自分に説明責任があることは理解している。ただ、この件に関しては俺の中でも気持ちの整理がついていない部分があってな。……どう話せばいいのか、考えていた」
「あの、無理に聞こうとまでは……」
「…………」
殿下はさらにしばらく迷っていたようだが、「いや、やはり話そう」と言って、私の質問に答えてくれた。
「俺がユナに恋愛感情を持っていなかったと言い切れる理由は単純だ。彼女に好いた男が居ると知った時、胸の痛みを感じなかったからだ」
まばたき数回ほどの沈黙を経て、私はたった今聞いた言葉の意味を理解した。
「それはつまり、ユナさんに恋人が?」
「ああ。4年前までは居た。今現在は別れている」
そうなんだ。……正直ちょっと予想外だったけど、姉御肌でかっこいい人だものね。恋人が居たって別におかしくないか。
「俺が彼女に恋していたのなら、当然傷つくなり落ち込むなりするはずだろう?」
だが、殿下の心の動きは違った。
「俺はむしろ、嬉しかった」
「?」
どういう意味だろう。
これは恋愛感情かもしれないって自分で思うくらい、好意的に見ていた人なんだよね? なのに恋人が居るって聞いたら、少しくらいは複雑な気持ちになりそうなものだけど……。
逆に嬉しいと思う、ってことは、
「相手もよく知ってる人だったとか?」
ユナと同じか、それ以上に好意的に見ていた人で、この2人ならお似合いだ、幸せになってほしいと思えるような組み合わせだったのだろうか?
「さすがに勘がいいな」
殿下は感心したようにうなずいて、
「おまえの言う通りだ。2人の関係を知って、俺は最初こそ驚いたが、すぐに納得した。似合いの組み合わせだと思ったし、きっと幸せになれるはずだと確信した。彼女が姉になってくれるのは、俺にとっても喜ばしいことだった」
ん? と首をひねる私。
今、なんて仰いましたか。……彼女が、姉になってくれる?
「ってことは、あの……。ユナさんのお相手っていうのは、つまり……」
殿下が好意的に見ていた人で、恋の相手が姉になる。その条件に当てはまる人物といったら、1人しか居ない。
「ハウライト殿下なんですか?」
殿下はもったいつけるでもなく、あっさり首肯した。