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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十五章 新米メイドと呪われた王子
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344 姫君の決意1

 2人は店の最奥にある、ひとけのない個室に通されていた。

 殿下はいつもの黒づくめスタイルではなく、地味な暗色のフード付きローブ。クリア姫は質素な夏服の上から、これもフード付きの上着をその身にまとっている。

 明らかにお忍びの格好で、ぱっと見では2人だとわからなかったくらいだ。

 しかし私が銀髪紳士に促されて室内に足を踏み入れると、息をそろえたようにハッと顔を上げて――フードの陰からのぞいたのは、間違いなく私のよく知る2人の顔で。


「エル!」

 クリア姫が駆け寄ってきた。「遅くなってすまない……! 1人で不安だっただろう? さぞ心細い思いをしていただろう?」

 するとクリア姫の背後から、聞き覚えのあるだみ声が突っ込みを入れた。

「いや、そんなタマじゃねえだろ、どう見ても」

 のそのそと歩み寄ってきたダンビュラは、なぜかあきれたような目をして「元気そうだな」と私に言った。

「少しは痩せてげっそりしてるかと思ったんだが……。なんか、前会った時よりふっくらしてねえか、あんた」

 余計なお世話である。これでも人並みに不安はあったのだ。……ただ、ここの賄いとおやつがあんまり美味しくて、ちょっと食べ過ぎただけで。


「心労をかけたな、すまない」

 ゆっくりと、いや正確にはこわごわという感じで、殿下が距離をつめてきた。

「先日の非常識な発言については、あらためて謝罪する」

 自分の方がよっぽど心労を滲ませた顔をして、1度深々と頭を下げた殿下は、すぐに顔を上げると妹姫に視線を向けた。

「……が、まずはクリアがおまえと2人きりで話したい、と希望しているのでな」

 自分は席を外すからと言って、逃げるように出て行ってしまう。


 その背を見送って。バタン、とドアが閉まる音を聞いて。

 私とクリア姫は、これまた息をそろえたように互いの顔を見やった。

「姫様」

「エル」

 名前を呼び合う。短い沈黙。私は何か言わなければと焦り、クリア姫は何か言おうとして、1度ためらうように口ごもり――。

「エル」

 再び私の名前を呼んでくださった時には、そのためらいを振り切ったようだった。とても真摯しんしな、力強いまなざしで私を見上げ、

「私は、エルのことが好きなのだ」

「え」

「エルのものの考え方、人としての振る舞い、優しいところ、正直なところが好きだ。いつも作ってくれる美味しい料理も、湯上がりに優しく髪をふいてくれる手も、たまに歌ってくれる不思議な子守歌も――」


 あの歌か、とダンビュラがつぶやく。

「珍妙な歌詞とリズムが気になって、逆に目が覚めるやつな」

 護衛の突っ込みを、クリア姫は慣れた様子でスルーした。私も、彼の失礼なセリフに怒るより、今は姫様のお言葉を聞くのに忙しい。


「エルとお茶を飲みながら、本の話をする時間が1番好きだ。エルの感想や考察は、私とは違う所も多くて興味深い。あんまり楽しくて、いつもあっという間に時間が過ぎてしまう。もっと話したい、まだ話していないことがあるのに、気づいたら夕食の時間で……」


 楽しかった。この数ヵ月。

 色々と大変な事件も起きた数ヵ月だったから、そんな風に言うのは不謹慎かもしれない。

 それでも、楽しかったとクリア姫は繰り返す。


「私たちは出会って間もない。私は子供で、エルは大人だ。……身分も違う。私たちの関係は対等ではないと思うかもしれない」

 クリア姫がぎゅっと目を閉じた。

「それでも、私はエルのことを、……と、とも、ともともとも……」

 がんばれ、とダンビュラが雑に励ます。

 それで冷静になったのか、クリア姫は目を開け、少し気まずそうに私を見上げてきた。

「たとえ、エルがそう思っていなかったとしても、私はエルのことを大切な友達だと思っている。兄様がエルを好きでも変わらない。変えたくない、と強く思ったのだ」

 ふーっと長い息を吐き出し、強張こわばっていた肩の力を抜いて、

「まずはそれを伝えたかった。急にまくしたててすまない。驚かせてしまっただろうか」

「驚くっつーより、泣いてっぞ」

 え? とまばたきするクリア姫。

 まさにそのタイミングで、私のまなこのふちでせき止められていた涙が、耐えきれずに決壊した。

「ふぐぅ……、姫様ぁ……」

「エル!? ど、どうしたのだ!?」

「ありがとうございます……。そんな風に言ってくださって、ありがとうございますぅ……」

 感動のあまり床にへたり込み、泣き崩れる私。クリア姫は慌てて慰めてくださったが、すぐには止まらない。

「エル、落ち着くのだ。そんな所に座ったら服が汚れてしまうのだ。せめて椅子に……。ダン、手を貸してくれ」

 へいへい、と適当な返事をして、寄ってくるダンビュラ。2人がかりで私を支え、椅子まで運んでから、クリア姫は取り出したハンカチでそっと私の顔をふいてくれた。

「やはり、不安だったのだな。エルが泣くなんて……」

「……すみません……」

 私は自前のハンカチを取り出し、ごしごしと涙をぬぐった。


 不安はあった。殿下に「告白」されて、クリア姫との関係も今まで通りではいられなくなるんじゃないかと思ってた。

 それでも友達だなんて、言ってもらえるとは思わなかった。


「私も、姫様のことが大好きです。これからもずっと、仲良くさせていただけたら嬉しいです」

 涙声で告げると、クリア姫の顔が真っ赤になった。

「ありがとう……。私も嬉しい……」

「姫様」

「エル」

 互いの手を取り、見つめ合う。

 多分、1分くらい? そのまま固まっていたら、「おい。そろそろいいか」とダンビュラが声をかけてきた。

「話を進めてくれや、嬢ちゃん。気もそぞろで待ってる殿下が気の毒だしな」

「……そ、そうだな。すまない」

 固く握りしめていた手をほどき、場を取りつくろうようにこほんと咳払い。


「兄様もエルに話したいことがたくさんあるはずだから、私の話は手短に済ませようと思う。この先のことなのだ。お城のお屋敷が燃えてしまって、私の住む場所がどうなるのか――エルはずっと気にしていただろう?」


 それは、はい。仰る通りです。

 というか、クリア姫の居住問題については、火事より以前から問題になっていた。

 殿下は妹姫と暮らしたいと望んでいたのだが、クリア姫はかたくなに拒んでいて――その理由が、実の兄君への秘めた恋心だったというのを、私はつい先日教えてもらったばかりである。


 やっぱり宰相閣下のお屋敷に行くのかな? という常識的な予想は、続くクリア姫のセリフであっさりくつがえされた。


「私は、この国を離れようと考えているのだ」

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