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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十五章 新米メイドと呪われた王子
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340 父の足跡

 案内されたのは、来客用の個室だった。

 以前は上客向けの立派な部屋があったのだが、とある事情で壊れてしまったため、今は使えない。飾り気のない質素な部屋に通されて、向かい合って席についてすぐ。

「ハキム・クンツァイト」

 セドニスは前置きもなく話し始めた。

「と、いうのがお父上の友人の名前です。……ええ、どうやら友人と呼んで差し支えない関係だったようですね。当店の調査員が慎重に確認した結果、人間性についても特に問題はなく、信用できる人物かと」

 でも、と私は口を挟んだ。

 あのクンツァイトの関係者なんだよね? そのハキムとやらが働いている孤児院にしても、暗殺者を育てているかもしれないって……。


「ハキムは、それに彼の孤児院もですが、10年以上前にクンツァイトとは切れていました」

「?」

「順を追って説明します。彼は孤児でした。路上生活をしていたところをクンツァイトに拾われ、組織の手駒として養育された。ここまではあなたの父上とほぼ同じ境遇のようですが……」


 10代前半の頃、ハキムはクンツァイトの本家から親戚筋に引き取られた。

 名目上は密偵候補としてだが、ハキムを引き取った親戚――私を誘拐した元・最高司祭の従兄いとこにあたるという老人は、クンツァイトの非道な家業に常々思うところがあったらしく。

 引き取ったハキムにまともな教育をほどこし、実の孫のように可愛がった。

 さすがに本家の手前、養子にとることまではしなかったが、姓を与え、身分を保証し、成人後も支援した。


 クンツァイトは複数の孤児院を経営している。しかしその全てが暗殺者養成所だったわけではない。

 密偵としての適性に欠ける子供、情緒不安定だったり、成績が思わしくなかったり、訓練過程で障害を負ってしまった子供らを集めた孤児院があった。率直に言って支援は乏しく、お荷物のように扱われていた。

 老人はその孤児院の経営権を本家から買い取り、しかも適正価格に色をつけて支払うことで独立性を担保し、その管理責任者をハキムに任せた。


「老人の支援とハキムの努力で、劣悪だった孤児院の環境は見違えるほど改善されたようです」


 しかし9年前、老人が亡くなった。

 クンツァイトの本家は、今さら孤児院の経営に介入してくるようなことはなかったが、老人の代わりに支援しよう、なんてことももちろんしなかった。

 後ろ盾を失ったハキムは、経営立て直しのために1人、奔走する。


「あなたの父上は、幼なじみの窮状を放ってはおけなかったようです。ツテを頼り、支援者を探し、自身も金銭的な援助をおこなった」


 金銭的な、と私は繰り返す。

 我が家は別にお金持ちじゃない。いくら隠れて密偵稼業をしてたからって、父のポケットマネーがそこまで多かったはずもない。

 では、父はどうやってお金を工面したのか? その疑問には、セドニスが答えてくれた。


「援助の元手ですが……。父上は主家であるクンツァイトから給与の前借りをしたようです。しかもハキムの孤児院が再びクンツァイトに利用されることがないよう、その使い道については適当な言い訳をでっちあげて」


 父さん、と私は胸の内でつぶやいた。

 今の話をうちの家族が知ったら、多分、いや間違いなく怒るだろう。

 中でも祖父は絶対怒る。このお人よしの大馬鹿野郎と怒鳴り、父の胸ぐらをつかみ、そして金が要るなら一言相談しろと諭しただろう。

 だって、あまりに水くさいじゃないか。家族なのに。友達が困っているんだ、助けたいんだ、と頼ってくれればいいじゃないか。

 父は密偵という仕事のことを母以外には秘密にしていたから、自分の正体にもつながる孤児院のことを、そう簡単に話せなかった、っていうのはわかるけど。

 それでも、打ち明けるべきだったと思う。仕事のことも含めて、もっと早いうちに相談してくれていたら――。

 もしかしたら、その後の展開だって、少しは違っていたかもしれないのに。


「父上の支援もあり、運よく慈善家のパトロンが見つかったこともあって、孤児院は持ち直しました」


 ハキムはそのことをずっと恩に感じていた。

 父の援助金の出所も察していたから、いつか借りを返したい、恩に報いなければと思い続けていた。

 機会が訪れたのは、その2年後、つまり今から7年前のこと。……私が重傷を負って意識不明になった時だ。 

 娘を救うため、魔女に願い事をするため、ノコギリ山に向かう決意を固めた父は、途中で王都に立ち寄った。食糧とか防寒具とか、必要な装備を調達するためだ。

 その際、手持ちのお金がかなり心もとなかったらしく、借金を頼んだ相手がハキムだったのだという。


「ってことは、その人――」

 もしかして、知ってたんだろうか? 7年前に起きた事件のことも、私が命に関わる大ケガをして、父がその身代わりになったことも。

 当事者の私ですら、つい先日まで忘れていたことを、家族でもない人が実は知っていた?

 正直ちょっと複雑な気分になっていると、

「いえ、その時点では何も知らなかったようですね」

とセドニスが言った。

 父がひどく急いでいる様子だったので、ハキムは何も聞かずに金を貸した。もともと恩義を感じていた友人相手だ。迷うことはなかった。


 事情を知ったのは、それから少し後。父がノコギリ山から戻ってきた時だった。

 家族のもとに帰る前に、父はハキムの孤児院に立ち寄った。何のためかといったら、借りた金を返すために。

 その際、父は疲れて、ボロボロで。

 金などどこから持ってきたのかとハキムが問いつめれば、愛用のナイフをはじめとして、手持ちの装備で金になりそうなものを全て換金してきたのだという。

 ハキムはあきれた。最初から金を返してもらうつもりなどなかった、2年前の恩に報いただけだ、と突っ返そうとした。

 しかし父は、彼の孤児院を――楽しそうに遊ぶ子供たちの姿に目を細めて、こう言ったそうだ。


 この場所は、自分の救いだった。

 自分とよく似た境遇の子供たちが、人間らしい暮らしを手に入れてくれること。そのための場所がこの世にあるということが救いだった。

 どうかこの先も守ってほしい。その金はわずかだが足しにしてほしい。自分が持っていても使い道がないし――。


 そこで初めて、ハキムはくわしい事情を問いただした。

 父の身に何が起きたのか。今までどこへ行っていたのか。金の使い道がないとはどういう意味か。洗いざらい吐き出させた。

 父が娘のために残りの人生を差し出したと聞いて、怒ってもくれたらしい。

 でも、その時にはもう、彼にはどうしようもなかったのだ。父は魔女に願い事をしてしまっていたし、それを取り消す方法なんてなかったから。


「…………」

 話を聞き終えた私は、言葉が出なかった。

 心はひどく乱れていたが、その乱れが何なのか、悲しみなのか怒りなのか罪悪感なのか、それすらもわからなかった。

 ただ、ひとつ。

 今の話から理解できたのは、私が父のことを何も知らなかったという事実だけ。

 ……何も、は言い過ぎか。知らない一面があった、くらいに言うべきかもしれないけど。

 救いだったと表現するくらい、父はハキムの孤児院のことを気にかけていた。

 母と出会い、3人の子供をもうけて、傍目はためには「幸福な家庭」の「普通の父親」に見えていたとしても。

 父は、自分と似た境遇の子供たちのことを考えずにはいられなかった。

 私はそのことをどう考えればいいんだろう。娘として、どう向き合っていけばいいんだろうか――。


「ハキムはあなたに会いたがっています」

 え? と私は顔を上げた。

「正確には、彼の孤児院に来てほしいと希望しています」

 それはどうして? 何のために?

「理由はわかりません。お父上を止められなかったことを詫びたいのか、あるいは資金援助の礼がしたいのか……」

 そんなの、私がお礼を言われるようなことじゃないし、父を止められなかったのは別にその人だけじゃない。謝ってもらう必要だってないと思う。

「仰る通りですが、本人は希望しています」

 だから、なんで。

「わからないので、直接会ってみてほしいと申し上げています」

 セドニスは軽く嘆息して、なぜか渋い顔を作った。


「ハキム・クンツァイトという人物は――何というか、非常に口が重いのですよ。言葉数が少なく、表情も読みにくい。ここまでの話にしても、聞き出すのには相当苦労した上、不足部分を推測で補った面もあります」


 つまり必ずしも正確ではないと言われて、私は拍子抜けした。すっかりその気になって聞いていたのに、何だそりゃ、である。


「ご不満はもっともです。それでも、できる限りの努力はした結果です」

 セドニスはますます渋い顔になって説明を続ける。

「自分も先日、会ってみましたが……」

「え。セドニスさんが直接?」

「信用に足る人物かどうかを判断するには、それが1番ですからね。これでも多少は人を見る目があるつもりです。オーナーが多様な商売に手を出してきたおかげで、腹に一物ある人間なら嫌と言うほど見てきましたから」


 いや、だからって、あのクンツァイトの関係者で、もしかしたら危ない人かもしれないのに。

 セドニスは見た目からして武闘派でもなさそうなのに。……それとも実は強かったりするの?


「あいにく、そちらの心得はありません」

とセドニスは肩をすくめた。

「まあ護身術程度なら学んでいますが、剣術や武術については、子供の頃、適性がないと義母にはっきり言われました」

 だったらやっぱり危ないじゃないか。1人で出向くなんて。

「1人で行ったわけではありませんよ。本人だけでなく、孤児たちへの聞き取りも必要でしたから。この件については、複数の調査員が時間をかけて対処しました」


 結果、導き出された結論。

 ハキム・クンツァイトは信用できる人物であり、依頼者エル・ジェイドとの面談を仲介しても問題はない。


「実際に会うかどうかは、もちろんあなた次第です。そんな気持ちにはなれないというなら、それでも構いません」

「…………」

「どのみち、今すぐには無理な話ですしね。じっくり考えてみてください」


 会う気になったら相談してほしい、その時は憩い亭が責任もって仲介する――と言って、セドニスはハキムの話を打ち切った。

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