33 はじめまして、お姫様
それから間もなく、クリスタリア姫は無事に戻ってきた。
兄殿下に抱えられて震えている、小さな女の子。
それが、私が初めて見たお姫様の姿だった。
柔らかそうな金髪をおさげにして、ぱっちりした鳶色の瞳はお人形さんみたい。
「自分の妹は美しい」的なことを、前にカイヤ殿下が言ってたけど。
確かに可愛い。将来は美人になるだろう。
ただ、思っていたよりずっと小さい。12歳って聞いていたのに、10歳くらいにしか見えない。ちょうど10歳になる郷里の妹と、だいたい同じくらいの背格好だ。
着ているものはドレスとかじゃなく、シンプルな水色のワンピース。同色のカーディガンを羽織って、おさげ髪には上品な紺色のシュシュ。
いかにも女の子らしい女の子だった。ちょっとした近所のお散歩にも、ちゃんとおしゃれして出掛けたんだろうに――。
かわいそうに、しげみの中に隠れていたというお姫様は、しっとりと露に濡れて、今にも風邪をひいてしまいそうに見えた。
「あらあら姫様、ひどい格好ですねえ」
出迎えたパイラが言った。「お食事の前に、湯浴みをしていただきましょうか。一応、お湯の準備もしてますから」
「頼む」
カイヤ殿下がうなずく。
「じゃあ私は姫様をお風呂に……。エルさんはそのまま昼食の支度をお願いします」
「はい、わかりました」
その時初めて、クリスタリア姫が私の存在に気づいた。「そなたは……?」
私は慌てて姿勢を正し、ぺこりとお辞儀した。
「エル・ジェイドです。パイラさんの後任として雇っていただくことになりました」
「そ、そうか。それは……すまぬことをした」
慌てたのは、なぜかお姫様も同じだったようだ。カイヤ殿下から離れて自分の足で立つと、髪を整え、しゃんと背筋をのばし、
「かような見苦しいところを見せてすまなかった。私はクリスタリア。国王ファーデン・クォーツの娘である」
思わずノリで「ははーっ」と畏まったら、パイラが笑い出した。「姫様、そんな堅苦しいあいさつしなくても」
クリスタリア姫は真っ赤になった。今にも消え入りそうな声で、「い、以後よろしく頼む……」
うわ、可愛い。
これは兄馬鹿になるのも無理ないかも――。
しかしその兄殿下はといえば、あさっての方を見て何やら考え込んでいる様子。
まあ、そりゃね。状況が状況だ。妹が可愛いからって、萌えてる場合じゃない。
「結局、何だったんですか?」
姫様がお風呂に行った後で聞いてみると、殿下は「わからん」と答えた。
「わからん?」
すると、殿下と共に戻ってきたダンビュラが、のしのしと私の足元に寄ってきた。
「俺と殿下で、適当に締め上げてから尋問したんだがな。自分たちは命令に従っただけだ、とか何とかぬかしやがって」
「その命令を出した先が、どうもはっきりせん」
「ルチル姫じゃなかったんですか?」
クリスタリア姫をいじめているという異母姉。一番怪しそうだと思ったのに、殿下は「あの小娘に、兵を動かすほどの権限はない」ときっぱり否定した。
「……ない、はずだ」
否定した後で、若干自信が揺らいだように付け加えている。
「これから城に行って確かめてくる」
そうだよね。お姫様の住む庭園を兵士が荒らすなんて、あってはならないことだ。ちゃんと確かめた方がいいと思う。
「後のことは全てパイラに聞いてくれ。仕事始めから慌しくて申し訳ないが」
「いえ、そんな」
私は別にだいじょうぶだけど……、脅えきっていたクリスタリア姫は、兄殿下が出掛けてしまったと知ったら不安がるんじゃないかな。
殿下も同じことを思ったのかもしれない。一瞬、お風呂場の方に目をやって、
「夜までには戻る、とクリアに伝えてくれ」
そう言い残し、足早に扉から出て行ってしまった。




