338 新米メイド、匿われる3
ダンビュラの言う通りだった。
私たちには確かに話し合うべきことがあったし、殿下にそのつもりがなかったわけではないと思う。
ちょっと顔を合わせただけでも、何か言いたそうな空気は伝わってきたし。
結局、ろくに言葉を交わす暇もなかったのは、前日の事件のせいだ。
王国の伝統的な儀式で、大勢の見物人とお偉いさんたちが集まっている前で、白い魔女の像が突如として動き出し、大暴れ。
石像はクロサイト様をはじめとした騎士たちの手によって破壊されたものの、それで全て解決、めでたしめでたしというわけじゃない。
現場検証、関係者の事情聴取、関係各所への説明等々、やるべきことは山積みで。
殿下も、それに宰相閣下も、本当なら私のことになどかまけている場合じゃなかったのだ。が。
「ドサクサまぎれに彼女のことを拐かして、利用しようとする馬鹿が居ないとは限らないだろう?」
だから私にはクリア姫と共に安全な場所に――ひとまず宰相閣下のお屋敷に移り住んでほしい、というのが閣下の言い分だった。
「それはできない。何度も言うが、この件では叔父上を信用できない」
殿下も引き下がる気配はなく、しかし2人とも、前述のように言い争っている場合ではなく。
「このまま屋敷に居ていただく、というのは……。やはりまずいでしょう。宰相閣下の仰る通り、安全面の問題があります」
お屋敷の執事であるオジロの意見もあって、緊急避難的な引っ越しは避けられない、との結論に達した。
「だったらあたしに任せてよ。責任持ってうちで預かるからさ」
あれよあれよという間に、私は手荷物ひとつで馬車に乗せられ、ユナと共にリウス家に向かうことになった。
「エル!」
いざ発車しようとした時、馬車の窓からクリア姫の顔がのぞいた。
「大丈夫だ、何も心配はいらない! エルのことは私と兄様が必ず守る!」
「姫様……」
「近いうちにきっと連絡するのだ。ユナ殿、エルのことを頼む!」
クリア姫は真剣だった。心の底から、私のことを心配してくださっているように見えた。
それなのに私は、言葉が出なかった。兄殿下への秘めた恋心に苦しんできた彼女が、今、どんな想いでいるのかと考えると――。
ごめんなさいとも、心配しないでくださいとも言えずに、私は自分が仕えるお姫様と一時、別れることになってしまったのだった。
そして馬車に揺られること、数時間――。
連れて行かれたリウス家は、数十人もの大家族が暮らすにぎやかなお屋敷で、のどかな家庭菜園もあれば要塞みたいな防壁や見張り塔もある、なかなか興味深い場所だった。
もっとも、その時の私はゆっくり見物するような気分じゃなかったし、何より滞在時間は1時間にも満たなかった。
到着して間もなく、窓のない個室に案内され、髪を隠すためのスカーフと地味な衣服を渡されて変装するようにと言われ、同じく変装したユナと2人、出入りの商人の馬車に見せかけた馬車に乗って、リウス家を離れることになった。
「偽装工作ってやつだよ。こうしておけば、エルさんはうちに居るってみんな思うでしょ?」
その「みんな」とは宰相閣下や奥方様、お屋敷に押しかけてきたケイン・レイテッドやその他の貴族を指すらしい。
彼らのほとんどは殿下の味方である。
しかし、その妹姫のメイドである庶民娘の味方かどうかはわからない。その庶民娘が殿下に仇なす存在になると思ったら、逆に排除しようと考える人間も居るかもしれない。
殿下はそれを案じてくださったのだ。
「今朝早くに、警官隊の隊舎にカイヤが来てさ。頼まれたんだよね。エルさんを守るために協力してくれ、って」
馬車がリウス家を出て程なく、ユナはそう明かした。
実はお屋敷に来る前から、打ち合わせ済みだったのだと。
皆が見ている前で、殿下がユナに「彼女を匿ってくれ」と頼んだのも、彼女がそれに応じたのも芝居だったのだ。
「うちに居ると思わせとけば、そう簡単には手を出せないし」
ユナの曾祖父、ジャスパー・リウスは王都の名士だ。王族とも姻戚関係にあり、王都の貴族に多大な影響力を持っている。
「ま、本当にうちに隠れてもらっても別によかったんだけどさ。知らない家で暮らすとか、エルさんも気詰まりでしょ?」
気詰まりというか、単に申し訳ないというか、色々ありすぎて頭が追いつかないというか。
ただ、ユナが私のために協力してくれたことだけは理解したので、
「ありがとうございます……」
とお礼を言っておく。
「いいの、いいの。困った時はお互い様だし」
「えっと、それで……。この馬車はどこに向かってるんでしょうか?」
まだそれを聞いていなかった。
「ああ、そっか。言ってなかったね」
ユナはわずかに声をひそめて、行き先を教えてくれた。
殿下が事前に話を通しておいてくれたという、私の隠れ場所。それは王都のど真ん中にある宿屋兼酒場だった。
経営者は王都一の傭兵で、殿下の剣の師匠でもあり、金さえ積めばどんな依頼にも応じてくれる、掛け値なしに信用できる人物だと。
最後だけは全く同意できなかったが、それって傭兵のアイオラ・アレイズのことだよね。彼女が経営するお店と言ったら、あそこに決まってる。
予想通り、それからまた小1時間ほど馬車に揺られて、たどり着いたのはおなじみ「魔女の憩い亭」。
馬車が止まったのは人目につかない厩の前で、これまた顔なじみの事務員、セドニスが待っていた。
「事情は伺っておりますので、どうぞお任せください」
と言って、彼は私をお店の中に案内してくれた。