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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十五章 新米メイドと呪われた王子
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337 新米メイド、匿われる2

 なぜ、私がここに居るのか――。


 それについては、話すと長い。一言で言えば「身を隠すため」なんだけども、ここに落ち着くまでの経緯は色々複雑だった。


 あの儀式の夜。

 見えない魔女が現れ、巨大な石像が暴れ回り、あのカイヤ殿下の爆弾発言があって――。

 現場は混乱していた。そりゃもう、たとえようもないってくらいの大混乱だった。


 それでも、人というのは生き物であるからして。

 何が起きようとも、永遠に大騒ぎしてはいられない。「今日は休んで、続きは明日」と区切りをつけることも必要なのだ。

 騎士たちの多くはその場に残って徹夜作業となったらしいが、私とクリア姫、それに護衛のダンビュラは、ひとまず殿下のお屋敷に帰ることになった。


 幸い、その夜は心身共に疲れ切っていたので、何も考えずに眠ることができた。ベッドに入るなり、ほとんど気を失うようにして眠りに落ちた。

 しかし、翌朝。

 目覚めた私を待っていたのは、前日の騒ぎをも上回る大混乱であった。


 まず、宰相閣下が来ていた。その奥方様も来ていた。

 前者は武装した騎士たちを引き連れて。後者はドレスやアクセサリーを山ほど持って、髪結いや着付け、お針が得意な侍女さんたちを大勢連れて。

「何も聞かずに一緒に来てくれる?」

と宰相閣下は言った。

 その奥方様は私の胸に豪奢なドレスを押しあて、

「まずは着て! どの色が1番あなたに似合うか、試してみないと始まらないから!」

「悪いようにはしないよ。黙って言う通りにしてくれさえすれば」

「そのメイド服も悪くないけど、あなたの顔立ちには古式ゆかしいドレスも似合うと思うのよ。だまされたと思って、1度だけ試してみて?」

 連行したいのか、そうではないのか。問答無用で従わせたいのか、何だか知らないが着飾らせたいのか。夫婦で意思統一をしてほしい。


 そのうちに、慌てた様子のカイヤ殿下もお屋敷に戻ってきた。

 昨夜はハウライト殿下やクロサイト様と共に現場に残り、ろくに休む間もなく事件の後始末に追われていた殿下は、当然、顔色も悪く、目の下にクマができていた。

 いささか人相の悪くなった、それでもなお美しい顔で宰相閣下をにらみ、

「これはいったい何の真似だ、叔父上」

 宰相閣下もまた、殿下に負けず劣らず顔色が悪かった。

 この人の場合、元がぬいぐるみのくまさんみたいな愛嬌のある外見だから、人相が悪いっていうのとは違うんだけど。

「何の真似かって?」

 なごみ系のくまさん人形から、どす黒いオーラをただよわせた呪いの人形みたいになってしまった宰相閣下は、

「ここに彼女を置いておくのは、まずいと思っただけだよ」

 そう言って、わざとらしく周囲を見回した。


 2日前、はた迷惑な魔女オタクの元王様が「白い魔女の杖」を使って暴れてくれやがったせいで、お屋敷は荒れている。

 屋根はへこみ、壁は傷つき、中は外見以上にメチャクチャだ。


 家具等の被害はさほどでもないのだが、問題は蔵書。大量の本の山。

 このお屋敷には、もともと無理がある量の古本がかろうじて詰め込まれていた。

 それが先日の騒ぎのせいで棚が倒れ、本の山が崩れ、部屋の中に押し込まれていた本は廊下に飛び出して、もう目も当てられない惨状になっている。


「ここは城壁の外だし、安全面でも問題があるだろう?」

「彼女だけじゃないわ。私たち、クリアちゃんのこともお迎えに来たのよ」

 奥方様がひょいと夫の横に並んだ。

「お屋敷はこんな風だし、怖い事件が起きたばかりだし……。せめて状況が落ち着くまでは、私たちの所に居てもらった方がいいと思って」

「…………」

 殿下の眉間にしわが寄る。今まで見たことがないくらい難しい顔をして、何事かを考えていらっしゃる。


 私はといえば、目の前で自分のことが話し合われているというのに、どこか他人事のような顔をして黙って立っていた。

 いや、それではダメだと、頭では理解していたが。

 殿下の顔を見ると、「あの時」のことがまざまざと思い出されて――。

 正直、どんな顔をすればいいのかわからなかった。情けないことに、無表情を取りつくろうのが精一杯だったのだ。


「彼女の身柄を、叔父上に預けるつもりはない」

「へえ? じゃあ、どうするつもり? 人前であんな馬鹿げたことを口走っておいて、このまま何事もなく今まで通り、とでも思ってるのかな」

「そうではないが……。この件に関しては、叔父上を信用できない」

「もう、カイヤったら。そんなことを言うなら、あなたもうちにおいでなさいな。花嫁修業のこととか、結婚式のこととか。一緒に暮らしてもらった方が色々相談できるもの」


 議論は平行線だった。

 ってか、花嫁修業って何ですか、叔母上様。いくら何でも話が飛びすぎでは。


 そうこうしているうちに、お屋敷には次々と来客が訪れた。

 殿下の幼なじみのケイン・レイテッドとか。私の知らない、貴族家の遣いの人とか。昨夜の事件の後始末がまだ終わっていないためか、クロサイト様の部下の人たちも随時、報告に訪れた。

 そんな中、なぜか警官隊のユナ・リウスまでが、

「こんにちは~、きのうは大変だったみたいだね」

と言いながら訪ねてきた。


 彼女の顔を見て、私はちょっとだけ正気づいた。急ぎ話したいこと、伝えなければならないことがあったからだ。

 思わず「ユナさん!」と名前を呼ぶと、ユナは愛想良く笑って近づいてきた。

「や、エルさん。どうかした?」

 伝えたいのは、昨日訪れた「魔女の霊廟」で、行方不明だったカルサと会ったことだ。

 あのお馬鹿は、自分が無事であることを手紙で伝えただけで、炎天下を歩いて探し回っているというジャスパー・リウスに会いに行くことさえしていないという話だった。

 ちゃんと間違いなく生きていたと伝えると、ユナの顔に安堵の表情が浮かんだ。

「はー、よかった……」

 気が抜けたように肩の力を抜いて、

「うちのひいじいさんも、それに口には出さないけどじいさんの方も、マジで心配してたからね。ありがとう、エルさん。知らせてくれて感謝だよ」

「いえ、そんな……」

 感謝されると、逆に申し訳ない。

 本当は、カルサの首根っこをつかまえて連れてこられたらよかったのだ。それができなかったのは、私の個人的な事情のためで。

「カルサは『巨人殺し』を追いかけていったんです。……いえ、正確には私の父……ではなくて父を連れ去った男……というか何というか……」

 歯切れの悪い説明にユナが首をひねった時、足早に近づいてきたのはカイヤ殿下だった。


「ユナ、来ていたのか」

「カイヤ、おひさ――」

「すまん、彼女のことをかくまってくれないか?」

 あいさつの言葉を遮り、藪から棒に殿下は言った。「諸事情があり、安全かつ信用できる預け先を探している」

 早口でまくしたてられて、しかしユナは驚くでも戸惑うでもなく、

「んー、警官隊で守ってほしいってこと? それともリウス家で預かってほしいってこと?」

「それは……、どちらでも信用できるとは思うが……」

 考え込む殿下に、

「どっちでもいいなら、うちの実家の方がオススメかな」

とユナは言った。

「広いし、警備は厳重だし、それにエルさん、うちのじいさんたちとも会ったことあるもんね」


 って、ちょっとちょっと! 待ってくださいよ。

 確かにジャスパー・リウスにもカイト・リウスにもお目にかかったことだけはありますけど、別に親しい間柄じゃないし! そんな、急にご厄介になるなんてことできませんってば!


 さすがに黙っていられなくなって口をひらこうとしたら、クリア姫が止めてくださった。

「兄様、お待ちください」

 ダンビュラもあきれ顔で私と殿下を見比べて、

「まずは本人とよく話し合えよ。なんであんたら、さっきから目を合わせようともしねえんだ?」

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