336 新米メイド、匿われる1
厨房は無数の音で満ちていた。
ぐつぐつ。スープが煮える音。
ジュージュー。お肉の焼ける音。
ガチャガチャ。食器が鳴る音。
そして、飛び交う人の声。
「日替わり定食、3人前! デザートセットで!」
「3番テーブル、ドリンク追加! 至急!」
「今日のオススメパスタ2人前、上がったよ! 7番、よろしく!」
勢いよく交わされる会話を耳の端で拾いつつ、私はちらりと壁掛け時計に目をやった。
午後1時半。ランチタイムは2時までだから、そろそろお客の数も減り始める。この戦場のような騒がしさも、じきに落ち着いてくる頃だ。
――お腹すいた。今日の賄いは何だろう。
昨日は魚介のシチューだった。その前は牛すじのトマト煮込み。どっちもすごく美味しかった。
思い出して恍惚となる私に、背後から足音が近づいてきた。
「こっちもお願い、エリーさん!」
長い髪をポニーテールにしたウェイトレスさんが、使用済みの食器を山ほど置いて行く。
入れ替わりにやってきた白い調理服の女性が、洗い上がったお皿を20枚くらいまとめて持っていった。
おっと、いけない。ぼんやりしてる場合じゃなかった。
止まりかけていた手を動かし、私は汚れた食器を泡だらけのスポンジで洗う作業に集中した。
ここは「魔女の憩い亭」の厨房。
数日前から、私はこの店で働いている。
本名のエル・ジェイドではなく「エリー」と芸もひねりもない偽名を名乗り、目立つ白い髪は、頭上に結い上げて三角巾で覆い隠し。
お古の調理服に身を包み、厨房の隅っこで顔をうつむけて、汚れたお皿をひたすら洗い続けている。