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335 人の親とは4

「およそ30年前、先代国王の魂を肉体から切り離し、水晶の指輪に封じたのは母上だそうだな」

 その言葉を口にした瞬間、もともと硬かった母の表情にピリリと緊張が走った。

「……どこでそれを」

「あいにく、答えられない」

 現世に帰ってきた先代国王自身から聞いた、とはさすがに言えたものではない。

「教えてくれ。その指輪をどこへやった?」


 先代は言っていた。

 自分がどうして水晶の牢獄から出ることができたのか、その理由は皆目わからない、と。

 ただ、ある時ふいに頭の悪そうな娘の声が――ルチルの声がどこからともなく聞こえ出し、さらにしばらくの時を置いて、気づけば娘の体の中に入っていた、と。


 全く以て、わけがわからない。

 ルチルは13歳だ。30年前に死んだ(ことになっている)先代と、接点などあるわけがない。母親のアクア・リマにしても、その頃はまだ王城に居なかった。

 しかしあの娘の指には、先代が封じられていた指輪が確かにあったのだ。


 ルチルはどこで指輪を手に入れたのか?

 いったい誰が母の魔法を破り、悪名高き先代国王の魂を解き放ったのか。

 そうした疑問の答えを知るには、当然のことながら母の協力がいる。


 その母はカイヤの言葉に皮肉に笑って、

「こちらの問いには答えられないのに、自分の質問には答えてほしいだなんて」

 随分と勝手な話ですねと吐き捨てる。

「そうだな。それは悪いと思っている」

「……適当なことを」

「本心だ。くわしく説明できるものならしてやりたいが――」


 つまりは復讐だろう、とあの男は言った。

 母が先代の魂を封じた理由である。

 30年前の政変で無惨に殺された家族の復讐のために、代償を支払ってまで魔法をかけたのだ。

 それが破られたと知ったら、いくらこの人でもショックを受けるのではないか、といささか案じられる。


「捨てましたよ」

 ふいにそう言われて、理解が追いつかなかった。

「捨てた? ……その指輪をか」

 母は他にあるかと言いたげな顔をした。

「いったいどこに……」

「王宮の庭に」

「……曾祖父殿が作った庭園のことか」

「そうです」


 偉大な先々代国王が、愛する妃のために整えた庭。少し前まではクリアが住んでいたあの庭に。

 埋めたわけでも、木のほらに隠したわけでもなく。

 ただ捨てたのだと、母は言った。


「……随分、ぞんざいな始末をしたんだな」

 出入りする者が限られた場所とはいえ、それでは誰に持っていかれないとも限らない。あるいは、カラスやリスといった小動物が持ち去ってしまうかもしれない。

「構わないと思ったのですよ。どうせ魔法を解ける人間など居ないのだから」

「…………」

「仮に居たとしても、あの男の魂が還る肉体はとうにない。安らかに眠ることもできず、永久とこしえにこの世を彷徨さまようだけでしょう」

「……なるほど」

 確かに、復讐としてはそれで事足りるかもしれない。魂だけの状態でこの世を彷徨うなど、ある意味、普通に死ぬより残酷だ。

 問題は、還る肉体がないはずの先代が、なぜかルチルの体に入り込んでしまったことだが――。


「あの男の話はもうたくさんです」

 ぴしゃりと頬を叩くような言い方で、母はカイヤの思考を遮った。

「これ以上続けるつもりなら、出て行きなさい。逆に、その件は2度と口にしないと誓いを立てるなら――あなたの聞きたいことに答えてあげます。ただし、あとひとつだけ」

「…………。……わかった」

 しばし迷った後に、カイヤは首肯した。


 母が捨てた指輪を、誰が拾ったのか。その何者かは、そこに先代国王の魂が封じられていることを如何いかにして知ったのか。

 疑問は尽きないが、仕方ない。母がここまで言うからには、先代のせの字でも口にした瞬間、離宮から追い出されるだろう。


「では、これが最後の問いだ」

 城の宝物庫に保管されている魔女の七つ道具について、知る限りのことを教えてくれ、とカイヤは頼んだ。

「……知る限りのこと?」

 母は露骨に面倒くさそうな顔をした。

 魔女の七つ道具は、その名の通り7つある。その全てについて話をするには、当然、時間がかかるだろう。


「それでも、必要なことだ」

 七つ道具について記された城の古文書には、どうやら欠損があるらしい。

 それも先代との会話からわかったことだ。

 あの政変の混乱で失われたのか、あるいは何者かが故意に記録を消したのか。

 仮に後者だとしたら、その何者かは、城の宝物庫から「白い魔女の杖」を盗み出した犯人とも何らかの関わりがあるのではないだろうか――。


 といったようなことを、先代に関わる部分は除いて説明しようとしたのだが、カイヤがいくらもしゃべらないうちに「もう結構」と話を止められた。

「どうせ聞きたいことを聞くまで帰るつもりはないのでしょう。ならば理由など聞くだけ無駄です」

 早く話を始めて、そして終わらせたい。何度も話したくはないから、必要なら書き留めろと言って、長椅子に腰を下ろす。

「メイド長にお茶を淹れてもらいましょう。久しぶりにたくさん話して、喉が渇きました」

 長丁場も覚悟したかのようなセリフに、

「思ったよりも協力的だな」

とカイヤは言った。

 あからさまに嫌そうな顔をしながら、嫌味をまじえながらの態度を普通「協力的」とは呼ぶまいが、それでもこの母にしては珍しい。普段はもっと、かなり、そっけない人である。

「……時間を無駄にしたくないだけですよ。あなたは引く時はすぐに引き下がる。逆に、引かない時は何を言っても絶対に引かないでしょう?」

 7年前もそうだった、と母は続けた。おかげで、助けるしかなくなったのだと。


 それは王都で囚われの身となった兄を助けてくれ、と頼んだ時の話か?

 ……はて。母は結局、助けてはくれなかったはずだが?


「あなたとハウルのために守りの魔法をかけてあげたでしょう。忘れたのですか?」

「……ああ。これのことか」

 胸元に手を入れ、細い鎖を引っ張り出す。

 鎖の先に揺れているのは、玩具おもちゃのようなサイズの指輪。デザインもごくシンプルで、青い小さな宝石がひとつだけ付いている。


 ずっと昔、7歳の誕生日に父親から贈られたものだ。

 記憶にある限り、生まれて初めての誕生日プレゼントだった。……そして、その数日後に城から追い出された。

 追放されたのだ。兄と共に。

 いわゆる「手切れ金」代わりだったのか、単なる気まぐれか。

 何にせよ、売れば幾ばくかの価値はあるだろう。この先の人生で、何かの役に立たないとも限らない――と思い、捨てずに取っておいたのだが。

 それを深く後悔したのが7年前だ。


 母の言う「守りの魔法」とは、この指輪を身につけている限り、自分の想いの強さが、祈りが、大切な人を守る力になる、というものらしい。

 本当かどうかは、今でもわからない。

 母が魔法を使うのは、文字通り身を削る行為だ。自分たち兄弟のためにそこまでしてくれた可能性は、残念ながら低いと言わざるを得ない。

 それでも、7年前の当時。兄は幽閉され、いつ命が危うくなるかもわからなかった。たとえ効果の怪しいお守りでも、すがるしかなかったのだ。


 今ではもう、あの当時ほどの危険はないとはいえ。

 もしも魔法が真実だったら――手放した結果として、兄の身に何か起きたらと考えると、無闇に捨てられない。

 あの父親から贈られた物を、身につけて歩くなど心底不快だというのに、どうしても不安が拭えないのだ。


「何ですか、苦虫をまとめて噛みつぶしたような顔をして」

と母は言った。

「あなたの望み通りに助けてあげたのですよ?」

 その言葉が皮肉であればいい、とカイヤは思った。仮に本気で言っているのだとしたら、

「母上にとって、『助ける』という言葉は嫌がらせと同義なのだな」

 別に魔法をかける物など何でもよかっただろうに、よりによってこの指輪を選ぶとは。

「親だからといって、無条件に助けてもらえると考える方が甘いのです」

「そういうものか」

 まあいい。それより話を始めよう。

 母の言う通り、できるだけ早く話を終わらせて、少しでも早く王都に帰れるように。

 やるべきことはいくらでもあるのだ。

 会うべき人も、話し合うべきことも、決めなければいけないことも――。

 

※第十五章の投稿は1ヵ月ほど先になります。また書きためて戻ってきますので、お暇があればのぞきに来てくださると嬉しいです。

 今回は投稿間隔が1年も空いてしまい、誠に申し訳ありませんでした。

 それでも読んでくださった方には感謝が尽きません。ブクマ、いいね、評価、感想等をくださった皆様も、本当にありがとうございました。


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