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334 人の親とは3

 まるで喪服だな、とカイヤは思った。


 この人はいつも暗い色の服を着ている。春も夏も、秋も冬も、晴れの日も雨の日も。

 変わらない。見た目はずっと。生まれた時から知っている母の顔。よわいを重ねてもなお美しいその顔。


 もっとも「美しい」というのはカイヤの主観ではなく、「他人の目にはそう見える」と事実として知っているだけだ。

 毎日毎日、嫌でも目にする自分の顔と瓜二つなのだから、カイヤにとってはとうに見飽きた顔である。特別な価値などない。


「思ったよりも随分と早かったな」

「……それはもしや、あいさつのつもりなのですか」

 形の良い眉をひそめ、露骨に不快感を示しながら、母は言った。その声も暗い。今日の空模様のようにどんよりしている。

「違う。単に思ったことを口にしたまでだ」

 カイヤは席を立った。別に座ったままでもいいのだが、母が着席しようとしないので合わせた形である。

 背後ではメイドたちが静かに退席していく。クロサイトだけは壁際かべぎわで1人、影のように控えたままだ。


「今日は母上に聞きたいことがあって来た。おそらく、今の王国では母上にしか答えられないことだ」

 例外は逃げた先代国王だが、あの男が生きて(?)この世に戻ってきたことは、母には伝えない方がいいだろう。

「何ですか。もったいぶらずに早くおっしゃい」

 いかにも迷惑そうな目を向けられて。

 あいかわらずそっけないとか、久しぶりに会ったのに兄や妹、叔父叔母の近況も聞きたがらないのかとか。

 もはや思うことさえなく、用件だけを切り出す。


「実は先日、命を狙われてな」

 世間話のように言うことか、と母は突っ込まない。ただ無言で話の続きを待っている。

「黒幕はわからん。最も可能性が高いのはラズワルドだが――」

 騎士団長は姿を消した。

 儀式が行われた最古の礼拝堂から、煙のように忽然こつぜんと。

 あの日、ラズワルドには叔父の息がかかった者たちがひそかに張りついていたのだ。

 絶対に目を離してなどいない、と彼らは言った。にも関わらず、奴は消えた。

 手段はわからない。行方もようとして知れない。部下たちが関係先を捜索しているが、その足取りはつかめぬままだ。


「ただ、実行犯はわかっている。儀式に現れた、魔女のような姿をした女。なぜか限られた者にしか姿を見ることができず、魔法のような力を使い、巨大な石像を操って見せた」

 その正体について、何か心当たりはないかとカイヤは母に問うた。

「……なぜ、私に聞くのです」

 その場に居たわけでもない、王都の情勢にくわしいわけでもない人間に。

「王家が代々継承してきた知識に、最も近い場所に居たのは母上だろう」

 現在、生存している中ではそうだ。くどいようだが、逃げた先代は除く。

 王家の伝承、特に「魔法」と呼ばれる力について、

「祖父殿や曾祖父殿は何か言い残していなかったか? どんなことでもいい。思い出せることがあれば話してほしい」


 はあ、と聞こえよがしのため息をついてから、それでも質問には答えるつもりがあるのか、母は考え込むような表情を浮かべた。

「……魔女のような姿をした女?」

「ああ」

「魔法のような力を使って見せた?」

「そうらしい。俺は姿を見ていないが、信頼できる者の証言によれば――」

「見ていないとはどういう意味ですか。その女は儀式に現れたのでしょう?」

 そのままの意味である。最古の礼拝堂にはその場を埋め尽くすほどの人間が居たが、

「現状、確認できている目撃者は5名のみだ」

「……その内訳は」

「レイシャ・レイテッドの長男リハルト、次男リーライ。ケインの飼い猫のミケ、クリアのメイドで、先日ここに来たエル――」

 名前を言おうとして、うっかり声がつまった。

 可能な限り平静を装い、「エル・ジェイドと、それからもう1人」

 そう、もう1人。

 実は目撃者が居たとわかったのは、儀式の日から2日後のことだった。

「ファーデンの末姫だ。他の娘たちと共に儀式に呼ばれていた」

 腹違いの妹。来月10歳になる最年少の姫君。儀式の後、関係者全員に行われた事情聴取の中で、自分も魔女らしき女を見た気がすると、あまり自信がなさそうな顔で証言していた。


「来月、10歳に……。要はまだ子供なのですね」

「ああ」

「さっき目撃者の中に含まれていた、飼い猫というのは何です。猫が怪しい女を見たと言ったのですか?」

「ああ、そうだ。ミケは言葉を解するし、操れる」

「…………。あなたの言うことにいちいち付き合っていたら日が暮れるので、くわしくは聞きませんが……」

 その猫は何歳だ、と母は聞いてきた。

「ミケの年か? ……確か……。7つか8つだったか?」

 人間に化けた時の外見年齢は10代半ばほどだが、実はそれが本来の姿というわけではなく、お気に入りの絵本に出てくる登場人物を真似ているだけらしい。

 ならば、他の姿に化けることもできるのか。

 ミケの答えは「しらなーい」だった。飼い主のケインは、できるかもしれないしできないかもしれないという曖昧な答えだった。

 ミケはあくまで猫であるとケインは考えている。人の姿は所詮仮初かりそめのものだから、深く追及しても意味がない、と。

 ただ、猫の7歳といえば立派な大人だ。ミケの精神年齢の幼さを考えるなら、その正体が人であるのか猫であるのかは、議論の余地があるとカイヤは考えている。


 いささか長くなった説明を、母はうんざりしたように途中で遮って、

「仮にその魔女とやらが、姿消しの魔法でも使っていた場合――」

 子供の目には見破られることもあるでしょうと言った。自明のことであるかのように平然と。

「子供には魔法が効かないというのか?」

 初耳だ。これでも魔法の知識なら多少はあるつもりだが、そんな話は1度も聞いたことがない。

「効かないのではありません。見破られることもあると言ったのです」

「……どう違うんだ、それは」

「魔法はこの世のものではないからですよ。幼い子供もまた同じ。10歳を数えるまではあちら側の世界に近い」

 よくわからない。が、もう少しわかるように説明してくれと頼んでも、

「言っても理解できないなら、これ以上は無駄なことです。子供と魔法は相性が悪い、もしくは相性が良いとでも覚えておきなさい」

 さらに意味がわからなくなった。


 そもそも目撃者は子供だけではない。エル・ジェイドは18歳だ――と言おうとして、なぜかためらった。

 彼女のことを、くわしく母に話すのは気が進まない。理由はわからないが、なんとなく嫌な感じがする。


「……わかった。年齢の件については置いておく」

 聞くべきことは他にもある。母がしびれを切らして立ち去る前に、話を終えなくては。

「わからないのは、『その魔女のような女』が何者だったのかということだ」

 なぜ、自分を狙ってきたのか――はこの際どうでもいい。元より敵の多い身だ。考えても仕方ない。

 問題は、なぜその女が、魔法のような力を操ることができたのか、だ。


「今の王国で魔法を使えるのは、母上だけのはずだろう?」

 同じく魔女の力を受け継ぐ部下にちらりと視線を投げてから、カイヤは続けた。

「仮に、まだ存在を知られていない魔法の使い手が居るのだとしても――」

「力を使うには、代償がいります」

 そうだ。それを身を以て知っているのがこの人自身である。

「あの女は巨大な石像を操り、戦わせた。当然、少なくない代償が必要なはずだな」

「……でしょうね」

「話が飛ぶようだが、実は先日、城の宝物庫から『白い魔女の杖』が盗まれてな」

「…………そうですか」

「とある男がその杖を使い、多数の怪物を自在に操って見せたのだが――」

 それも「使用者の体力」という代償と、「白い魔女の杖」の力があってこそだった。

「秘宝に頼らず、一個人の力で、同じことが可能だと思うか?」


 カイヤの疑問に、

「別に、不可能とまでは言い切れないでしょう」

と母は言った。

「命か、魂か、人としての寿命か。持てる全てを捧げれば、できないことはない」

「捧げる……」

 それはつまり、ノコギリ山の魔女に願い事をした、という意味か?

「……魔女とは、限りません。もっとタチの悪いものかもしれない」

「そんなものが居るのか?」

「知りませんよ。ただ、居てもおかしくはないでしょう。人はこの世の一部分しか知らないのだから。魔女が居るなら、邪悪な魔物だって居るかもしれない」

 もっとも、人より邪悪なものなど存在するまいがと言って、母はついと天井の方に視線を向けた。

「人の妄執ほど恐ろしいものはない」

 そう口にした母の顔はいっそう暗く、疲れて見えた。つい黙って見つめていると、

「……それで? 聞きたいことはそれだけですか」

 おっと、まずい。忍耐が切れかけている。

 まだ出ていかれては困る。最も重要な問いが残っているのだ。それこそ母だけが答えを知っているはずのことが――。

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