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333/410

332 人の親とは1

 ノコギリ山の尖った峰に、雲がかかっている。

 雨が降り出しそうだ。いや、地上では既に降っているのか?

 体長10メートルを超える漆黒の竜の背に乗って大空を駆けながら、カイヤ・クォーツは少しだけ憂鬱な気分を味わっていた。

 雨が嫌いなわけではない。ただ、自分が離宮を訪れる時に限って雨が多いという事実が、まるで「おまえを歓迎しない」という母親の意思表示のようで憂鬱になるのだ。

 偶然だとは思う。いくらあの人でも、そんなつまらない理由で魔法を使ったりはしないはずだ。先日、妹が訪れた時には晴天だったというし――。


 高度を下げていく。

 竜を操るには、言葉で指示を出す必要はない。

 首から下げた「竜を呼ぶ笛」。王国一の傭兵アイオラ・アレイズから借り受けたその笛に、「下りろ」と念を送るだけでいい。


 分厚い雲を抜けると、地上では小雨がぱらついていた。

 眼下に離宮が見える。

 この国の王妃が住まう宮殿は、奥の宮と呼ばれる離れと、本宮とに分かれている。奥の宮は一見すると高い塔のような独立した建物で、本宮は王都にある水晶宮を3分の1ほどに圧縮したような見た目だ。


「離宮の前庭に下りてくれ」

と、カイヤは竜に命じた。念じるだけでいいとわかっていても、つい口に出してしまうのは人のサガだ。

「よろしいのですか?」

 間もなく着地するというところで声をかけてきたのは、共に王都からやってきた腹心のクロサイトだった。

「問題ない。奥の宮に隠れて、ふもとの村からは死角になるはずだ」

 村人たちを驚かせたくはないので、下りる角度には気をつけたつもりだ。今日は小雨のせいで視界も悪い。おそらくは大丈夫なはず。

「いえ、そうではなく。直接、離宮に下りてもよろしいのですか? 王妃様は不快に思われるのでは?」

 ああ、そういう意味か。心配する気持ちはわかるが、それも問題ない。

「誰かが離宮に来ただけで母上は不快に思う。しかも先日のクリアの訪問から間を置かず、だからな」

 既に十分過ぎるほど不快になっているに違いないので、多少の気遣いなど無意味だ。

「離宮のメイドたちは肝が据わっているから、多少のことでは驚いたりせんしな」

 クロサイトは「……そうですか」と短く相槌を打った。何か言いたそうにも見えたが、実際に口をひらくことはなかった。


 前庭に竜を下ろすと、程なく離宮の中から人影が飛び出してきた。

「カイヤ殿下!」

 真っ白な髪を三つ編みにした小柄な老婆。この離宮の現・メイド長である。

「ああ、わたくしの可愛い坊やが、見るたびに立派になられて!」

 丸い体を揺らし、まりが弾むかのような勢いで駆け寄ってくると、思いきり抱きしめられる。

「お久しゅうございます! お目にかかれて、まことに嬉しゅうございます! いつ来ていただけるか、ばあやの寿命が尽きるのが先かと……。一日千秋の思いでお待ちしておりました……」


「熱烈な歓迎、痛み入る」

 メイド長に抱きしめられたまま――身長差があるので、しがみつかれていると言った方が近いが――カイヤは挨拶した。

「俺も会いたかった。皆は息災か? 先日クリアが訪れた時には、ちょうど祭の日で顔を見ることができなかったそうだが……」

 メイド長は首が取れそうな勢いで何度もうなずいた。

「ええ、ええ! 皆、元気にしておりますとも! ただちに呼んで参りましょう! いえ、まずは温かいお茶をお淹れしなくては! ああ、すぐに気づかずに申し訳ありません! このような場所では、雨に濡れてしまいます!」


 メイド長に手を引かれ、離宮に案内される。その間、竜についての言及は一言もなされなかった。

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