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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十四章 新米メイドとひとつ目の巨人
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331 今日1番の

 魔女の像は動きを止めていた。

 ……私は現場に居たわけではないので、後から聞いた話だが。

 首から上を失い、両腕を失っても、魔女の像は止まらなかった。なおも激しく暴れ回っていたそうだが、ある時ふいにぴたりと固まったかと思うと、ゆっくりと倒れていったらしい。

 あの見えない魔女を倒したことで、魔法が解けたのだろうか。本当に何の前触れもない、唐突な最後だったという。

 轟音を立てて地面に落ち、足や胴体も自重によって崩れ落ちて。

 今は瓦礫の山となって大地に転がっている。もはやぴくりとも動くことはない。


 騎士たちが歓声を上げている。互いに健闘をたたえ、勝利を喜び合っている。

 その中心には、互いの無事を喜ぶハウライト殿下とカイヤ殿下が居た。

 より正確に言うと、弟の方が兄の体にしっかりとしがみついている。

 ……最初、泣いてるんじゃないかと思った。

 実際には違ったんだけど、そうであったとしてもおかしくないくらい、その時のカイヤ殿下は取り乱していたし、何だか弱々しくも見えたのだ。


「もういいかげん、落ち着け。子供でもあるまいに」

 お説教めいた口調とは裏腹に、ハウライト殿下は弟の頭をなでてあげている。それこそ、小さな子供にするみたいに優しく。

「兄様!」

 そこにクリア姫が駆け寄って、兄と弟の抱擁ほうようから三兄妹さんきょうだいのそれに変わった。


 ――ああ、よかった。


 ほほえましい光景に、私は自然、笑みを浮かべていた。

 周囲の騎士たちも同じだ。みんな笑っている。日頃は仲の悪いクロムとダンビュラまで、笑いながら何か冗談でも言い合っているみたいだし。


「本当にもう動かなくなったのでしょうか? 念のため粉々になるまで破壊しておきますか?」

 ジェーンだけはまだ武器を振り上げていて、クロサイト様に止められている。


 殿下の護衛だというカラスたちは――居ない。いつのまにか、どこかに飛んでいってしまったようだ。

 ただ、森の奥からかすかに、「アホー」と鳴く声が聞こえた気がした。


 なんとなくそちらに耳をすませていると、

「エル・ジェイド!」

 殿下が駆け寄ってきた。息を弾ませ、怖いくらい真剣な目をして、「無事か? ケガはないのか」と聞いてくる。

「大丈夫です。ちょっと、色々、疲れましたけど……」

 巨大な石像につかまったり、見えない魔女と(人知れず)戦いを繰り広げたり。

 ちょっとどころか本気でくたびれたが、殿下と姫様が無事ならそれでいい。

「…………」

 殿下が口を閉じる。かすかに熱を帯びたまなざしで、じっと、穴が開くくらい私の顔を見つめてくる。

 あんまりにも凝視されたので、「あの、何か?」と尋ねると。

「あ、ああ。すまない」

 殿下はなぜか小さく息を飲み、それからせわしなく視線をさまよわせた。

「別に何でもない。おまえが無事でよかったと、そう思っていただけだ」

「はあ」

「よかった……、本当に……、無事で……」

 そんな、私のことなんてそこまで気にしなくても。せっかくの感動的な場面なんだし、もうちょっと兄妹きょうだい水入らずで無事を喜び合っていればいいのに。


 そう思ったのは私だけではなかったようで、さっきまで歓喜にわいていた騎士たちの中にも、少し怪訝けげんな顔でこっちを見ている人が居る。

 殿下は気づいていない。また私の顔に視線を固定して、

「おまえが魔女の像に連れ去られるのを見た時は、生きた心地がしなかった」

なんてのたまう。

 いや、それは私と「ハウライト殿下が」さらわれるのを見たからですよね?

 殿下は部下思いだから、私のことも心配してくれてたみたいだけど、比重が重いのは明らかに兄殿下の方だったよね。珍しく狼狽してたし。


「……随分と、彼女のことを気にかけているようだな」

 そのハウライト殿下までが、そんなことを言い出した。周囲の騎士たちとよく似た表情を浮かべて歩み寄ってくると、

「もしや、個人的に親しくしているのか?」

 や、違いますよ。殿下が気にかけていらっしゃるのはあなたのことで、私なんてオマケみたいなものでして。


 カイヤ殿下は兄殿下の質問の意味がよくわからなかったらしく、少し不思議そうな顔をしながら、それでも返答した。

「確かに、親しさは感じている。彼女は俺が雇ったメイドだが、仕事上の関係だけでなく、友人のようにも思っている」

 ありがたいお言葉である。ただ、ハウライト殿下の質問とはズレている。

「……率直に尋ねた方がいいようだな」

 ちょ、待って。待ってくださいよ。

 それって今、ここで聞かなきゃいけないことではないですよね?

 そもそも誤解だし。殿下と私が特別親しいとか、そんな事実は全くないですから。


 ――兄様がエルに好意を持っているのではないかと思ったのだ。


 なんてセリフを、実はつい昨日、クリア姫にも言われたりしたんだけど。

 それは誤解なのだ。思い違いなのだ。兄のハウライト殿下にまで、同じ誤解をされては困る。

 しかしハウライト殿下は、私の言葉など聞いてはくれなかった。

「あの」

 口を挟もうとしても、「少し黙っていてくれ」とあっさり遮られてしまう。

「ハウル兄様……」

 クリア姫も助け船を出そうとしてくださったようだが、ハウライト殿下は「後で聞く」とにべもない。


「兄上?」

 戸惑う弟を、ハウライト殿下は真面目な、とても真面目な顔で見下ろして、

「私が聞きたいのは、おまえが彼女に好意を持っているのかどうかだ」

「……好意?」

「そうだ。念のために言っておくと、人として好ましく思っている、という意味ではないぞ。女性として好いているのか、恋愛感情を持っているのかと聞いている」

「…………」

「恋愛感情だ。さすがに、意味くらいはわかるな?」

「………………」

 沈黙は長かった。それはそれは長かった。


 って、何なのこれ。

 なんでこんな話の流れになってるわけ???


 周りの人たち、みんな聞いてるし。

 騎士たちは息をつめて。

 クロサイト様とジェーンは無表情で。

 ダンビュラは興味津々、クロムは引き気味に。

 クリア姫は心配そうに、そしてハウライト殿下は変わらず真面目な顔で、黙り込むカイヤ殿下に注目している。


「彼女は――」

 やがてカイヤ殿下は、ぽつりとつぶやくように答えを口にした。

「彼女は、俺の恩人だ」

 はい? ……いや、逆でしょう。

 殿下が私の恩人なのだ。何の見返りもないのに、父の行方を探すのに協力してくださった。色々と、親切にしてくれた。


「俺は人の気持ちを察するのが不得手だ。そんな俺に、彼女は嫌な顔をするでもなく、自分の意思や感情を言葉にして伝えてくれた」

 それが恩? いくら何でも大げさだってば。

 殿下は私の雇い主なんだから、コミュニケーションをとろうとするのは当然のことだ。多分、殿下の周りの人たちだって普通にやっていることだと思う。


「彼女は、理不尽に対して怒ることができる」

 なぜか殿下の声に力がこもる。

「彼女の意見を聞き、彼女の目を通して物事を見ることで、俺は自分自身について考え直すことができた気がする」

「おまえ自身について」

 ハウライト殿下が繰り返す。「それはおまえの生い立ちや、両親との関係も含めた話か?」

「ああ、そうだ」

 首肯するカイヤ殿下。

「彼女の言葉には嘘がない。正直で誠実で――強い言葉を使う時もあるが、そこに悪意はない。相手をおとしめようという意図もない」

 むしろ優しい、と殿下は続けた。

「彼女の作る料理には、その人柄が特によく表れていると思う」

「……料理?」

「ああ。兄上はまだ口にしたことがなかったか? 食べる人間を力づけたい、喜んでもらいたいという思いやりが込められていて、何というか、とても――」

 ふさわしい言葉を探すように口ごもり、

「癒される。そう、癒されるだ」

「…………」

「彼女と居ると、俺は心が安らぐ。彼女のそばは、俺にとって心地良い場所だ」

 なるほど、と今度はハウライト殿下の方がうなずいた。


「それだけならば確かにおまえの言う通り、親しい友人と呼ぶこともできるだろうな」

 カイヤ殿下は黙って兄殿下を見返した。

 何か困っているような、あるいは自分でもよくわからない感情に戸惑っているような――そんな弟の視線を受け止めて、

「……だが、どうやらそれだけ、というわけでもないようだな?」

「…………」

「彼女の存在をまぶしく思うことはあるか? 安らぎを覚えながら、同時に不安になることは? 共にある喜びの中に、痛みを感じることはあるか?」

「…………」

 また長い間を置いて、やがてカイヤ殿下はこっくりとうなずいた。

 ハウライト殿下も小さくうなずきを返すと、

「つまり、それが恋というものだな」

と話をまとめた。

「……そうか」

 まるでたった今、眠りから覚めたみたいな表情を浮かべて、相槌を打つカイヤ殿下。「これがそうなのか。初めてだから気づかなかった」

 兄殿下の顔から私の顔へ、ゆっくりと視線を移し、

「俺はどうやら、おまえに――そういう意味で、好意を持っていたらしい」


 ドッカンと、私は爆発した。

 比喩である。実際には呆然と突っ立っていただけで――ただ、気持ちの方は爆発四散するくらいの衝撃を受けていた。


 竜に乗って空を飛び、隠された過去の真実を知り、動く石像や見えない魔女と戦った。

 そんなあまりにも濃すぎる1日の中で、これが1番の衝撃的な出来事だった。


※次回は他者視点の間章になります。

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