328 使い魔の血筋
「イタタタタ……」
私はふらふらと身を起こした。
体中が痛い。多分あちこち擦りむいたり、ぶつけたりしたんだろう。
大きなケガはない、と信じたいが……。勢いよく転がされたせいか、少しめまいもする。
「大丈夫ですか」
ふいに頭上から声がしたと思ったら、誰かが私の手を取って立ち上がらせてくれた。
「ジェーンさん?」
あっちで魔女の像と戦っていたはずのジェーンが、なぜか戦いからは少し離れた場所に、1人で立っている。片方の肩に馬鹿でかい棍棒みたいな武器をかついで、もう片方の手で私の手を取って――申し訳ないけど、普通に怖い。
「なんでこんな所に……」
ジェーンは不満顔で私の質問に回答した。
「隊長のご命令です。まずはハウライト殿下を救出するのが優先、それまでここで控えていろと」
なるほど。ジェーンはかなり見境のない攻撃をするから、人質救出にはむしろ邪魔になってたもんね。さすがクロサイト様、適切な判断だと思う。
「あなたの方こそ、なぜ1人で転がってきたりしたのですか?」
うっかり攻撃してしまうところでしたと、さらに怖いことを口にする。
私はハッとした。
「そうだ、あの魔女は――!」
って、居るし。
ほんの数メートル先の森の中から、鋭い目でこっちをにらんでいる。
「魔女? どこに居るのですか?」
ジェーンが武器を構えると、魔女はびくりと震えてわずかに後ずさった。
……さっき、倒れた私に追い打ちをかけてこなかった理由がわかった。
多分、私がジェーンの足元に転がったせいだ。
ジェーンには魔女の姿が見えない。しかしこの馬鹿でかい棍棒の間合いに入るのは、魔女も恐ろしかったに違いない。
「魔女は、あの木の陰に――」
指差して教えようとした時には遅く、魔女はふわりと移動して、森の木々にまぎれてしまった。
ああ、ダメか。
うまくおびき出す方法はないかなあ。ジェーンなら、たとえ姿が見えなくても場所さえわかれば、あの魔女をやっつけることだってできそうなのに。
「魔女は木の陰に隠れているのですね? ならばあの辺りの森を、手当たり次第に破壊するというのはどうでしょう?」
それは……、やめた方がいい。ジェーンがいきなり暴れ出したりしたら、事情を知らない騎士たちは何事かと思うだろうし、下手したら戦いの邪魔になってしまう。
あの動く魔女の像は、いまや首から上だけでなく右肘から先も失い、左足もだいぶ壊れかけているのに、なおも暴れている。
ダンビュラがその足元を走り回って撹乱し、さらに、カラスが2羽。カーカー鳴きながら像にまとわりつくように飛び回っている。
「って、なんでカラス?」
私が首をひねると、「殿下の護衛です」とジェーンが教えてくれた。
「護衛って、あのカラスが……、ですか?」
「はい。不真面目で怠慢、しかも命令無視を繰り返す。率直に言って、護衛の名には値しないような連中ですが」
それって、たまに護衛対象を放ってサボっているという――。
「たまに、ではありません。たびたび、です」
人見知りで、人嫌いで、主君の前にすら滅多に姿を見せない。嘘かまことか、白い魔女の使い魔の末裔だとかいう、殿下の護衛。
「……カラスだったんですね」
「そうです。人の姿に化けることもできますが」
「…………」
「あるいは、カラスに化けられる人、なのかもしれません」
そんな人は居ないし、人に化けるカラスだって普通は居ない。
ただ、私はつい先程、少女に化けた猫、もしくは猫に姿を変えられる少女に危ないところを助けられたばかりだ。
白い魔女の使い魔とされる生き物は――諸説あるものの――狼、トカゲ、コウモリ、それに猫とカラスだったはず。
……ってことは、ミケもそういう血筋の出だったりするのかな?
そんなことを考えていたら、戦いに動きがあった。
巨像がダンビュラとカラス2羽に気をとられているうちに死角(?)から接近したクロサイト様が、例の「魔剣」で像の左腕を破壊。ついに人質のハウライト殿下を取り戻したのである。
彼を救出するまでは控えていろと命じられていたジェーンは、当然、嬉々として飛び出していった。
で、私はまた1人になったわけだが、そうなると魔女が放っておいてくれるはずもなく。
再び森の中から姿を現し、攻撃を仕掛けてきた。