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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十四章 新米メイドとひとつ目の巨人
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326 人質

 ……そして、どうなったんだろう。


 なぜだか一瞬、意識が飛んでいたようだ。

 いつのまにか閉じていた目を開けた時、私は屋外に居た。

 頬にあたるのは、昼の暑さを残した、生ぬるい夜の風。

 ズシン、ズシンと聞こえる、この音は何だろう。まるで巨大な生き物の足音みたいな――。


 辺りを見回す。

 視界にうつったのは、儀式が行われていた礼拝堂、じゃない。月明かりと星明かりに照らされた夜の森だった。


「え……」

 何これ、どうなってるの。

 ついさっきまで、礼拝堂の2階席に居たはずだよね? なのに、どうして。


 どうして私の両足は、宙に浮いている??


「大丈夫かね」

 誰かが声をかけてきた。

「ハウライト殿下……?」

 って、なんで第一王子殿下が。私と同じように宙に浮いていらっしゃるのですか?

「まずは落ち着きたまえ。冷静に、自分の状況をよく見るんだ。……無理な注文かもしれないが、泣いたり騒いだりするのはできればやめてほしい」

「?」

 言われた意味が半分も理解できないまま、私は言われた通りに自分の状況を確かめようとした。


 ズシン、ズシン。


 さっきから聞こえるこの音は、白い魔女の像が森を闊歩かっぽしている音だった。

 で、私とハウライト殿下は、石像の手にぶら下げられている。

 右手に私、左手にハウライト殿下。私は猫の子みたいにつまみ上げられて、殿下は腰の辺りをわしづかみにされて、それぞれ運ばれている。


「!?!?!?」


 あまりのことに声も出ない私に、ハウライト殿下が説明してくださった。

 クロサイト様とジェーンに苦戦していた魔女の像が、何を思ったのか急に標的を変え、重要人物だらけの2階席めがけて襲いかかったのだと。

 当然ながら2階席は大混乱になり、王様や隣国の王太子殿下を守るため、護衛の騎士たちが立ち向かった。

 天井の石材が落下してきたり、2階席の一部が壊れたり。

 そうした混乱のスキを突いて、魔女の像はハウライト殿下を人質にとり、礼拝堂から逃げ出した。無論、殿下の周りにも護衛は居たのだが、王様たちを助けるのに人手を回したせいで、守りがやや手薄になっていたらしい。


 成り行きはなんとなく理解したけど、

「私は……?」

 人質にしたって、特に意味もない一般人ですよね。なのにどうして、第一王子殿下と一緒に捕まっているのでしょうか。

 魔女の姿が見えるから邪魔だった? ついでに片付けようとしたとか? でも、それならか弱い(?)メイドの私より、戦えるミケの方を先に排除しそうな気がする。

「さあ、な。石像の考えなどわからんが――」

 ハウライト殿下いわく、何か理由があってそうしたようには見えなかった。たまたま手の届く場所に居たから、ついでに捕まえたのではないか、とのこと。


「…………」

 私は閉口した。

 自分の運の悪さについては、もう嫌ってほど自覚しているから特に思うこともないが、

「……落ち着いていらっしゃいますね」

 気になるのは、第一王子殿下の冷静さだ。

 このムチャクチャな状況下で、そこまで平然としていられるものなんだろうか。巨大な動く像の手につかまれて、下手したら握りつぶされるかもしれないっていうのに。

「仕方がないだろう」

 ハウライト殿下の視線が眼下に向く。


 ざっと十数メートル後方。私たちがぶら下げられているのは地上から5メートルくらいの高さだから、かなり距離がある。

 それでもこちらを追ってくるカイヤ殿下の姿が視認できたのは、いつもの黒づくめスタイルとは違う真っ白な衣装が、夜の闇の中に浮かび上がって見えたからだと思う。

 林道が整備されているわけでもない、森の中だ。なのに器用にも馬を操り、追いかけてくる。

 必死で呼ぶ声も聞こえる。「兄上! エル・ジェイド!」と。ハウライト殿下だけでなく、メイドの私の名前まで呼んでくださっている。


「近衛騎士たちに任せて下がっていろと言ったものを――」

 ハウライト殿下は心底あきれたという顔で嘆息して、

「とにかく、見ての通りだ。自分が命を狙われているはずの弟が、逃げるでも隠れるでもなく、わざわざ追ってきている。この状況で、私が冷静さを失うわけにはいかない」

 少なくとも自分はそうだと殿下は付け足した。

「君は、耐えがたいなら気絶でもしていてくれ。先程も言ったように、泣いたり騒いだりするのはやめてほしい。普通に邪魔だ」

「……いえ、大丈夫です」

 実際は何にも大丈夫じゃない気がしたけど、そこまで理路整然と諭されて、これから慌てふためくというのは逆に難しい。


「この像、どこに向かってるんでしょうか?」

 ジェーンに首から上をぶっ壊された魔女の像は、頭があった時と同じように平然と動いている。

 その足運びは早足くらいのものだが、大きさが大きさだけに結構なスピードだ。

 視界に広がる森は、おそらく礼拝堂の周囲を囲むように広がっていた森だと思う。

 ただ、私はこの辺りの地形にはくわしくない。森の広さや、行く手に何があるのかまではわからない。


「そうだな……。この森の奥、馬で小1時間ほど行った場所に小さな渓谷がある」

「渓谷、ですか」

「ああ。魔女の断崖とはほど遠い、ごく小さなものだが――」

 それでも渓谷と呼ばれる程度の深さはあるわけで、

「我々を道連れに身投げでもされては、非常に困ったことになるな」

「……そうですね」

 他に言うことが思いつかなかったので、私は短く相槌を打つだけにとどめた。

 しばし沈黙が落ち、魔女の像の足音がうるさいくらい耳に響いて――。


「君はマーガレット・ギベオンの話を聞いているかね」

 また口をひらいたのはハウライト殿下だった。

 その顔に脅えの色はない。むしろ何事かを思案しているような表情を浮かべている。

 弟のカイヤ殿下が自身の考えを整理したい時、こんな風に話を振ってくることがあったな、と私は思い出した。

「巨人がカイヤ殿下のことを狙っているという……」

「そう、それだ。その巨人というのが、この魔女の像なのだろうか」

 そんなこと聞かれたって私には答えられやしないが、

「目の数が違いますよね?」

 殿下も言ってた。白い魔女の像は「ひとつ目」ではないと。

「そこはこの際、さほど重要ではないだろう。そもそも巨人の目がひとつしかないというのはおとぎ話の記述だ。実際の巨人がどんな顔をしているかなど、誰も知るはずがない」

「それは……、仰る通りですが……」


 と、その時。ハウライト殿下がハッと息を飲んだ。

「馬鹿な」

 同時に、巨像が足を止めた。支える頭を失った首をわずかにかしげて、何かを見下ろしている、ように見える。

 その視線の先(とおぼしき方向)を見て、私は全身から血の気が引くのを感じた。


 距離にして5メートルほど前方。森の木々が少しひらけた場所に立っていたのは、虎か、がっしりした山猫みたいな謎の生き物と――その背にしっかりとつかまった幼い姫君だった。

 思わず「どうして」と声が出ていた。

 騒ぎに気づいて、追いかけてきてしまったのか。2人の兄殿下のピンチに、じっとしていられなかったんだろうか。

 礼拝堂の外で待機していたはずのダンビュラとクリア姫が、石像の行く手を阻むように姿を現していた。

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