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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十四章 新米メイドとひとつ目の巨人
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324 戦うメイドさん1

 私の叫びが、礼拝堂いっぱいに響き渡った後で。

「あなた、何を仰っているの?」

 とても冷たい声で聞いてきたのは、金髪兄弟の母、レイシャ・レイテッドだった。

「ははーえ、まじょだよ、わるいまじょ」

と階下を指差すリーライ。

 しかしレイシャは怪訝けげんな顔で眉を寄せているだけだ。

 それは彼女に限った話ではなくて、王様も、姫君たちも、隣国の王太子殿下も、2階席に居る誰もが不理解、あるいは戸惑いの表情を浮かべている。


 ……そういえば、「淑女の宴」の時。

 あの魔女の姿は、なぜか私以外の人には見えていなかったんだよね……。

 

 つう、とほおをつたう冷や汗。

 集まった人々の視線が、痛い。


 そんな凍てついた空気をぶちこわしたのは、どぐしゃあっ!! という破壊音。

 私の叫びに反応したジェーンが、手にしたメイスを祭壇めがけて振り下ろした音だった。

 おそらくは大理石か何かでできているのだろう、立派な祭壇を粉みじんに破壊したジェーンは、

「で? 魔女とやらはどこですか?」

 子供みたいに小首をかしげて、私を見上げてきた。

 ……別に姿が見えたわけじゃなくて、脊髄反射で攻撃しただけだったらしい。


「後ろだ! おまえの後ろに居るぞ!」

 リハルトが叫ぶ。

 彼の言う通り、ふわりと舞うような動きでジェーンの攻撃をかわした魔女は、そのまま彼女の背後に回り込もうとしていた。

「はあっ!!」

 ジェーンはくるりと一回転。自分の周囲を根こそぎ吹き飛ばすような勢いでメイスを振り回した。

 魔女はそれもよけていた。しかも、ただよけただけではない。そのままさらに高く舞い上がった。

 高く、高く。

 長身のジェーンの頭を超えて、天井近くまで。

『飛んだ!!』

 声をそろえて叫ぶ金髪兄弟。

 そう、魔女は飛んだ。

 鳥のように、舞うように、すばやく一直線に飛んで――私たちが居る、2階席の方までやってきた。

「……っ!」

 とっさに身を引く私の前で、魔女はすとんと手すりの上に下り立った。

 静かに首を巡らせ、その場の全員を睥睨へいげいする。


 初めて見た。そのフードの奥の顔。冷たい瞳。

 顔立ちは人形のように美しい。この2階席は率直に言って美しい人だらけなので比較すると普通に見えるが、その瞳の光だけは全く普通ではない。

 なんて冷たい、悪意に満ちた目をしてるんだろう。

 気持ちが悪い。ただ目を合わせているだけなのに、不快感で吐き気がこみ上げてくる。


「エルちゃん、どうしたの?」

 首をひねる王様。

 ……すぐ横の手すりに魔女が立っているのに、見えてないんだよなあ。

 2階席に居る他の人たちも同じ。危険な魔女がすぐそばに居るのに、その姿に気づいているのは私と、なぜか金髪兄弟だけなのである。

「こわい……」

「下がっていろ、リーライ」

 リハルトが弟をかばって前に出る。

 それを見た魔女は、あろうことか幼い兄弟に向かって手をのばした。


 悪寒が、私の背筋を駆け抜けた。

 魔女の手は白く、細い。いかにもか弱そうな女の手だ。

 しかも素手である。別に毒が塗られたナイフとか持っているわけじゃない。


 ――だけどあの手は、淑女の宴でエマ・クォーツを殺しかけた。


 魔女の白い指がリハルトの金髪にふれかけた瞬間、私は「やめろぉっ!!」と叫んで飛び出していた。

 手近な武器を――ひとまずレイシャがはためかせていた扇を拝借し、魔女の顔面めがけて振り下ろす!


「ぶっ!!」

 意外にマヌケな悲鳴を上げて、魔女がのけぞった。

 姿は見えなくても、ふれることはできるのか。物理攻撃は有効――ならば、ひるむことはない!

 不意打ちに体勢を崩した魔女に追い打ちをかけるように、私は扇で連撃を繰り出した。

 魔女が応戦する。

 ローブの中から短剣を抜き放ち、脅すように切っ先をこちらに向けてくる。

「遅い!」

 私はその短剣を払うように扇を振り下ろした。

 刃物なんて持ち出してきた相手を前に、グズグズしていたら怖いからだ。

 実戦はとにかく先手必勝、相手が動く前に動け、とは私に護身術を指導してくれた祖母の教えである。……それが護身術か? という突っ込みは控えていただきたい。今は忙しい。


「いったい何と戦っているの?」

 不審そうに聞いてくるレイシャにも、できれば後にしてくださいと言いたい。

「お子様たちを連れて逃げてください!」

 魔女は金髪兄弟を狙っている。理由は知らないけど、ここに居たら危ない。

「だから、何から逃げろと……」

 常識外れなレイテッド一族も、さすがにこの状況には戸惑いを隠せないようだった。

 レイリアも軽く目を細めて様子を見ているだけだし、レイルズに到っては「新手の見世物か?」なんてズレたことを言ってる。

 いくらリハルトとリーライが「魔女が居る」と騒いだところで、大人たちの目には何も見えていないのだ。

 無理もないといえば無理もない話だけど、こちとらメイドであって護衛の騎士とかじゃない。そういつまでも持ちこたえられないぞ。


「嘘じゃありません、本当に危険なんです! どうか逃げて――」

 そんな世迷い言みたいなセリフを信じてもらえるほど、私はレイテッドの人たちと交流を重ねていない。

「エルちゃん、怖くて変になっちゃったのかな? 大丈夫、私が守ってあげるよ」

 王様はいらんことしか言わないし、頼みのセレナも、どうしたものかという表情を浮かべているだけだし。


 焦りで、手元が狂った。

 魔女の短剣を弾こうとした扇が空振りになり、私は大きく体勢を崩してしまう。

 目の前に迫る白刃。

 まるで現実感のない光景に、とっさに身構えることも忘れて棒立ちになりながら、私は考えていた。

 そもそもメイド服で戦うっていうのが無理なんだよな、と。

 メイドってのは本来、敵とバトルとかする職業じゃない。戦うメイドさんなんていうのは、あくまでフィクションの世界だけに存在するものだ――。

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