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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十四章 新米メイドとひとつ目の巨人
322/410

321 異変

 正直、見違えてしまった。


 真っ白な衣装と、まるで花嫁がまとうような半透明のヴェールを身につけて。

 ゆっくりと祭壇の方に向かって歩いて行くのは、よくよく見れば確かに、私の知っている第二王子殿下であったが――その美しさはもはや人間の限界を軽く超え、妖精とか天使とか、そういう人外の域に片足を突っ込んでいる。


 礼拝堂は水を打ったように静まり返っていた。

 どよめきも歓声も聞こえない。人々は息をつめ、見守っている。お役目を務めるカイヤ殿下の一挙手一投足を。


 殿下がひざまづく。両手を組み合わせ、白い魔女の像に祈るような姿勢をとる。

 あの白ひげの司祭様が殿下の横に立ち、長い巻物を広げて、祭文らしきものを読み上げ始めた。

 さすが高位の司祭様だけあって、朗々と響く良い声だ。


 ……この儀式を取り仕切るのって、本当ならクンツァイトの最高司祭だったはずなんだよね。


 私の父が、かつて仕えていた家。

 7年前、私の家族に刺客を差し向けた家。

 私のことを誘拐したり、まあ色々やらかして失脚した家だ。


 7年前の事件で、私は重傷を負って死にかけた。父はそんな私を助けようとして魔女に願い、自らを身代わりにした。

 それは全部クンツァイトのせいだと、そう思ってしまえれば楽なのに。

 今はなんか、あの家のこととかどうでもよくて、ただ「自分のせいだ」という罪悪感だけが胸にある。

 頭が痛い。ひつぎの中で眠る父の姿が脳裏をよぎり、私はぎゅっと目を閉じた。


「エルさん? どうかなさったの?」

 セレナが心配そうに声をかけてきた。「顔色が良くないようだけど、気分でも悪いのかしら?」

「……いえ、大丈夫です」

 思い出しちゃダメだ。今は考えない方がいい。

 目の前の現実に意識を向けようと、私は広い礼拝堂の中を見回した。


 歴史ある古い建物は今、とてもおごそかな空気に満ちている。

 朗々とした司祭様の声。目を閉じ、祈りを捧げるカイヤ殿下。同じようにこうべを垂れて祈る、たくさんの人たち。

 正面にある白い魔女の像は、そうした人々の祈りを途方もなく長い時間、受け止めてきたんだろう。その美しい顔に微笑を浮かべて、こちらを見下ろしている。

 慈愛に満ちた、優しいほほえみだ。今は儀式のためにたくさんの白い花で飾られていて、より美しく優しげに見える。


 ……ただ、一方でちょっと怖いな、とも感じてしまうのは、多分その大きさのせいだと思う。

 礼拝堂は広い。当然、天井も高い。普通のお屋敷の3階くらいの高さまで吹き抜けになっている。

 その高い天井に、ほとんど頭がつきそうなくらい大きな像だったのだ。

 いくら慈愛に満ちた女性の姿でも、ここまで来ると威圧感がある。

 冷静に考えれば、怖がる必要なんて何もないんだけどね。別に、いきなり倒れかかってくるわけじゃなし――。


 ギギ……、ギギギ……、


 金属がきしむような不快な音が、私の耳を打ったのはその時だった。

 ちょうど司祭様が祭文を読み終えたところで、礼拝堂の中はしんとしている。

 おかげで、ほとんどの人が気づいたと思う。ギシギシ、キシキシ、という奇妙な音に。

 ただ、その音がどこから発せられているのか――それが何の音か、ということを理解できた人間はまれだったはずだ。


 や、だって。普通にありえないから。

 静かに人々を見下ろしていた白い魔女の像が、ゆっくりとまばたきをして。

 軽く身震いしたかと思うと、突如として動き出し。

 大きな体をかがめて、右てのひらを突き出した。……その足元に膝をついていたカイヤ殿下に向かって。

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