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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十四章 新米メイドとひとつ目の巨人
321/410

320 儀式の夜3

 そこは礼拝堂の2階席だった。

 見下ろす先には儀式が執り行われる祭壇があり、その奥には見上げるほど大きな白い魔女の像が立っている。

 祭壇の前に居るのは、高位の司祭様だろうか。真っ白なローブに身を包み、白いひげをたくわえた老人が、他の司祭たちと何か準備している。


 1階席は満員だった。ぎゅうぎゅうってほどじゃないけど、それでも人であふれている。

 きっとあそこに居るのもそれなりに偉い人たちで、あるいはお金持ちで、席を取るのだって簡単じゃなかったはずだ。

 でも、こちらはまさに特等席。みんなゆったりと広く座席を取っているし、身の回りの世話をするメイドや従者を連れている。


 最前列の中央に座しているのは王様だ。この国の王、ファーデン・クォーツだ。

 美しく着飾った女性を大勢はべらせて――って、誰? 愛妾のアクア・リマの姿は見えないし、側室の誰かでもないはずだよね。

 元は3人居た王様の側室は、1人は早くに亡くなり、1人は王都を追われ、残る1人は暗殺されかけた上、別の事件の容疑者として捕まった。


 ……ってことは、あれ。全員、愛人なのか……。


 着飾った女性たちの周囲には、これまた美しく着飾った10代から20代のご令嬢。

 こちらは多分、姫君たちなんだろうなとわかった。

 端っこにフローラ姫が居たからだ。……本当に1番端に、小柄な体を精一杯縮めるようにして。


「まずは座りましょうか」

 セレナに促されて、移動する。2階席に入ってからは特に案内もなかったが、セレナは自分の座る場所がわかっているみたいだった。

「我が家は末席ですから」

と言って、連れて行かれたのは、階段状になった座席の1番後ろ。

 序列で言ったら確かに良い席ではないんだろうけど、見晴らしはいい。何しろ1番高い場所にある席なわけだから、2階席全体の様子がよく見える。

 前方、右手には騎士団長ラズワルド。左手には宰相オーソクレーズ。共に奥方を連れて座している。

 騎士団長の奥方って初めて見たな。確か病気がちなんじゃなかったっけ? ここからだと顔色まではわからないけど、なんとなく線の細いご婦人に見える。


 王様の少し後ろ。取り巻きを大勢連れて、1番広い空間を占拠しているのはレイテッド家の人たちだ。

 長女レイリア、次女レイシャ、そのお子様である金髪の男の子2人。名前は確かリハルトとリーライ。

 現当主レイルズの姿もある。長い足を組み、悠然と座席についている姿はあいかわらず無駄に絵になっているし、ものすごく存在感がある。まあ、それはレイテッド家の人たち全員そうなのだが――。


 1人足りない、と私は思った。

 レイシャの夫で、カイヤ殿下の幼なじみであるケインの姿がない。

 まさか留守番か? こういう人の多い場所は好きじゃない、とか?

 いや、でも。殿下の身に大変なことが起きるかもしれないっていうのに、カイヤ殿下教の信者みたいなあの男が、おとなしく引っ込んでいるとは思えない。


「あちらが隣国の王太子殿下のようですね」

 セレナのつぶやきに、思考がそれる。

 そうだ。隣国の王太子も見物に来るって話だった。その人を巻き込んで、騎士団長がクーデターを起こそうとしてるって……。で、その王太子殿下はどちらに?

「ほら、あそこ。ファーデン閣下のそばに」

 んん?

 ……ああ、本当だ。

 きらびやかな女性たちの陰に隠れて目立たなかった。よく見れば、それっぽい人がちゃんと居る。


 王国のお隣、位置的には東にあるその国は、大きさや人口はほぼ同じくらい、古くから友好的な関係を築いてきた、王国の民にとってはわりと馴染み深い「おとなりさん」だ。

 学問・芸術が盛んで、大きな大学があって、絵画や音楽のコンクールなんかも定期的に行われている。宰相閣下のご息女・エンジェラが入賞したヴァイオリンコンクールも東の国で行われたはずだ。


 その国の王太子殿下は、まるで祖国のお国柄を体現したような、知的で上品な顔立ちの男性だった。

 遠目にもなかなかのイケメンだとわかるけど、あんまり華はない。王族とか貴族とかより、大学教授とかお医者様とか、そういう肩書きの方が似合いそうな人。年は30歳くらいかな。思ったより上だ。


「確か、殿下の噂を聞いて来たって……」

 去年、儀式でお役目を務めたカイヤ殿下の、度外れた美しさを隣国の大使が伝えて――それで今回、王太子も見に来たって話だったよね。でも、そんなミーハーそうな人には見えないな?

「おそらく口実になさったのじゃないかしら」

とセレナは言った。

「歴史や民俗学に造詣が深い方だと聞き及んでいますし……。ただ純粋に、この伝統的な儀式を見てみたかったのかもしれませんね」

 そうなんですか。王族ともなると、ただ行きたい場所に行くってだけでも簡単じゃないんだな。


 なんとなく視線を向けていたら、隣に座っている王様がなぜかこっちを向いた。

 その口元が笑みの形を作り、ぱちりとウインクを決めた上、ひらひらと手を振ってくる。何か言ったようだが、そこそこ距離があるので聞こえない。

 ただ、周囲の着飾った女性たちの目がこっちを向いた。さらに、その後ろにいたレイテッド家の人たちも。さらにさらに、宰相閣下と奥方までも。


「…………」

 私はそろそろと座席の陰に身をひそめた。

 セレブな人たちの注目を集めるだけでも怖いし、何より宰相閣下の視線が怖かったからだ。

 なんでここに居るんだって、絶対思われたよね。

 ……よく考えたら、自分でもそう思う。

 私はどうしてここに居る? 殿下への報告のために来たはずなのに、特等席で儀式を見物っておかしくないか?


「そろそろ始まるようですよ」

 セレナが言う。同時に、階下でかすかなどよめきが起きた。

 おかげで、セレブな人たちの注目もそっちを向いた。……宰相閣下だけはまだしばらく私の方をにらんでいたが、奥方に話しかけられて視線を前に戻した。


 その間にも、1階席のどよめきは大きくなっていく。耳をすませば、建物の外からも歓声が聞こえてくる。

 どうやら本日の主役が登場したようだ――つまりは儀式でお役目を務めるカイヤ殿下が。

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