319 儀式の夜2
王室図書館の司書を務めるセレナは、実は結構いい家の出身だったりする。
くわしくは知らないけど、前に、とある宴に一緒に行った時。
貴族の世界に顔が広いようだったし、彼女の家名を聞いた相手が、ハッと息を飲むような場面もあった。
そして今夜の儀式は、王国にとって重要な行事だ。名のある貴族が一同に会する場だ。
彼女も当然、招待されていたとのことで、「本当に偶然ですねえ」と笑いながら、私を馬車に乗せてくれた。
「人の多い場所は苦手なものだから、出席を見送る年もあったのだけど」
セレナはフフ、と意味深に笑って、
「今年は何だか面白いことが起こりそうだと聞いて、これは是非とも行かなければと思って」
「……そうなんですか」
私は控えめに相槌を打った。
温厚な老婆のような見た目に似合わず、セレナは情報通である。
その「面白いこと」の具体的な中身も知ってるんだろうな。
たとえば、騎士団長が隣国の貴族と組んでクーデターを起こそうとしているとか、その計画を知った宰相閣下が、逆にそれを利用して相手の(政治的な)息の根を止めようとしているだとか……。
「さすがに、巨人がどうこうなんて話は聞いてないですよね?」
「まあ、興味深い。いったいどんなお話なのかしら」
「あ、いえ。聞いてないなら別にいいんですが……」
言葉を濁す私を、セレナは小首をかしげて見つめた。
彼女のおかげで、私は無事、礼拝堂までたどり着くことができた。
今居るのは、入り口の扉を入ってすぐの場所。豪奢で広々としたエントランスホールだった。
これから係の人が席まで案内してくれるらしい。……本当はすぐにカイヤ殿下の所に行きたかったのだが、セレナいわく、「今からでは間に合わないでしょう」とのこと。
もう儀式が始まっていてもおかしくない刻限で、彼女はかなり遅れて来たのだという。
「出がけに少し、膝が痛んでね。できれば行かない方がいいと止められたくらいなんですよ」
セレナは苦笑しながら、背後に視線を向ける。そこには黒スーツに身を包んだ狐目の青年が1人、立っている。
彼女の従者だ。前に1度だけ会ったことがある。確かセレナの家に昔から仕えてる一族の人だ、って言ってた。
「お嬢様は言い出したら聞きませんので」
「もう、その呼び方はやめてちょうだいってば」
もう若くはないんですよとセレナが訴えても、青年は涼しい顔だ。
「そのように思われるのでしたら、危険な場所に敢えて足を運ぶような真似はおやめください。無論、お嬢様の御身は何があってもお守り致しますが……」
危険な場所ってことは確定してるんだ。……まあ、クーデターの話が事実なら、普通に流血沙汰だって起きかねないしね。
「今から動き回るより、私たちと一緒に居た方がいいと思いますよ」
とセレナも言ってくれた。
仕方ない。ここは先に行ったジェーンを信じるしかないか。
それから程なく、案内の人が来てくれた。
メイドとか執事じゃなくて、武装した騎士だった。それも1人ではなく、2人。
多分、殿下の暗殺予告のこととか、色々影響してるんだと思う。礼拝堂の警備は、中も外も、それは厳重で物々しかった。
セレナの家名のおかげか、騎士たちの案内は至極丁重であったが、それでもピリピリした空気は伝わってきた。
王国の観光名所にもなっている最古の礼拝堂。しかしゆっくり見物する余裕などはなく。
警備兵がひしめく長い廊下を通り、古びた木の階段を上がって、たどり着いたのは観音開きの大扉の前。
両側を守っていた屈強な騎士たちが、「どうぞ、お入りください」と扉を開けてくれる。
一歩、足を踏み入れるなり、私はまぶしさに目がくらんだ。