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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第二章 新米メイド、王宮へ行く
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31 ダンビュラ

「こんな可愛らしい虎が居てたまるかよ」

 答えたのはカイヤ殿下ではなく、初めて聞くだみ声――信じられないことに、その虎のような生き物の口から発せられている。

 確かに、虎にしては小さい。子供の頃、故郷の村にやってきたサーカスの一団が連れていた虎は、もっとずっと大きかった。


 目の前に居る生き物は、山猫よりは大きく、ツキノワグマよりは小さい。体長1メートル20センチくらい、体高もやっぱりそれくらい? 厚みのある体つきで、手足は太く、鋭い爪が生えている。

 口をひらくと、ギラリと光る牙が嫌でも目についた。べろんと赤い舌ものぞく。軽く舌なめずりして私を見上げ、

「あんた、誰だい。新しいメイドか?」

 ぎぎぎっと。

 私はぎこちない動作でカイヤ殿下を振り向いた。

 殿下は私にうなずいて見せると、

「彼はダンビュラという。妹はダンと呼んでいる」

 それから虎のような生き物に向かって、

「彼女はエル・ジェイド。パイラの後任だ」

「ふーん。思ったより早く見つけたんだな。男ができたから辞めるってあいつが言い出したの、つい何日か前だよな?」

「まあな。運がよかった」

 虎のような生き物は、また「ふーん」と言って私を見上げた。

「あいつに比べると、ちと色気が足らんな。俺はもうちょい大人の女が好みだね」

 何やら失礼な発言を、カイヤ殿下は「そうか、残念だったな」と受け流し、「それよりも、クリアはどうした? 声が聞こえんようだが……」

 切妻屋根のお屋敷は、しんと静まり返っている。人の声どころか、気配すらしない。

「ああ、パイラと散歩に行ってるぜ。多分、もうじき帰ってくるんじゃねえかな」

「そうか。では、先に入って待つとするか」

 いまだ声すら出せない私を、殿下が「行くぞ」と促す。

「…………」

「どうした、エル・ジェイド」

 どうした、って言われましてもね。


 私はふっと息を吐いた。それから2、3度深呼吸して、目の前の2人――ではなく、1人と1匹に向き直る。

「……えーと。つまり、こちらのダンビュラさんとやらが、姫君の護衛の方なんでしょうか?」

「そうだ」

「魔女の呪いで、姿を変えられた?」

「そう聞いている」

 殿下は「だったな?」とダンビュラを見下ろした。当人は後ろ足で軽く首の付け根などかきながら、「さあねえ。そんな昔のこと忘れちまったよ」といいかげんな答え。


 私は頭を抱えたくなった。

 受け入れがたい状況に、どうすればいいのか、皆目わからない。

「まあ、驚くのも無理はないかもしれん」と言いつつ、殿下は落ち着き払っている。「ただ、彼はこう見えて優秀な護衛で、妹にも信頼されている」

 よせやい、照れるじゃねえか――とダンビュラが太い前足を振る。その仕草は、妙に人間くさい。


 魔女に、姿を変えられた。

 それが本当の話なのだとしたら、変えられる前はいったい何だったんだろう。

 ……人間? なのかな?


「姿や素性については気にするな。最初は気になるかもしれんが、そのうち慣れる」

「…………」

 私は無言で殿下の顔を見返した。

 言いたいことは多々ある。

 が、この人相手にそれを言っても、あまり意味がないような気もした。常識とか非常識とか、普通とか普通でないとか、そういう感覚、多分この人には通じない。

 結局、「はじめまして。これからよろしく」と虎のような生き物に向かって、無難なあいさつ。


 ダンビュラはぎょろっとした目を瞬いた。

「……殿下。この嬢ちゃん、変わってるな。俺を見て悲鳴のひとつも上げないとか」

 その言葉に、殿下は何か思い出したような顔をして、

「そういえば、パイラは初めて会った時、叫んでいたか」

「いや、あの女はただのケダモノ好きっつーか、いきなり抱きついて俺の毛皮をなでくり回してきた大物だけどよ……」

 ダンビュラはずいと私に近づいてくると、

「俺が気味悪くねえのか?」

と、ストレートに問うてきた。


「別に、驚いてないわけじゃないですよ」と私は答えた。

「なんでしょうね。私って、わりと常識的な人間だったはずなんですけど。王都に来てから、すごい勢いで変わってきてるような気がします」

 じっと目の前の王子様を見て、「多分、殿下と会ったせいですね」

「………? そうなのか?」

 当人は心当たりがないのか不思議そうに瞬きしつつ、「だとしたら、悪かったな」と一応謝ってくれた。


「そりゃ災難だったねえ」

 ダンビュラがニヤニヤする。

 そのセリフ、王都に来てから何度言われただろう。

 ただ、その「災難」は、貴族の屋敷で盗人の濡れ衣を着せられたこととか、往来でいきなり刃物男に人質にとられたことなどを指していた。

 でも、そうか。

 カイヤ殿下に出会ったこと、それ自体が災難だったという考え方もあるのか――。


「どうした、エル・ジェイド。目が遠いぞ」

 だいじょうぶですよ、殿下。

 今更、後悔なんてしていませんとも。

 ああ、でも。

 王都って、なんか想像していたのと随分違うのね。

 自分みたいな田舎娘が、来るべき場所じゃなかったのかなあ――。


 私が現実から逃避しかけた時、若い女性の叫び声がした。

「ダ、ダ、ダンビュラさーん!」

 殿下とダンビュラが声のした方を振り向く。

 切妻屋根のお屋敷を回り込むように、庭園の奥に向かってのびる遊歩道。その先から、メイド姿の女性が、息を切らせて駆けてくるところだった。

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