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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十四章 新米メイドとひとつ目の巨人
319/410

318 儀式の夜1

 礼拝堂は人であふれていた。

 ……いや、そんなレベルではない。

 青藍祭せいらんさいは王国の伝統行事。今夜、行われる儀式は、その華々しいフィナーレを飾るもの。

 集まった人の数は、田舎育ちの私の想像など遙かに超えて凄まじかった。


 いやはや、本当にすごい。

 十重二十重とえはたえの人垣に阻まれて、もう全っ然、前に進めない。それどころか一歩も動けない。

 目指す礼拝堂は視界の中に見えている。

 大きな丸屋根で、高さは3、4階建てくらい。王城と同じ白い石造りの、古びてはいるが立派な建物である。

 日が落ちたばかりの黄昏時たそがれどき仄暗ほのぐらい中に無数のランタンが灯されて、白い花が飾られていて――それはもう幻想的と言っていいほど美しい眺めだったけれど。もっとゆっくり見物できていたら、きっとそう思えたはずなんだけど。


「うう……」

 参った。ここに来てから30分はたつというのに、一向に目的地に近づけない。

 私は1人で来たわけじゃない。

 時間を巻き戻して説明すると――今からざっと1時間前、「魔女の霊廟」で悪逆非道の魔女オタクの元王様に逃げられた後で、クリア姫、ダンビュラ、ジェーンの3人と共に、竜の背に乗ってここまで飛んできたのだ。

 こんな人の多い場所に竜を下ろしたら大変なことになるから、だいぶ離れた森の中に降りて。

 クリア姫とダンビュラはそこで待機している。

 竜ほどじゃないにせよ、ダンビュラも謎の生き物だ。人前には出られないし、それにクリア姫だって、本来は儀式に参加せずお留守番、ということになっている。

 霊廟で手に入れた短剣、ファイいわく「悪しき魔法を封じる力」については、クリア姫が持っている。

 もしも本当に巨人なんてものが礼拝堂に近づいてきたら(そんな兆候は全く見られないが)、ダンビュラが短剣で封じる手はずだ。


「剣なんて使えるんですか? ダンビュラさんて」

 彼は虎である。正確には、それに似た生き物である。彼の前足では、剣を握ることなどできそうもない。

 私が疑問を呈すると、彼は短剣の柄をぱくりとくわえて、手近な木の幹に勢いよく突き立てて見せた。

「これでいいだろ」

「……なるほど」

 一応は納得する私の横で、ジェーンが別の疑問を口にした。

「封印の力というのは、ただ刺すだけで発動するものなのでしょうか?」

 巨人、というのが具体的にどのくらいの大きさなのかは知らないが、仮に山ほどの大きさであった場合、ダンビュラの身長では、その足元に傷をつけるのがせいぜいだろう。

「急所を狙わずともよいのでしょうか。たとえば心臓、あるいは首や頭であるとか」

「俺に聞くなよ。んなもん知るわけねえだろ」

 封印のやり方を私たちに説明したファイは、そこまでくわしい話はしていなかった。

「まあ、やってみるだけだろ」

とダンビュラは言った。


 彼は、それにジェーンもだが、全然怖がっている様子がない。

 本気で山ほどもある巨人なんてものが現れたら――しかもその巨人と戦わなければならなくなったりしたら、命がいくつあっても足りないと思うのだが。

 クリア姫は青ざめている。巨人と戦うという想定もさることながら、その巨人が狙っているのは、最愛の兄殿下だ。怖いに決まっている。

 私は――まだ半分実感がわかない、というのが正直なところだった。

 いくら話に聞かされても、巨人が殿下を狙ってやってくるなんて、ねえ。さすがにこの目で見るまでは、100パーセント信じられるものではない。


「私は殿下のもとに報告に参ります」

 ジェーンが言った。

 魔女の霊廟で「封印の力」を手に入れたことや、ファイに逃げられたこと、それ以前に王妃様の離宮に行ったこと。

 今日は予定外の行動ばかりとってしまったから、殿下への報告は必須だ。

「それなら、私も一緒に行きます」

 ジェーン1人に任せたら、話が正確に伝わらない恐れがある。彼女にとって重要なことだけを強調し、興味のない部分は端折はしょってしまいかねない。


 そんなわけで、クリア姫とダンビュラを森に残し、2人で礼拝堂に向かったのだけど。

 ジェーンは持ち前の怪力で人波をかき分け、さっさと行ってしまった。すぐに後を追おうとしたものの、何しろこの人の多さだ。割れた人波はあっという間に元通り、私は進むべき道を失ってしまったのである。


「すみません、通して……。通してくださいぃ……」

 必死に声を上げても、喧噪けんそうに飲まれて、かき消されてしまう。

 あっちに押され、こっちに押され。礼拝堂に近づくどころか、だんだん遠い方へと流されているような気が。

 しまいには背中を押されて、転びそうになった。

「ひゃああああっ!!!」

 悲鳴を上げながら、ぽん、と勢いよく転がり出した場所。そこは馬車道だった。

 儀式を見物に来た人たち、中でも馬車で礼拝堂に向かうことを許された、要は身分の高い人たちが通るための道だ。

 一般人がまぎれ込んだりしないよう、道の両脇には警備兵がずらりと並んでいたのだが、それでもこの人の多さだ。完全には防ぎ切れなかったんだろう。おかげで、私のような運の悪い人間が災難に見舞われることになったわけだ。


 馬のいななきが、辺りに響く。

 御者台に座る男が、慌てて手綱を引くのが見える。

 目の前に迫る車輪が、土煙を立てて急停止。あわや、というところで私は轢かれずにすんだ。

「何者だ! この怪しい女め!」

 轢かれずにはすんだけど、災難はまだ終わっていなかった。

 馬車の進路をふさぐように、道に飛び出してきた女だ。傍目にはそりゃ怪しく見える。

 兵士に引っ立てられそうになったところを止めてくれたのは、のんびりとした優しい声だった。

「あらぁ、エルさん? まあ、こんな場所でお会いするだなんて」

 偶然ですねえ、とほほえんで見せる。馬車の窓から顔を出し、私を見下ろしている初老の女性。

「どうも、セレナさん……」

 私は気抜けした声で彼女にあいさつした。

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