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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十三章 新米メイドと封じられた真実
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317 確かなこと

 気づいた時、私は冷たい床に座り込んでいた。

 背中だけがあったかくて柔らかい――と思ったら、ダンビュラの毛皮だった。彼の体をソファー代わりにして、私は座っていたのだ。

「……エル? 意識が戻ったのか?」

 すぐそばにクリア姫が居る。今にも泣きそうな顔で、私を見つめている。

 何か答えなきゃいけないのに、言葉が出てこない。

「…………」

 私は霊廟の中を見回した。魔女は、ファイはどうなったのか。まずそれを確かめたかった。


 魔女は居なかった。

 さっき立っていた場所にも、どこにも。

 唐突に現れた魔女は、また唐突に姿を消していた。

 そして、ファイの方はといえば。

 ロープでぐるぐる巻きのまま、霊廟の床に力なく倒れていた。

 その目は閉じている。意識がないのか、ぐったりと脱力している。

 まるで、魂が抜けたみたいに――。


 代わりに。

「うう……」

 寝起きのような声がして、私はぱっと振り向いた。

 石棺の中で、気配が動いている。白いローブをまとった腕がゆっくりと持ち上がり、棺のふちをつかんで、体を起こそうとしている。


 やがて起き上がった「彼」は、パチパチとまばたきをした後、確かめるように自分の顔にふれて、

「どうやら、うまくいったようだな」

 満足げにつぶやくと、おもむろに床に飛び降りた。


 しっかりと床を踏みしめ、軽く肩を回し、意味もなくその場で一回り。

「おお、これは。なかなかよいではないか」

 その声は弾んでいた。子供みたいに無邪気で嬉しそうだった。

「体が軽いぞ。長いこと眠っていたとは思えぬほどだの」


「…………」

 私は信じがたい思いで、目の前の光景を見つめていた。

 父が、居る。

 ずっと行方を探していた父が、会いたかった父が、すぐそこで話して、笑って、動いている。

 だけど、その仕草も、話し方も、表情も、父とは違う。別人のものだ。

 目を覚ましたまま、悪夢でも見ているみたいだった。

「シム……?」

 少し離れた場所で、ひび割れたような表情を浮かべて立ち尽くすゼオも、おそらく私と同じ悪夢を見ているのだろう。


 ショックで動けない私たちと、突然動き出した棺の中で眠る男。

 わけがわからず、困惑するばかりのクリア姫たち。

 停滞した状況を動かしたのは、他でもない。その状況を作り出した張本人だった。


「おお、そうだ。忘れておったぞ」

 すたすたとこっちに近づいてくると、何かを差し出してきた。

 短剣だった。

 つかに古風な意匠の施されたそれは、石棺の中で眠っていた父が抱くように持っていたものだ。

「使い方を教えるという約束であったな。1度しか言わぬゆえ、よく見ておくがよいぞ」

 彼はクリア姫の手に短剣を押しつけると、縛られ、床に倒れたままの体に――さっきまで自分の体だったものに近づいていった。

 そして身にまとったローブに手を突っ込んだかと思えば、取り出したのは霊廟の鍵。カラスが羽を広げた形のペンダントだった。


「その短剣の柄に、くぼみがあるだろう」

 彼の言葉に、クリア姫が手の中の短剣を見下ろした。

 ……本当だ。細かい意匠にまぎれてわかりにくいが、よく見れば何かをはめ込むような形の穴が開いている。

「これを、そこに――」

と言いながら、彼は手にした鍵をそのくぼみに押しつけた。

 カチッと音がして、鍵が短剣の柄に固定される。最初から装飾の一部だったかのように違和感なく。

 その瞬間、短剣が光った。ほんの短い時間ではあったが、怪しい紫色に発光した。


「まことに巨人とやらが現れ、リシアの息子を狙ってきたなら、この剣で刺すがよい」

と彼は言った。

「この剣は封印の刃。そこにある石棺とついになっているものだ。いかに距離を隔てようとも、逃れえぬ力で悪しきものを捕らえるであろう」

「…………」

 声もなく見返すクリア姫に、彼は口の端を持ち上げて笑うと、

「では、な。しっかりやるのだぞ」

 それだけ言って、すたすたと出て行ってしまった。

 開いたままの扉から、外へ。

 私の、父の体で。


「……え、あれ? 止めなくていいの?」

 ためらいがちなカルサのつぶやきに、私たちは全員、弾かれたようになった。

「……っ! 待ちやがれ!」

 真っ先に動いたのはゼオだ。「彼」の後を追い、霊廟から飛び出していく。


 私も、追った。追おうとした。

 なのに、体が思うように動かない。足がもつれて転びそうになって、助けてくれようとしたクリア姫を巻き込み、倒れかけたところをダンビュラが受け止めて。

 もたついているうちに、「先に行きます」とジェーンが飛び出していく。

「えっと、俺も。あいつ、1人で放っとくと危ないから」

 一足遅れて、カルサも続く。

「エル、だいじょうぶか?」

「しっかりしろよ、あんたらしくもねえ」

 クリア姫とダンビュラに支えられ、ようやく霊廟の外へと出てみれば。


 そこには夕焼けに染まった空と、静かな森が広がっていた。

 なぜかジェーンだけが立っていて、何をするでもなく空を見上げている。

 近くに「彼」の姿はない。ゼオも、カルサも見当たらない。


「どうした!? 奴はどこだ!?」

 ダンビュラが叫ぶと、ジェーンは静かに振り向いてその手で空を指した。

「時間がありません」

「は?」

「儀式は日没と共に始まります。陽差しの角度からして、おそらくもう1時間もない」

「!」

 顔を強張らせるクリア姫に、ジェーンは森の一方を指差し、淡々と告げた。

「あの男は、あちらの方向に逃げました。2人が後を追っています。我々も追うのか、それとも儀式が行われる礼拝堂に向かうのか。指示をお願い致します、クリスタリア姫」

「……っ!」

 クリア姫が言葉につまる。

 一瞬、手の中の短剣を見下ろし、それから私の方を見て、痛ましそうにその顔を歪ませる。

 彼女が葛藤しているのは明らかだった。

 兄殿下が心配だ、今すぐ駆けつけたい。でも。

 ずっと探していた父親の体を、目の前で奪われた。当然ショックを受けているはずの私を、放っておくこともできない。


「……そうだな。二手に分かれるってのはどうだ?」

 ダンビュラが提案する。

「俺があの野郎を追いかけてひっ捕まえる。あんたは嬢ちゃんを護衛して、竜で殿下の所に行く」

 なるほど、よいかもしれませんとうなずくジェーン。

「ですが、彼女はどうしますか? 見たところ、普通の状態ではないようですが」

「あー、そうだな……。ここに1人で置いてくのはマズイよな……」

 2人が、自分のことを話しているのだと。自分が足手まといになっているのだと理解しながら、それでもまともに頭が働かない。


 真実を知ったショックとか。

 父の体が、ファイに持ち逃げされたショックとか。

 色々あって、思考が鈍化していたのだと思う。


 そんな私に、クリア姫はそっと寄り添い、手を握ってくれた。

「私もここに残る。ダンはファイ殿を追ってくれ。ジェーン殿は至急、兄様の所に」

 その言葉には、さすがに驚いた。

 誰よりも殿下のことが心配で、殿下のもとに駆けつけたいのはクリア姫のはずなのに。

「だいじょうぶだ、エル。私がついている」

 クリア姫がほほえみかけてくる。その鳶色の瞳が、うっすらと涙で濡れている。握りしめた手が、かすかに震えている。


 ……何をほうけてるんだ、私は。


 クリア姫が、自分も不安でいっぱいなのに、それでも私のことを思いやろうとしてくれているのに。

 メイドの私が、ぼけっと突っ立っている場合か?

 いな。断じてそんな場合じゃない。

 自分で自分にツッコミを入れて、ついでに両手で頬を叩く。

 バチーンといい音がした。当然、みんなが驚いている。

「エル?」

「何やってんだよ、おい」

「ショックのあまり、おかしくなったのでしょうか」

 なってない。むしろ、少しだけ正気を取り戻したところだ。

「すみません、姫様。もうだいじょうぶです」

「エル……」

「私も行きます。ご一緒します。早く殿下を助けに行きましょう」

 3人が顔を見合わせた。ジェーンは無表情だが、クリア姫とダンビュラは明らかに戸惑っている。

「……無理すんなって。あんたはここに残れよ。んで、俺があのクソ野郎の首根っこを捕まえてくるのを待ってろって」

 私はまっすぐにダンビュラの顔を見下ろした。

「ダメですよ。こんな大変な時に、護衛が姫様から離れるなんて」

「いや、でもな……」

「私もです。姫様のメイドとして、ご一緒します」

 きっぱりそう告げると、「なるほど、わかりました」とジェーンがうなずいた。

「ショックでおかしくなったわけではなく、ショックの元になった事実から目をそらすための現実逃避をしているのですね」

 身もフタもないことを言ってくれる。

 ……まあ、否定できないけど。

 取り戻した記憶は、私にとっては重く、残酷なもので、すぐには受け入れられそうになかったから。

 今は目をそらしていたかったというのは、確かにあるかもしれないけど。


「いいじゃないですか、この際、逃避でも何でも」

 ここで呆けているよりは、いくらかマシだろう。

「悪いとは言っていませんよ。戦力を分散するのは好ましくありません。全員で殿下のもとに向かうのが最善であると私も思います」

 しかし、と声を上げたのはクリア姫だった。「エルの父君のことも放っておくわけには……」

 ずきんと心が痛んだ。

 そうですよね。娘としては、本来なりふり構わずファイの後を追うべきなんだろう。


「……カルサと巨人殺しが追いかけてくれてますから」

 私が言うと、みんなの頭に疑問符が浮かんだ。

 ああ、そうか。ゼオが巨人殺しだってことはまだ言ってなかったんだ。

「あの人、伝説の暗殺者なんですよ。なぜかうちの父と知り合って、友達になったみたいですけど」

 ジェーンが珍しく衝撃を受けた顔をした。

「……なぜ、教えてくださらなかったのですか」

 あなたに教えたら、即座に斬りかかると思ったからですよ。剣を握りしめて悔しがっているところを見ると、予想は外れてなかったみたいだな。


「とにかく、そういうことですから。簡単に逃げられたりはしないと思うんで、だいじょうぶです」

 無理やりに笑顔を浮かべて見せる。

 声はかすれていたし、手足も震えていた。

 それでも立っていることができたのは、自分を見失わずにいられたのは、確かなことがひとつ、いやふたつだけあったからだと思う。


 この優しいお姫様を、泣かせちゃいけない。

 あのお人よしの王子様が狙われているのを、放っておくことなんてできない。


 だいたい、殿下に雇ってもらえなければ、私は姫様や王妃様に会うこともなく、ここまで来ることだって当然できなかったのだ。

 恩人のピンチに、私事にかまけていられない。

 それはジェーンの言うように現実逃避だったのかもしれないが、今は考えないことにする。

 実際、時間もないわけだし。

「行きましょう」

 殿下を助けに。儀式が行われる礼拝堂に。手にした「封印の刃」で、巨人を止めるために。


 ……果たして、本当に巨人は来るのだろうか?

 

 第十三章は今回でおしまいです。

 またしばらく準備期間をおいて、第十四章「新米メイドとひとつ目の巨人」の連載を始めたいと思います。


 ここまで読んでくださった皆様、本当に、ありがとうございました。

 なるべく早く続きを……と言いつつ、だいたいいつも時間がかかってしまうのが申し訳ないのですが……。

 できる範囲で努力は続けていくつもりですので、気が向いたらまたのぞきに来ていただけると幸いです。


 あ、ちなみに今回、間章はありません。十三章が長くなりそうだったので2つに分けた形です。

 第五部は四章構成になります……多分。

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