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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十三章 新米メイドと封じられた真実
317/410

316 3度目

「……ふむ」

 ファイが首をひねる。ゆっくりと父の体から手を放し、

「とはいえ、手段が問題か。今は魔女の杖もない。魂を移し替える方法を考えねばならんな」

 その言葉に、私は脱力した。


 そうだよね。王国の秘宝、白い魔女の杖を持っていた時とは違うのだ。

 今のファイは、魔法使いでも何でもない。怖がる必要なんてない。

 浮かんだ冷や汗をぬぐっていると、また何か思いついたというようにファイが手を打った。

「いっそ、我もノコギリ山に登るか。黒い魔女に代償を払えば、この体を手に入れることもできるやもしれんな」

「……はあ?」

 いったい何を言ってるんだ。さっきから勝手なことばかり――。

「いいかげんにしてくださいよ」

 ファイがこっちを向いた。軽く首をかしげて、

「何か問題でもあるのか? 繰り返すが、この男が目覚めることは2度とない。所詮、魂を失った抜け殻ならば、ここに眠らせておく意味もあるまい?」


 ふざけるな、と声を上げかけた時。

 のそりとダンビュラが動いて、ファイの小柄な体を4つ足で踏みつけた。

 次いでジェーンが、どこからともなくロープを取り出し、身動きのできないファイをぐるぐる巻きにする。

「さて」

 作業を終えた彼女が顔を上げる。「怪しい動きをする男は、念のため捕らえておきました」

 私と、棺の中に眠る父。そして少し離れた所に突っ立っているゼオを――彼女にとっては、ついさっきまで戦っていた相手とを見比べて、

「状況説明をお願いします。我々が適切な行動をとるために必要な説明を」

 もっともといえばもっともな要望であったが、私は答えられなかった。なんとなくゼオの方を見たが、彼も混乱しているのか、すぐには言葉が出ない。


 誰も口をきけずにいる中、ファイだけが大騒ぎしている。

「ええい、放せ! この縄をほどかぬか、無礼者め! このような扱いが、許されるとでも思って――」

 ふいに、その声が途切れた。

 どうしたのかと思って見れば、彼はぽかんと口を開けて間の抜けた表情を浮かべている。

 ファイが何を見ているのか。その視線の先を追って、私もまた唖然とした。


 魔女が、居た。

 黒いローブをまとい、黒いフードをかぶった、長い黒髪の魔女が。

 目撃するのは、これで3度目になるだろうか。

 最初は故郷の村で。2度目は王都の礼拝堂で。唐突に姿を現し、一方的なお告げを残していった魔女が、今また私の前に姿を現している。


「ついに、ここまで来たか」

 しわがれた老婆のような声が語りかけてくる。手にした杖は太くねじくれていて、あの「白い魔女の杖」によく似ていた。

「どうして――」

 また出てきたのかと口にしかけて、私は思い出した。


 ――魔女の霊廟に行くがいい。


 私にそう告げたのは他でもない、目の前に居る魔女だということを。

 そもそも、王都に行けば父に会えると言ったのも。

 そして父の願いをかなえ、意識の戻らない私を目覚めさせるために、父を身代わりにしたのも「ノコギリ山の魔女」であるはずなのだ。


「あうっ……!」

 唐突に頭痛を覚え、私はぎゅっと目を閉じ、こめかみを押さえた。

「おい、あんた!?」

「エル、どうしたのだ!?」

 みんなの声がする。クリア姫が、ダンビュラが。私のことを心配してくれている。

「姐さん、だいじょうぶ!?」

 今の声は、カルサだ。

 頭の芯が疼くような痛みに耐えながら、私は無理やり目を開けた。


 魔女はまだ、そこに居た。

 目深にフードをかぶっているせいで視線の向きはわからないが、なんとなくこっちを見ているような気がした。

「どうして、また現れたんですか……」

 問いかけに答えはない。

「いったい何が目的なんですか……!」

 何度も姿を現して、意味深なセリフを残して、何がしたいんだ。


「おい、どうしちまったんだ。さっきから何を言ってる?」

 ゼオが近づいてきた。遠慮がちに私の顔をのぞき込み、「ショックで錯乱してるのか? ……少し休ませた方がいいんじゃないか?」

 セリフの後半は、周囲の人々に向けたものだった。

「確かに、様子がおかしいですね」

 ジェーンも同意する。「顔色もよくありません。一旦この場から連れ出した方がいいのではないでしょうか」

 そんな悠長なことを言ってる場合じゃない。目の前に魔女が居るのに。

「そうだな、それがいい。ダン、頼むのだ」

「わかった。おい、あんた。俺の背中に乗れよ」


 ……って、あれ?


 何だかおかしくないか。

 いきなり魔女が現れたっていうのに、誰もそっちに注目しないとか。

 私はそこに居る全員の顔を見回した。

 皆の視線が私に集まっている中、あの魔女の方を向いているのはファイだけだ。

「魔女、なのか?」

 恍惚とした彼のつぶやきに、私以外の全員が驚いた顔をして周囲を見回し――しかし、その視線は魔女を素通りして、再びファイの方に向けられる。

 ぞわりと悪寒がした。みんなには、あの魔女の姿が見えていない?


 ファイは周囲の反応など目にも入らぬ様子で、魅入られたように魔女を見つめたまま、

「なぜ現れた? 我が求めたからか? 我が願いをかなえるためにこの場にやってきたというのか?」

 えらく都合のいい解釈を口にする。

 求めたからって、魔女が来てくれるわけないだろうに。


 だが、私の内心のツッコミに反して。

 魔女が動いた。手にした杖の先端をファイの顔に向けて、よく通る声でこう言ったのだ。

「おまえの願いは何だ?」

 ファイが息を飲む。感極まった様子で、「我の願いは」と口にしかける。

「ちょっと待って――」

 私は、慌てて止めに入ろうとした。

 止めなければ、また恐ろしいことが起きてしまう。父が、私を助けるために自分自身を犠牲にしたように――。


 再び、頭の芯が疼いた。先程の比ではないほど強烈に。

「あ、ああああああっ!?」

 耐えきれなくなって、私はその場にうずくまった。

「エルっ!」

 クリア姫が、みんなが私を呼ぶ声がする。

 その声が次第に遠ざかって、視界が闇に閉ざされていく……。

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