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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十三章 新米メイドと封じられた真実
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315 抜け殻

 前に、「魔女の憩い亭」のセドニスに聞かれたことがある。

 父が失踪したのには、それなりの理由があるはずだ。7年も経過してから、今さら探す意味があるのかと。


 確かに、自分でもわかってた。傍から見れば、さぞおかしなことをしているように見えるだろうなと。

 なぜ今頃になって。なぜ7年もたってから。これが他人事なら、私だってそう思う。


 答えは簡単だ。理屈じゃなくて、気持ちの問題だったからだ。

 父が居なくなってから7年間。

 学校に行ったり、家業の手伝いをしたりしながら、表面上は穏やかに、何事もなく過ごしてきた。

 口は悪いが、愛情深い家族に囲まれて。幸せか不幸かでいったら、間違いなく幸せだったと言える。


 でも、ずっと。

 何かが、ずっと。

 心の奥底にわだかまって、モヤモヤしていた。

 それは形にならない、言葉にもできない、ほんのかすかな違和感だったのかもしれない。


 何かがおかしい。

 どこかがおかしい。

 私はこれでいいのか。何かを間違えていないか。その「何か」は自分にとって忘れてはいけない、大事なことだったんじゃないのか――。


 ……そうだ。

 思い出した、全部。

 父がなぜ、私たち家族の前から姿を消してしまったのか。その理由も、7年前の事件のことも。


 何のことはない。全ては私のせいだったのだ。

 家族から父親を奪った元凶は、他でもない、私自身だった。


「ああ……」

 どうして、と自分を責める。

 こんな大事なこと、今まで忘れていられたんだろう。

 おかしいだろう。どう考えても。今になって急に、記憶が戻ったのだって不自然じゃないか。

 

 ――ううん、そんなことはどうでもいい。


 石棺の中で眠る父を見つめながら、私は静かにかぶりを振った。

 大事なのは事実だけだ。

 私が、私のせいで、父がこんなことになってしまったという事実だけ。


「エル、エル、いったいどうしたのだ?」

 クリア姫が私を呼んでいる。そっとメイド服の袖を引き、少し間を置いてから、遠慮がちに肩を揺すってくる。

「……私のせいなんです」

「え?」

と聞き返されて、私は彼女の顔を見下ろした。

 澄んだ鳶色とびいろの瞳が、不安そうに揺れている。ああ、私のことを心配してくれているんだ、本当に優しいお姫様だなあと頭の隅で考えながら、

「私のせいなんです」

 同じセリフを、もう1度繰り返す。視線を再び棺の中に向けて、

「父さんがこうなったのは、私の……」

「違う!」

 血を吐くような叫びが、石室内にこだました。


 見れば、霊廟の入り口にゼオが立っていた。

 さっきよりさらにボロボロになって、肩で息をしながら石室の中に入ってくると、やおら私の前に膝をつき、地に伏して頭を下げる。


「俺がドジ踏んだんだ! まだガキだったおまえを殺しかけた! そのせいでシムはこんなことになったんだ! おまえは何も悪くない!」


 ゼオの後を追ってきたらしいダンビュラが、目の前の状況に言葉を失っている。

 同じく後を追ってきた様子のジェーンも、その無防備な背中に斬りかかろうとはしなかった。

 カルサも、クリア姫も。

 誰もが口を閉ざしている中、それでも空気を読まないのが約1名。


「見たところ仮死状態だな」

 思案顔で棺の中をのぞき込み、ファイはそこに横たわる男の様子をしげしげと観察している。

「食事もとらずに眠っていたということか? だとすれば間違いなく魔法の力であろうが……、ふうむ……」

 しばし唸っていたかと思えば、ふいにカルサの方を見て、

「おい、小僧。そこの娘の父親が、7年前に魔女に願い事をしたと言ったな?」

 カルサは戸惑いながらもうなずいた。

「あ、うん。言ったけど」

「で、その父親というのが、この男であると」

「うん。そうらしいけど」

「そうか。つまりは、その願いの代償としてこうなっているわけだな。失ったのは意識か、魂か。体は生きているということは、寿命は残っているはず……」


 ぶつぶつと1人つぶやくファイを、その場の誰もが声もなく見つめている。

 床にうずくまっていたゼオも顔を上げている。

 彼にしてみれば、ファイは初めて会う人間だ。一見すると美少女、しかし言葉遣いや仕草はそれらしくない。

 率直に言って、怪しい人物である。それが目の前でわけのわからないことを話しつつ、眠る友人の様子を無遠慮に観察しているわけで。


「おい、てめえ。……何者だ」

 ゆっくりと立ち上がるゼオ。そのまなざしに宿る敵意に、臆するようなファイではなく。呼びかけもスルーして、

「ふむ、同じだな」

 やがて何らかの結論に達した様子で、ぽんと手を打った。

「願いの代償によって、失われた魂。この男の意識が戻ることは2度とない」

「おい」

 ゼオが1歩近づく。それでもファイはマイペースに話を続ける。

「この体は、いわば抜け殻だ。……で、あるならば」

 くるりとその顔を私の方に向けて、

「我が使っても、別に構わぬであろう? 以前にも言った通り、この小娘の体は我には不便過ぎる。やはり、慣れ親しんだ男の体の方が何かと都合がよいのだ」

「…………」

「若いというほどではないが、年老いてもおらぬ。体も健康そうだ。何と言っても、研究には体力が必要だからな。この体ならば及第点だ。我の新たなうつわとしてふさわしい」

「…………」

 彼が、何を言っているのか。

 ショックで呆然としている私の頭では、理解することなど到底不可能だった。

 私だけじゃない。その場の誰もが理解不能だったのだろう。

 ゼオでさえ止められなかった。ファイが、石棺の中で眠る父の体にその手をのばすのを――。

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