表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十三章 新米メイドと封じられた真実
315/410

314 真相

 たとえばの話。

 瀕死の重傷を負った人間が、それでも奇跡的に回復したとして。

 すぐにベッドから下りて歩き回れるかといったら、無理だと思う。何日も寝たきりになるだろうし、食事だってまともにとることはできまい。

 私の場合は違った。

 確かに体は重く、ぎこちなかったものの、ちゃんと自分の足で歩くことができた。

 ご飯も食べられた。自力でお手洗いにだって行けた。

 まるで、ちょっと風邪をひいて寝ていただけとでもいうように。いくらなんでも不自然だと思った。


 もうひとつ。

 すり傷や切り傷だって、ものによっては痕が残る。

 ましてナイフで刺されたりしたら、よほど腕のいいお医者に縫ってもらったとしても、その傷痕が消えてなくなることはきっとない。

 なのに、包帯の下には何もなかった。

 私の体は傷ひとつなくきれいなもので、にも関わらず手当てがされていた――丁寧に包帯が巻かれていたのも奇妙なことだった。


 父が、大ケガをした私を置いてどこかに行ってしまったとか。

 そんな話は、そもそも信じたくなかったし。

 父の友人だという男はどこに消えたのか。あの怪しい黒服たちは何者だったのかと、疑問は尽きない。


 決定的におかしかったのは家族の態度。

 うちの家族は基本、口は悪いが正直者だ。

 それが事件以来ずっと、奥歯に物が挟まったような話し方をするわ、探るような目で人のことを見るわ。

 どう考えてもおかしい。何か隠している。

 そう結論づけた私は、弟だけを家から連れ出し、知っていることを話せと命じた。

 隠し事をしている時の大人は、ちょっと聞いたくらいじゃ何も答えてくれない。

 だから弟を選んだ。家族の中で1番正直で、生意気で、遠慮も容赦もなく本当のことを言う奴だから。


「ようやく気づいたの?」

 遅かったね、と弟は言った。ちなみにその時、私が目覚めてから既に1週間ほどが経過していた。

「何も話すなって、おじいちゃんたちに口止めされてたんだよ。でも、姉さんが自分で気づいたんならいいよね。全部言っちゃっても」


 そして、弟は話し始めた。

 私が意識不明の重体になった時、父が村から出て行ったのは事実だが、それはけっして逃げたわけではないと。

「ノコギリ山に登って、黒い魔女に願い事をしたんだってさ」

 え? と私は聞き返した。

「本当かどうかは知らないよ。けど、父さんはそう言ってた」


 事件が起きたあの日。一足遅れて村に戻ってきた父は、変わり果てた娘の姿にショックを受けた様子で。

 あの黒服たちの正体であるとか、くわしい事情を説明するどころではなく。

 食事も睡眠もとらずに、娘の回復を祈り続けた。

 何日も、何日も。村にひとつだけある礼拝堂に通いつめて。


 しかしその祈りが届くことはなく、私の体が日に日に衰えていくのを見て、父は決意した。

 ノコギリ山に行く。魔女に助けてもらう。医者にも救えないなら、他に方法はないと。


 ちなみに、父が「気づいた時には、村から姿を消していた」というのも事実であるらしい。

 言えば止められると思ったのか、単に余裕がなかっただけか。

 父は家族に何も言わずに村から出て行ったのだ。様子を見守っていた礼拝堂の司祭様に、「魔女に会いに行ってきます」と一言、告げて。

 それから数週間、全く何の音沙汰もなかったため、「あいつは逃げたんだ」と祖父が疑ったのも本当のことらしい。


 だが、父は帰ってきた。

 ある朝、唐突に。長い長い旅から戻ったかのようなボロボロの姿で、疲れ切ってはいたが、晴れ晴れとした顔をして。


 ――もうだいじょうぶだ。エルは目を覚ます。黒い魔女が魔法で助けてくれる。


 父が世迷い言を言っているのだと、あるいは疲労と悲しみのあまりおかしくなってしまったのだと、家族は思わなかった。

 なぜなら、父が戻る少し前。魔法のような出来事が現実に起きたからだ。

 かろうじて呼吸はしていたものの、ずっと土気色の顔で昏睡状態だった私の頬に血の気が戻ったのだ。

 すやすやと、ベッドの中で安らかに眠る私を見て、いったい何が起きたのかと、医者も家族も困惑していたところだったらしい。


 ――もうすぐ目を覚ますよ。魔女と約束した。


 ただし、それには代償として、父の残りの人生を捧げることが条件で。

 父が帰ってきたのは、家族に会うため。最後にみんなの顔が見たかったから、少しだけ猶予期間をもらったんだと話していたそうだ。


 にわかには信じがたい話。しかし、家族は信じた。

 その時、父の顔は優しく、穏やかで――覚悟を決めたかのようで。

 冗談を言っているようには見えなかったから。全てが本当のことなのだと、わかってしまったから。


 ――どこまで勝手な野郎なんだ、てめえは!


 烈火の如く怒る祖父と、今にも気を失ってしまいそうな母を支える祖母、まだ何もわかっていない妹と、幼いながらも事情を理解した弟の前で。


 ――本当に、申し訳ありませんでした。


 父は深々と頭を下げた。

 そして、自分のことはどうか忘れてくださいと告げて、今度こそ本当に村から出て行ってしまった。

 魔女との約束通りに。意識が戻らない娘の身代わりに、2度と覚めない眠りにつくために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ