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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十三章 新米メイドと封じられた真実
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312 石の棺

 魔女に願い事と聞いた瞬間、ファイの瞳が好奇心に輝いた。

「ほう? それはどのような願いだ? 昔、とはいつのことになる?」

 ずいずいと迫られて、困惑しつつもカルサが返答する。

「えっと、7年前だから昔ってほどじゃないか。姐さんの村に、クンツァイトの暗殺者が押しかけてきて――」

 その全員が、父の友人である「巨人殺し」の手で返り討ちにあった。

「あいつ、ヤンを誘拐して、敵をおびき寄せるおとりにしたらしいんだけど。その時、まだ子供だった姐さんが弟を助けようとして――」

 ゼオに石を投げつけたり、誘拐犯と叫んだりした。

「村はずれの森にある水車小屋まで、あいつの後を追いかけてきたんだってさ」

 ……そんな記憶はない。や、でも。ゼオも確かそんなことを口走ってたような気が?

「姐さん、やっぱり覚えてない?」

 私の反応を見て、カルサが確かめてくる。「ヤンも言ってた。『エル姉さんは全部忘れてる』って」

「…………」

「覚えてないなら、この先はやっぱり行かない方がいいと思う。さっきも言ったけど、ショック受けるはずだから」

「…………」

 さっぱり意味がわからないカルサのセリフを、わからないなりに考えて。

 つまり、この先に行けばわかるということか。ゼオが何を隠しているのか。家族が何を知っているのかも。

 だったら、私のとるべき行動はひとつ。


「どいて」

 ひたと少年の顔を見すえて、静かに告げる。

「姐さん……」

「ショックでも何でもいいから、どいて」

 私が王都に出てきたのは、父の行方を知るため。そして、父が姿を消した時からずっと心の内にわだかまっている、モヤモヤした気持ちの正体を知るためなのだ。

 ここで引き返すなんてありえない。何が待っていようが関係ない。


「……わかった」

 カルサは意外にあっさり道をあけた。ゼオのように力づくでも止める、とかは言い出さなかった。

「そんなことしないよ。むしろ、あいつが姐さんのこと無理やり追い払おうとしたら、そっちを止めるつもりだった」

 ちらりとゼオの方を見る。戦いは白熱している様子だ。あいかわらず私の目にはよく見えないが、硬いもの同士がぶつかり合う激しい音だけは聞こえてくる。


「では、参るのだな。小娘、鍵をよこせ。我が扉を開けてやろうぞ」

 ファイは私たちの会話に興味しんしんって感じで、半ば強引にクリア姫から「鍵」を受け取ると、弾むような足取りで霊廟へと駆けていった。

 私たちも後を追う。目指す場所はすぐそこに見えているのだ。邪魔する者が居なければ1分もかからなかった。


 高さは2階建てくらい、大きさは普通の民家2軒分ほど。

 正面入り口は観音開きの分厚い石の扉で、白い魔女の使い魔である狼とトカゲの絵が彫ってある。

 かつて訪れた時と、何も変わらずに。「魔女の霊廟」は静かにそこにあった。


 ついにここまで来たと息を飲む私とクリア姫の前で、ファイはためらいもなく扉に近づいていき、例の「鍵」を押し当てた。

 さんざんもったいつけてたから、何か特別な手順があるのかと思いきや。

 本当に、ただ押し当てただけ。

 それだけで、扉は開いた。

 まばゆい輝きを放つとか建物全体が鳴動するとか、それっぽい反応もなく。ズズ……と重たい音をたてて、石造りの扉が奥に向かってひらいていく。

 いや、それだけですかと突っ込む余裕もなく、私は目の前の光景に目を奪われていた。

 中は石室だった。

 お屋敷のリビングとさほど変わらない広さの空間に、石のひつぎがひとつ、安置されている。

「あれが……」

 白い魔女の遺体が眠っているとされる、実際には空っぽの棺。


「左様。そして悪しき魔法を封じるための秘宝だ」

 具体的には、どうやって封じるのか。

 説明する代わりに、ファイは「見ているがいい」と言って棺に近づいていくと、手にした鍵をふたの部分にふれさせた。

 ゴゴッと鈍い音がする。

 大の男が数人がかりでも動かすのに苦労しそうな石のふたが、ゆっくりゆっくりズレていく。

 固唾を呑んで見守っていたら、ふいに私の視界が真っ暗になった。

「やっぱり、見ない方がいいよ」

 カルサが背後から目をふさいできたのだ。

 放せと言おうとしたら、クリア姫があっと声を上げた。

 まるで悲鳴みたいな声だった。とっさにカルサの手を振り払い――。

 そして私もまた、悲鳴を上げそうになった。


 石の棺の中には、人が眠っていたのだ。

 真っ白なローブを着て、古風な意匠が施された短剣を胸に抱いて。

 魔女ではない。

 男だ。

 茶髪で30代くらいの、ごく普通の男。

 その顔はろう人形のように白く、血の気がない。呼吸している様子もない。


 空っぽのはずの棺の中には、人が居た。

 つい昨日、埋葬されたばかりのような遺体が、静かに横たわっていたのである。

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