311 心配
私は脱力し、ぺたんと地面に膝をついた。
「はあ……」
よかった。無事で。
暗殺予告状の送り主を探していたとか、どこぞの貴族の屋敷に忍び込んだとか。……私とお祭に行くために無茶をしたとか、色々聞いてたから。
よかった、生きてて。ひとまずは元気そうで。
「エル、だいじょうぶか?」
「急にどうした?」
へたり込んでしまった私を見て、クリア姫とファイが目を丸くしている。
「ちょ、姐さん?」
当のカルサも、ひょこひょこ近づいてきた。
私はすっくと立ち上がり、その胸ぐらをつかんで締め上げるまでを一呼吸でやってのけた。
「姐さん、じゃない! いったい今までどこに行ってたの!?」
無事だったのなら連絡しろ。心配するじゃないか。
私だけじゃない、警官隊の人たちには? ジャスパー・リウスやユナにはちゃんと無事を知らせたのか?
「姐さん、ぐるじい……」
「いいから、答えて」
ほんの少しだけ腕の力を緩めてやると、カルサはまた決まりの悪そうな顔をして、
「えと、証拠と一緒に、手紙を届けたから……」
自分が無事だということは、警官隊の人々に伝わっているはずだとのこと。
「なんで、さっさと会いに行かないの」
ユナに聞いた話によれば、ジャスパー・リウスはこの炎天下を歩き回ってカルサを探しているという。
カルサに危険な任務をさせた息子のカイト・リウスに対しては、顔を見るたび決闘を申し込むほど怒っているというのに。
「ご隠居が……? なんで……?」
なんでって、そんなの考えるまでもない。
「心配だからに決まってるでしょーが!」
「…………」
「会いに行きなさい! 早く! 今すぐ!」
胸ぐらを放し、少年の肩をぐいぐい押す。
「ちょ、待って」
カルサは慌てて私の手から逃げると、「俺の話はいいから」とふざけたことをぬかした。
「はあああ!?」
「怒らないで、聞いて。姐さん、あの建物に行くつもりなんだよね?」
森の木々の向こうに見えている石造りのお堂を指差し、「やめといた方がいいと思うよ」と小声で告げる。
「姐さん、多分ショック受けるから」
「……どういう意味?」
なぜ、カルサが私を止める。……そもそも、あそこに何があるのか知っているのか?
「うん、知ってる」
「なんで」
「ヤンとおばあさんに聞いた」
「……ヤン?」
「うん。弟なんだってね? あんまり似てなかったけど」
私は何度目かもわからない「なんで」を口にした。
なんで、カルサがうちの弟のことを知ってるんだ。本当にもう、わけがわからない。
「えっと、順を追って説明するね?」
そんな場合じゃない。今も私たちの背後では戦いの音が響いている。ダンビュラとジェーンが「巨人殺し」と戦っているのだ。
早く霊廟に行かなきゃいけないのに、私は動けなかった。
クリア姫は困惑顔で私たちを見比べている。ファイは事情も何もわからないだろうに、悠然と様子を見ているだけ。
「俺、この前の任務でケガして――あ、大したケガじゃないからだいじょうぶ。……本当だってば! そんな怖い顔しないで。とにかくその時、助けてもらってさ。巨人殺しとか呼ばれてるあのおっさんに」
カルサとゼオは元から顔見知りらしい。いったいどこで知り合ったのかと疑問だが、聞いている暇がないので今は流す。
ともかくゼオの隠れ家に逃げ込み、体力の回復を待っていたところ、たまたま来客があった。それが私の祖母と弟だった、と聞かされて頭がくらくらした。
私の家族が、ゼオのもとを訪ねた? 伝説の暗殺者の隠れ家を知っていた?
どうして、何のために――。
「ヤンはお母さんから手紙を預かってきたって言ってたよ。俺は横で聞いてただけで、よくわかんなかったけどさ。姐さんが昔のこと知りたがってるとか、これ以上はもう隠すべきじゃないとか、本当のことを教えてあげるべきじゃないかとか言って、あいつのこと説得しようとしてた」
私はさらに頭が混乱した。
もうこれ以上は隠すべきじゃない? 本当のことを教えるべき?
それはつまり、私の家族は私が知らない「何か」を知っているということか。祖母はもちろん、4つ年下の弟まで?
「でも、あいつは『そんなこと絶対にできない』って言い張ってさ」
それが友人であるシム・ジェイドと、その義父との約束だから。
「ずーっとそればっかり言ってるから、ヤンもあきれ顔してさ」
だったら祖父を説得してからまた来ます、と言って、隠れ家を出ていったらしい。
「あいつ、それからちょっと変になっちゃって。姐さんがすぐにでもここに来るんじゃないかと思ったみたいで」
誰も近づけないよう、霊廟を見張ると言い出した。
「どうにも理解しがたい話だな」
混乱で何も言えない私の代わりに、ファイが口をひらいた。
「あれは王家の所有物。扉の中にあるのは王家の秘宝だ」
少し先に見えている石造りの建物を、次いで私のことを指差して、
「その娘と王家が、何ぞ関わりがあるとでも?」
私には答えようのない問いかけに、カルサはあっさり答えて見せた。
「王家がどうとかじゃなくて。なんか姐さんのお父さんが、昔、魔女に願い事したことがあるらしいよ」