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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十三章 新米メイドと封じられた真実
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309 待っていたのは1

「あのリシアめを怒鳴ってやったのか!」

 ファイが笑う。愉快そうに手を叩きながら。

「惜しいことをしたのう。左様におもしろい見世物があるとわかっていたなら、我も離宮に参るのであったわ」


 王都への帰路。

 再び漆黒の竜の背に乗って、「魔女の霊廟」へと向かう道すがら。

 話題になっているのは先程の出来事だった。

 目的の「鍵」を手に入れてきたわりには、なぜか落ち込んでいる私と心配するクリア姫を見て、「何があった?」とファイが聞いてきて――別に言わなくてもよかっただろうに、ダンビュラが話してしまったのだ。


「愉快だ。久しぶりに愉快な話を聞いた」

 私は全然、愉快じゃない。

 この国の王妃様相手にブチキレて怒鳴り散らした上、その怒りをスルーされてしまったのだから。

 無念だ。せめて相手も怒るとかしてくれたら……。たとえ不敬罪で処刑されるにしても、「言うべきことは言った」と満足して逝けるだろうに。

「冗談でもやめてほしいのだ」

 珍しくまなじりをつり上げて、可愛らしく頬をふくらませるクリア姫。

「エルにそんなことはさせない。絶対に、私が止めるのだ」


「不敬罪が罪となるのは、相手がうやまわれてしかるべき人物の場合のみです」

 処刑人の血を引くジェーンが、そんなことを言い出した。

「上に立つ人間が無責任かつ無能な場合は、その限りではありません」

 無責任かつ無能って、さすがに言い過ぎでは。

 王妃様はそこまでじゃないと思う……、王様ならともかく。

「己の心に恥じるところがないのなら、堂々と胸を張っているべきではありませんか?」

 いや、恥じるところはある。人前でキレ散らかしたこと自体がそうだし、いい年をしてカッとなると見境がなくなるところもそうだ。


「だから気にすんなって。おかしなことは言ってねえんだからよ」

 ダンビュラは私がしつこく落ち込んでいるのが気に入らなかったようだ。

「パイラに聞いたぜ。あんた、クソ親父をぶん殴ってやったこともあるんだろ? その連れ合いを怒鳴りつけるくらい、今更じゃねえか」

 パイラとは私の前任のメイドだ。久しぶりに名前を聞いた。

「あのケイン・レイテッドを――五大家当主の義兄である男を、素手で張り倒したこともあると聞き及んでおります」

 ジェーンが余計なことを言う。そんな話、今は関係ないのに。

「たとえ権力者でも悪には屈せず、自らの手で制裁を加える。あなたのそういうところは称賛に値します」

 本当に、やめてほしい。それ、ただのヤバイ人じゃないか。だいたい王妃様のことは怒鳴っただけで手は出してないし。


「だいじょうぶだ、エル。兄様はわかってくださる」

「姫様……」

「だから、この件はいったん置くとして。今は魔女の霊廟に着いてからの話をしたいのだが……」

 周りに非常識な大人が多いせいだろうか。クリア姫の成長がいちじるしい。

 現状、自分もその「非常識な大人」の1人になっている気がするのがつらいところだが、クリア姫の仰る通り、今は置くことにしよう。


 さっきメイド長さんから預かった宝石箱。中身を確認したファイは、「間違いなく霊廟の鍵だ」と言った。

 しかしその見た目は、いわゆる「鍵」ではない。

 カラスが羽を広げた姿をかたどった精緻な細工物――あの「魔女の紋章」をペンダントにしたものだった。

 これでどうやって扉をひらくのか。ファイは説明しようとしない。あくまで自分を霊廟に連れて行くまでは教えないと言い張る。


 なんで、そんなについてきたがるのかな。

 逃げるスキをうかがっているのか、それとも単に知的好奇心を満たすためなのか。

「腹が減ったぞ。なんぞ食うものはないのか」

 こうして見ると何にも考えてないみたいだけど、油断は禁物だよね。あの悪名高き先代国王なのだし。


 太陽は中天を過ぎ、少しずつだが傾き始めている。

 クリア姫は不安そうだ。

「間に合うだろうか……」

とチラチラ空を見上げている。

 来る時にかかった時間を考えると、王都に戻れるのは夕方頃だろうか。儀式は夜だから、結構ギリギリだ。

 もっとも、本当に巨人なんて現れるのか、ファイの言う「封印の力」とやらが必要になるのか、私たちの行動に意味があるのかどうかも、現時点ではわからない。


「まずは、お昼にしましょうか」

と私は言った。

 ここで気を揉んでいても仕方ない。ひとまず腹ごしらえだ。

 ちなみに私たちは、竜の背中に敷物を広げて、その上に座っている。竜のウロコは冷たく硬く、直接座るには不向きだからだ。

 お屋敷から持参したお弁当を広げて、気分はまるでピクニック。上空を高速移動しながらランチをとるって、後にも先にもこれが最後だろうなあと思いながら。


「うむ、うまい。うまいが、量が足りぬ。もっとよこせ」

「てめえ、少しは遠慮しやがれよ。……おい、そのフライドチキン、俺にもひとつくれよ」

「ダンビュラさん、食事はしなくても平気なんですよね? あんまり量がないんで、できれば遠慮してほしいんですが……」

「疲れてんだよ、俺だって。きのうはそのクソ野郎のせいで、わけのわからねえ化け物どもと戦わされたんだからな」

「知ってますけど、チキンは人数分しか……って、ジェーンさん。サンドイッチは1人2切れまでですよ」

「補給は重要です。空腹では敵と戦えません」


 わいわい言いながら食事を終えて、その後はファイが魔女の出てくる小話こばなしを披露したり、日課の鍛錬だとか言って剣を振り回すジェーンの姿を眺めたりしながら、時を過ごし。


 だいぶ日が傾いた頃、私たちは目的地に到着した。


「魔女の霊廟」は王城の北に広がる丘陵地帯、天気が良ければ目視できるほどの距離にある。

 そんな場所に竜を下ろしたら、兵士が大挙して押し寄せて来かねない。

 つい昨日、カイヤ殿下がお城に竜を呼んだばかりだから、「ああ、またか……」と思われるだけかもしれないけど。

 やはりここは慎重に行動すべきだろうと、お城からは見えない丘の影に着地。クリア姫はダンビュラの背に乗り、ジェーンが小脇にファイを抱えて、走って霊廟まで向かうことになった。

 私も、自分の足で走った。メイド服はスカートだから運動には不向きだが、足元は動きやすい靴を履いてきたし、かけっこは得意だ。


 国の重要施設でありながら、霊廟には見張りの1人も居ない。敷地を囲む塀や柵があるわけでもない。だから私たちの接近を阻むものは何もない――はずだった。

 しかし森の木々の向こうに、石造りのお堂が見えてきた時。

 前方を行くダンビュラが、次いでジェーンが急停止した。

「下りろ、嬢ちゃん!」

 ダンビュラが鋭く叫び、ジェーンは抱えていたファイを地べたに投げ捨ててから剣を抜く。

 何が起きたのか。急いで駆け寄ると、ダンビュラはクリア姫を守りつつ、ジェーンはファイが逃げないように足で踏みつつ、周囲を警戒している。

「……誰だ」

「出てきなさい。殺気が隠せていませんよ」

 2人の呼びかけに、森の下草が揺れた。程なく、私たちの前に姿を現したのは――。


 ひどくみすぼらしい身なりの、1人の男だった。

 薄汚れた服、落ちくぼんだまなこ、顔には無精ひげ。

 長旅でもしてきたような、あるいは何日も野営を続けていたかのようなボロボロの姿で、「遅かったな」と私たちに――いや、私に声をかけてくる。

「巨人殺し」のゼオだった。

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