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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十三章 新米メイドと封じられた真実
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308 リシア・クォーツ

 これまで聞いてきた噂によれば。

 王妃様はカイヤ殿下と瓜二つだという。

 しかし今、目の前に居るその人は、殿下と同じ黒髪黒目、殿下と同レベルの美貌ではあるものの、瓜二つと呼ぶには何やら違和感があった。


 私が知っているあの人は、こんな顔じゃない。

 正確には、こんな表情はしない。

 何て言えばいいのかな。冷酷? 冷淡? それとも刺々しい? どれも間違ってはいないようで微妙に違う気がする。

 ――責めるような。

 そう、責めるような表情かおだ。それをあろうことか幼い娘に向けて、王妃様は言った。

「そなた、この離宮に何を連れてきたのです」

「……お久しぶりでございます、母様。突然の訪問、どうかお許しください」

 明らかに動揺しながらも、クリア姫が口上を述べる。

「あいさつなど必要ありません。それよりも――」

 王妃様の瞳が、夜の闇のような漆黒の瞳が、わずかに細められた。

「森に、気配が。異様な気配がします。これは人ではない。強い魔力を持った生き物の気配です」

 私は驚いた。

 気配って、そんなのがわかるの? この離宮に居ながらにして?


「答えなさい。この離宮に、何を連れてきたのか」

 静かに――しかし拒むことを許さない厳しい声音で命じられ、

「竜です」

 一言で、率直に。クリア姫は返答した。

「悪しきものではありません。カイヤ兄様がご友人から借り受けたのです。一刻を争う事態であったゆえ、王都より竜で参りました。お心を騒がせてしまい、まことに申し訳ありません」


 王都から竜で来た。

 そんな突拍子もない話を聞かされて、王妃様がどんな反応をするのか。私は注目した。


「そうですか」

 反応は、何もなかった。驚きに目を見張ることも、何を馬鹿なと疑うこともなく、それまでと全く同じ口調で、

「けれども、この異様な気配はそれだけではない。その竜とやらのそばに、何か居ますね」

 私はぞっとした。

 ……ただ見下ろされているだけなのに、なんでこんなに怖いんだろう。魔法が使えるという先入観のせい? まるで心の内側まで見透かされているみたいだ。


「生者の気配ではない。死者でもない。この感覚には覚えがあります」

 って、まさか。

 ファイの存在まで察知している?

 だとしたらまずい。あの男の正体は、先代国王アダムス・クォーツ。王妃様にとっては家族の仇だ。そんな人物と一緒に来たなんて知られたら――。

「もう1度だけ尋ねましょう。この母の離宮に、何を連れてきたのか」

 クリア姫も青ざめている。王妃様の顔から目を離せぬまま、かすかに震えている。


「別に、あんたには関係ねえだろ」

 口をひらいたのは、怖いもの知らずのダンビュラだった。

「俺たちゃ急いでるんだ。あんたが見捨てた王都で、色々と面倒なことが起きてるもんでね」

 聞きたいか? と王妃様を見る。

「聞きたかねえだろ? 興味もねえだろ? だったら、放っといてくれや」

「……私はクリスタリアに尋ねているのです」

「そうかい。俺はその嬢ちゃんの代わりに答えてる」

「…………」

 およそ10数秒。王妃様は無言で私たちを見下ろしていた。やがてふっと息を吐き出すと、

「まともに答える気はないということですね。なら結構」

 それだけ言って、静かにきびすを返す。久しぶりに顔を見たはずの娘に息災でしたかの一言もなく、立ち去っていこうとする。


「母様!」

 突然、クリア姫が叫んだ。

「どうか、お知恵を貸してください! 兄様が、カイヤ兄様のお命が狙われているのです!」

 さっきは無駄だとあきらめていたはずのことを、必死の表情で訴えるクリア姫。

 その横顔を見て、私は察した。

 きっと我慢していたんだ。本当は言いたかったのだ。

 王妃様に――いや、お母様に。

 大好きな兄上様を助けてほしいと。

「私には何もできないのです。何の知恵も力もなくて、兄様のお役に立つことができない……。どうか、母様……」


 王妃様が足を止め、振り向いた。

「また、それですか」

 その絶世の美貌に浮かぶのは、傍目にもわかるうんざりした表情だった。

「7年前、カイヤも同じことを言っていましたよ。兄上の命が危うい、どうか助けてくれと」

 甥である王子の事故死をきっかけに騎士団長が暴走し、ハウライト殿下や宰相閣下が幽閉されてしまった時のことだろう。

 カイヤ殿下は当時、この離宮で暮らしていた。

 まだ15歳。今のクリア姫ほど幼くはないが、それでも子供だった頃。

 王都に行けば自分も危険な目にあうとわかっていたはずなのに、家族の身を案じて、離宮を飛び出してしまったと聞いている。


「そなたたちはいったい、この母を何だと思っているのです?」

 王妃様の声は冷たく、迷惑そうだった。

「日頃は寄りつかないのに、何か困ったことが起きた時だけ頼ってくる。結局のところ、そなたたちが関心を持っているのは私ではなく、私が持つ魔女の力だけなのでしょう?」

 身勝手な人たち。そうつぶやくのを聞いて。さっとクリア姫の顔から血の気が引くのを見て。

 ダンビュラが、メイド長さんが何か言いかける。

 しかしそれより早く、私はぶちキレた。

「はあああ!!??」

 ドスの利いた叫び声が、磨き上げられた廊下にわんわんと反響した。「いや、そんな言い方ってないんじゃないでしょうか!?」


 ずっと自分の部屋に引きこもって、子供たちと関わりを持とうとしなかったのは誰だ。親がそんな態度なら、子供だってそりゃ寄りつかなくなるわ。

 だいたい、こんな幼い娘が母親に助けを求めていったい何が悪い?

 クリア姫も、それに7年前のカイヤ殿下も。

 守りたかったのは自分自身じゃない。大切な家族を助けようとしただけだ。それが非難されるようなことなのか。

 自分は安全な離宮に居て、危険な王都で奔走する子供たちを身勝手よばわり。親の責任以前に、人として恥を知れ。


「エル、エル、落ち着くのだ」

 激情のままに言葉をつらねる私を、クリア姫が止めようとする。

「すまない、すまない。嫌な思いをさせて。頼むから、そんなに怒らないでくれ――」

「落ち着きな。メイドがお仕えする姫君を困らせるものじゃないよ」

 メイド長さんもなだめてくる。あきれたような声とは裏腹に、おもしろそうに瞳を輝かせながら。


 煮えたぎる湯に冷水をそそいだかの如く、私の頭が冷えた。

「すみません……」

 別に謝るこたぁねえよとダンビュラ。

「全部、本当のことだったからな」

 そう言って、ちらりと頭上を仰ぎ見る。

 彼の視線の動きに合わせて、私も見た。

 2階の廊下。たった今まで、王妃様が立っていたはずの場所を。


 そこには誰も居なかった。

 いつの間に移動したのか。王妃様は既に立ち去っていた。無礼どころじゃない私の発言に何ら反応せず、姿を消してしまったのだ。

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