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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十三章 新米メイドと封じられた真実
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303 新米メイドは空の上

 ――およそ1時間後。


 私は漆黒の竜の背に乗って空を飛んでいた。

 夢ではない。現実である。

 眼下に広がるは、はるかな雲の海。今日はあまり天気が良くないようで、地上の様子はほとんど目にすることができない。

 白い雲と、輝く太陽。見渡す空は、青く、どこまでも青く。


 王都に来てから、驚くこと、信じられないこと、予想もできないことが何度もあった。

 王子様に雇われたり、虎がしゃべったり、伝説の「巨人殺し」が父の友人だと言って接触してきたり。

 極めつけは、空を飛んじゃいましたよ、と。


「全部解決したら修道院に入ろうかな……」

 ついうっかり、悟りをひらいてしまいそうになる私。

「エル、だいじょうぶか? 気をしっかり持つのだ」

「っと、すみません」

 1人で現実逃避してる場合じゃなかった。この控えめに言ってもトンデモナイ状況、クリア姫だって思うところはあるだろうに、けなげに耐えていらっしゃるのだから。

「退屈だな。まだ着かねえのかよ」

 そのクリア姫の横で丸まって寝ているダンビュラは、逆に何か思うところはないのかと聞きたい。

 真面目な話、よく怖くないものだ。

 私たちは今、体長10メートルを超す竜の背中に乗って、雲より高い場所を飛んでいるというのに。

 落ちたらヤバイ、とか思わないのかな。私なんて、最初飛び上がる時はムチャクチャ怖かった。


「安全性には問題がないと殿下は仰っていました」

 ジェーンが言う。今はクリア姫が首から下げている例の笛を見て、「その笛を手放さない限り、使用者は結界によって守られるのだと」

 うん、まあ。少し考えればわかることなのだが。

 私たちは今、雲より高い場所を、鳥より速く移動しているのだ。当然、すさまじい風圧にさらされるはずだよね。

 竜の背中には、鞍も手綱もない。あったとしても意味はない。飛び上がった瞬間、吹っ飛ばされるだろう。

 にも関わらず、私たちはこうしておしゃべりしていられるわけだ。風圧どころか、揺れさえ感じずに。

 それはジェーンの言う「結界」のおかげらしい。笛を持っている人間を中心に、周囲の人間まで守ってくれるんだって。


「なお、結界の効果範囲は半径3メートルほどだそうです」

 うん?

「それ以上離れると危険なので、くれぐれも気をつけるようにと」

 その話、聞いてませんよ?

 この竜の体長は10メートル超。それで結界の効果が半径3メートルって……。

 私とクリア姫は、同時に振り向いた。

 さっきからずっと興奮した様子で、竜の体をつぶさに観察しているファイ・ジーレンのことを。

「ううむ、奇妙だ。実に興味深い」

「ちょ、戻って。落ちる……!」

 叫んだ瞬間、その体がぐらりと傾く。私はとっさに、隣に居るクリア姫の視線を遮ろうと手をのばした。

「急に大声を出すでない。驚いたではないか」

 しかしファイは一瞬バランスを崩しかけただけで、すぐに立ち直った。

「いったい何事だ?」

 怪訝けげんな顔で問われて、私はたった今ジェーンに聞いた結界の効果範囲について説明した。

「ほう? それはまた興味深い。3メートルというと、この辺りか? もう少し先か?」

 さらにギリギリの所まで行って、落ちないか試したりしている。この人の頭の中はいったいどうなってるんだ。見ているこっちの寿命が縮む。


 仕方ないので連れ戻しに行こうとしたら、「危ねえぞ」とダンビュラに止められた。

「放っとけばいいじゃねえか。クソガキとクソ野郎がまとめて消えてくれるんだ。ここから落ちれば、死体を処理する手間もねえし」

「ダン」

 クリア姫に厳しい目を向けられて、不満そうにしながらも口をつぐむダンビュラ。

 その間に、ジェーンがすばやく動いて、ファイの首根っこをつかんで連れ戻してきた。

「ええい、放せ! 下ろさぬか!」

 仔猫みたいにぶら下げられたまま、ジタバタしているファイの姿を眺めつつ。

 そもそも、この人を連れてくる必要ってあったかなあ、と私は考えていた。


 彼には「白い魔女の杖」を盗んだ疑いがある。本当はきちんとお屋敷に拘束しておくべきで、殿下の許可なく連れ出すのは非常にまずい行為だ。

 本人がどうしても行く、連れて行かないなら霊廟の力を使う方法を教えないとか言うから、仕方ないのかもしれないけど。

 その方法って、王妃様も知ってるんじゃないのかな。鍵を借りるついでに、教えてもらえばいいのでは――。


「いや、それは難しい」

 私の疑問に、クリア姫は首を横に振った。

「鍵を借り受けるだけなら、離宮のメイド長に頼めば、おそらく可能だと思う。だが、母様に直接会うのは難しい。あの方は離宮に人が訪れることを嫌うから……。私たちの前にも、お顔を見せてはくださらないだろう」

 顔を見なければ話もできないから、聞きたいことも聞けない。

 兄の許可なくファイを連れ出すのは確かにまずいが、今は仕方ないとクリア姫は言った。

「何か問題が起きたら、私が責任をとるのだ」

 12歳の少女のセリフじゃない。でも、クリア姫は真剣だ。兄殿下を守るため、相応の覚悟をして行動しているのだ。


 それなのに、母親の王妃様は会ってもくれないのか……。


「あの……」

 気になったことがあると黙っていられない性分の私は、遠慮しつつも口をひらいた。

「殿下に聞いたんですけど……」

 王妃様が離宮にこもっているのは、お体が悪いからではなく人嫌いのためで、国のことにも政治のことにも、自分の子供たちにすら関心がない――という例の話。

 全部言い終える前に、「本当だよ」とダンビュラが言った。

「面倒なことは殿下と兄貴と嬢ちゃんに押しつけて、自分は離宮に引きこもってやがるんだよ」

「ダン……、母様は……」

「ああ、わかってるよ。母親なりの事情があるって言いたいんだろ。けど、俺は好きじゃねえ」

 その事情については、やっぱり聞かない方がいいんだろうな。あの殿下ですら口ごもっていたくらいだ。相当重たい事情なのは間違いないし。


 しかしその場には、空気を読まない人間が2人居た。

 うち1人であるジェーンは、興味のない話題には関与しない。

 口を出してきたのは、もう1人の方だった。

「魔女の力には代償が必要だからな」

 いかにも重たげな話を、ファイはためらいもなく口にする。

「王都で暮らせば、否応なしに力を求められることもあろう。俗世を離れて生きるというのは、あのリシアにしては賢い選択と呼べなくもない」

「……ファイ殿は、母様の力のことを知っていたのか?」

「愚問だな」

 ファイが顔をしかめる。「我を水晶の牢獄に封じたのは誰だと思っておる?」

「そ、それはわかっているが……、つまり……」

 クリア姫は気まずい顔で口ごもり、少し考えてから言葉を続けた。

「母様は、魔女の力のことをずっと秘密にしていたと聞いている。知っていたのは家族だけで、あの政変以前は、ほとんど力を使ったこともなかったと――」

「ああ、そういう意味か」

 ファイの顔に浮かぶ、理解の色。

「おぬしの言う通りだ、娘。リシアの力について知っていたのは家族だけ。我はそのうち1人から、秘密裏に相談を受けていたのだよ」

 その1人とは、王妃様の祖父にあたる先々代の国王陛下だった。


「アレクサンダー王は、学者や研究者を城に集めて、魔女の力について調べさせていた」

 ファイもその1人。ちなみに、当時から既に「ファイ・ジーレン」と名乗っていたそうだ。

 彼の生家はクォーツ姓だが、権力とは無縁だった。下手に名乗ったりすると厄介事に巻き込まれかねないので、成人前からそうしていたんだって。


「研究の目的は、魔女の力を利用して国を豊かにするため、ではない」

 むしろ逆だ、とファイは言った。

 人の身には余る力を正しく理解し、制御するためだった。

「おそらくは、孫娘を救うためでもあったのだろうな」

「…………」

 うつむくクリア姫。

 救うってどういう意味だろう。私たちが聞いてもいいことなのかな?


 迷っていると、クリア姫が顔を上げた。

「不愉快な思いをさせるかもしれないが、できれば聞いてほしい」

 私とダンビュラの顔を見比べて、

「母様のことを、あまり悪く思わないでほしいのだ。これは私のワガママだが……」

 八の字に眉を下げてすまなそうな表情を作り、小さな声で口にする。

「2人のことが好きだから……、本当のことを知ってほしい……」

『…………』

 短い沈黙を挟んで、

「何だよ、急に」

とうろたえるダンビュラ。

 虎によく似たその顔は、肌が露出していないから赤くなったりはしない。

 でも、多分照れてたんだろうな。表情も口調も不自然だったし。

 私はといえば、クリア姫の前に膝をそろえて、「何でも聞かせていただきます」と宣言した。感動のあまりこみ上げる涙をこらえて、お仕えする姫君のお顔をしかと見る。


 クリア姫は私たち2人の反応にしばし固まっていたが、黙っているのも気まずかったらしく、やがて早口で言った。

「その、魔女の力には代償がいる。力を使うたび、何かを失わなくてはならない」

 あのおとぎ話で、2人の魔女に願い事をした人間たちのように。……だが、魔女と人間には違いがあった。

「母様は、その代償を自分で支払わなくてはならなかったのだ。たとえ願うのが誰であっても、何かを失うのは母様だった」

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