302 霊廟の鍵
クリア姫が持ってきたのは、古びた絵本だった。
タイトルは「ひとつ目の巨人と魔女」。
お屋敷の蔵書ではない。クリア姫自身が持っていたものだ。このお姫様はもともと「魔女」の話が好きで、魔女に関する本をたくさん集めていた。
「これを見てほしいのだ」
クリア姫が広げたページには、やや古風な絵で、王国に攻めてきた巨人の姿が描かれていた。
その足元から強い光が差し、巨人を飲み込もうとしている。
この光、何だろう? 地の文には、「聖なる力が悪しき巨人を封印した」とある。
「あの巨人って、不死身の英雄に倒されたんじゃ……?」
私の疑問に、クリア姫は軽くうなずいて、
「大抵の絵本ではそうなっている。この絵本でも、最後にとどめを刺すのは不死身の英雄だ」
ページをめくると、確かに英雄らしき男が手にした剣で巨人を打ち倒す絵が描いてあった。
「魔女」が出てくる物語は、王国の古い民話や言い伝えを元にしている。そのため同じタイトルでも、本の形にまとめられた時期や記した著者によって、中身が微妙に違うということがある。
クリア姫が持ってきた絵本も、そうした別バージョンのひとつなんだろう。
「その聖なる力っていうのは……?」
私が質問しようとした時、ファイが拘束されている椅子の脚がガタッと音を立てた。
どうやら椅子から立ち上がろうとしたらしい。
もっと正確にいえば、飛び上がるほど衝撃を受けたらしい。ファイはクリア姫が差し出した本を見て、わなわなと震え出し、
「そうか、『魔女の霊廟』だ!」
私はぎょっと目を剥いた。『魔女の霊廟』ってあの――。
「王城の北にある、白い魔女の遺体が安置されているという石室のことか?」
とクリア姫。
そう。私たちはほんの2週間ほど前にもその場所を訪れている。たびたび私の前に現れては、意味深なお告げをしていく「魔女」が、「そこに求めるものがある」とか何とか、これまた意味深なことを言ったから。
「リシアの息子に話を聞いた時から、どうにも気になっておったのだ。巨人を倒す方法などは知らぬが、それが魔法の力であるなら、封じるすべが確かにあったはずだ、と」
ファイは私たち全員の顔を見回し、
「考えてもみよ。王家にはリシアと同様、『魔女の力』を持った者が数世代おきに生まれてくる」
その全員が、魔法という人智を超えた力を正しく扱うことができたと思うか? と聞いてくる。
人は神様じゃない。欲もあればしがらみもある。常に賢く公正に、とはいかないものだ。
「道を踏み外す人も居たってことですか?」
生まれつき魔法を使える人が、欲に溺れて間違ったことを始めたら。
多分、すごく大変なことになるんじゃないだろうか。下手したら国が傾くほどの。
「そうだ。『魔女の霊廟』は本来、そのためにある」
人の身でありながら、人ならざる力を持って生まれた者への対抗策として。
悪しき魔法使いを封じるための切り札として。
「まあ、正確に言えば、当時の権力者にとって都合の悪い人間を『悪しき魔法使い』と呼んで葬ってきただけではあろうが――」
とにかく霊廟の力を使えば、相手が「巨人」でも対抗できるはずだとファイは断言した。
「どうやって使うんだよ?」
ダンビュラが突っ込む。
「その巨人だかを霊廟まで連れて行くのか? 殿下に囮になってもらっておびき寄せるのか?」
「ダン!」
「ダンビュラさん!」
クリア姫と私に声をそろえて責められて、「他にどうやるんだよ」とダンビュラは顔をしかめた。
「なに、簡単なことだ。わざわざ霊廟までおびき寄せずとも、封印の力を霊廟から持ち出せばよいのだからな」
ファイは事もなげに言った。封印の力を持ち出す……、それってどういう意味?
「石棺だ。白い魔女の遺体が収められているという、実際には空っぽの棺。それこそが封印の力を持つ秘宝なのだ」
それをどうやって持ち出せと? 石の棺なんてむちゃくちゃ重いよね。馬車で運ぶにしても、力の強い馬が何頭もいるだろう。
「教えてやるから、まずは霊廟の鍵を手に入れてこい」
ファイはクリア姫を見て、偉そうに命じた。
「霊廟の扉をひらけるのは、代々のクォーツ家当主、つまり国王のみだ。現国王は確かファーデンだったな? あやつのもとに赴き、鍵を借り受けてこい」
姫様にお遣いをさせるな。だいたいそんな大事な物、いくらあの王様だってほいほい貸してくれるわけないし。
クリア姫の表情が強張った。
「クォーツ家の当主は、父様ではない。国王は確かに父様だが……、現当主は母様なのだ……」
「はあ? 何だ、それは」
ファイは意味不明だという顔をした。「なぜ、そのようなことになっておる。この国の権力を夫婦で分け合っておるのか? それでは下の者が混乱するであろうに」
そういや、殿下もそんなこと言ってたな。王様と王家の当主を別の人が務めているのは問題だって。近い将来、国を揺るがすことにもなりかねないって。
しかしクリア姫は強張った表情のまま、「今、問題なのはそこではない」ときっぱり言った。
「母様は王都には居ない。ノコギリ山のふもとにある離宮にいらっしゃるのだ……」
霊廟の鍵を借りるには、彼女に会うしかない。
が、離宮は遠い。1番速い馬車を使っても何日もかかる。今夜、執り行われる儀式には到底間に合わない。
『…………』
場に落ちる沈黙。それを打ち払ったのは、ずっと話に参加していなかったジェーンの一言だった。
「馬車で間に合わないなら、飛んでいけば良いのではないでしょうか?」
『?』
全員の視線を受けて、ジェーンが懐から小さな笛を取り出す。あれは、殿下が運び屋のアイオラ・アレイズに借りた、竜を呼ぶ――。
「殿下の出発前にお預かりしました。留守中、また危険なことがあれば、これで妹姫を即座に逃がすようにと」
次回更新日は未定です。
更新間隔が空いてばかりで申し訳ありません(汗)。
参考までに、今後の予定をお伝えしておきますと。
1~2ヶ月の準備期間を挟んで十三章+間章を連載、また1~2ヶ月空けて十四章+間章、同じく最終章+後日談、という流れになる予定です。
年末までには完結できるかなあ……? と(かなり甘い)見通しを立てております。
とにかく筆が遅い作者にここまでお付き合いくださった皆様、ブクマ、評価、いいね、感想、レビュー等で応援してくださった皆様には、本当に、感謝の気持ちしかありません。この場を借りて、深く御礼申し上げます。
なろうに来ておよそ3年半、ようやく見えてきたゴールを目指し、未熟ながら精進して参ります。
また気が向きましたら、のぞきに来てください。そして少しでも本作をお楽しみいただければ幸いです。




