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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十三章 新米メイドと封じられた真実
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300 対策2

 それから間もなく、殿下は出発した。

 クロサイト様をはじめとした騎士たちを伴い、ようやく朝日が照らし始めたばかりの仄暗い森を、馬で疾走していく。

 アルフレッドとマーガレット嬢も連れていかれた。いくら寝返りを表明しているとはいえ、さすがに自由に行動させるわけにはいかないからだ。

 昨夜、取り戻したばかりの王国の秘宝「白い魔女の杖」も、当然ながら持っていく。


 で。

 お屋敷に残された私たちはといえば、なぜか大量の本と格闘していた。

「おい、小僧。この本の初版はないのか」

 偉そうに指示を出すのはファイ・ジーレン。細い腰の辺りを椅子に縛られ、両手だけを動かして本のページをめくっている。

「あります。今持ってきます」

 車椅子をあやつり、ニルスが本棚の隙間をすり抜けていく。

「小娘、そこにある資料をよこせ。……その棚の下から2段目だ。早うせい。グズグズするでない」

 これだろうかと、紐でくくられた紙束を差し出すクリア姫。


 なんでこんなことになっているのかは、今から説明する。


 私たちが暮らすこのお屋敷には、かつて著名な研究者が暮らしていた。

 研究テーマは「魔女」だ。

 王国の守り神であり、王家の祖として知られ、今も王国各地に民話や伝承の形で語り継がれる魔女のことを調べ、研究し、まとめていた。

 おかげでこのお屋敷には、魔女関係の書物があふれている。居住スペースや廊下を侵食し、下手したらお屋敷がつぶれるんじゃないか、ってくらいある。

 その中に「巨人」や「南の国の魔女」に関する知識があるかもしれない。調べてみてくれないかと言ったのはカイヤ殿下だった。


 正直、雲をつかむような話だとは思う。

 調べてみてくれと言われたところで、ズバリ「巨人をあやつる方法」とか「倒す方法」なんて、わかるわけないし。

 百万が一、何か役立つ知識が眠っていたとしても、儀式は今日の夜だ。

 間に合わないよね、多分。


 それでも私たちは、殿下に言われた通りに本のページをめくっている。

 現状、他にできることと言っても特には思いつかないからだ。何もしないでただ待つよりは――と読みにくい古書の文字列を目で追っている。


「ええい、まどろっこしい! 1冊や2冊では足りん、もっとまとめて持ってこんか!」

 ファイが参加しているのは、これまた殿下の指示だ。

 魔女のことにくわしく(元研究者だから)、王家にのみ伝わる知識にも通じ(先代国王だから)、そしてこのお屋敷に住んでいた研究者の弟子でもある。

 確かに、魔女に関する知識でいうなら、ファイはこの中の誰より深くくわしいだろう。

 昨日とんでもない迷惑をかけてくれた件を許す気にはなれないし、信用だって全くしていないけど。

 殿下が協力しろと言うのなら……。

「おい、娘。喉が乾いたぞ。茶を持ってこい」

 やっぱり、納得いかん。この人にあごで使われる謂われはない。


「おかしな動きをしたら、迷わず斬りますので」

 ファイの背後に立ち、剣を構えているのはジェーン・レイテッド。

 言い忘れていたが、彼女はお屋敷に残ることになった。

 ファイの見張りと、クリア姫の護衛のためだ。もちろん彼女以外にも、十分な数の護衛が残されている。


「不要な発言も控えてください。あなたは殿下のお慈悲によって命を長らえているのです。殿下のためのみに思考し、殿下のためのみに言葉を発しなさい。それ以外の行為は全て、たとえ呼吸ひとつであっても無駄と見なします」

 本物の殺気を放ちつつ、わりと無茶なことを言うジェーン。


 ファイは一顧だにしなかった。

「やかましい。そう言うおぬしの発言こそ時間の無駄だ。犬は犬らしく、命じられたことのみを黙ってしておればよい」

 面と向かって犬呼ばわりされたジェーンは、侮辱された、と怒ったりはしなかった。涼しい顔で首をひねり、

「あなたのために警告したのですが……。言われてみればその通りですね。では、今後は警告なく斬ることにします」

 さすがに放っておくわけにもいかず、私は2人の会話に割って入った。

「あの、ジェーンさん。何かあったらちゃんと呼びますから、少し下がっててもらえますか」

 いきなり斬られては困る。そもそも、ファイの体はルチル姫のものだし。

「殿下のご命令ですので、この男から目を離すわけには参りません」

 だからって、狭い書庫の中で殺気を振りまくのは勘弁してほしい。普通に邪魔だ。

「それより、茶だ。何ぞ栄養補給できるものも持ってこい」

 ああもう、話を聞かない人たちだな。


「放っとけよ」

とダンビュラが言った。

 彼がここに居るのは、もちろん怪しい奴からクリア姫を守るためだ。じろりとファイの顔をにらみ、

「こいつがルチルだろうが、どこぞのイカれた国王だろうが、あんたが面倒見てやる義理なんざねえだろ」

 人語をしゃべる虎( のような生き物)に敵意のこもった視線を向けられたファイは、なぜかおもしろそうに瞳を輝かせた。

「そういえば、おぬしも興味深い存在よのう。何ゆえ、獣の姿をしておるのだ?」

 ダンビュラのセリフも、今までの会話も全部無視。つくづく勝手というかマイペースな人である。

「その姿は魔女の呪いだと申しておったな。その魔女というのは、ノコギリ山に住む黒い魔女のことか?」

 クリア姫が息を飲む。私も、ダンビュラを凝視してしまった。それって、本当のところはどうなんだろうと思ったからだ。

「てめえに教えてやる義理はねえよ」

 ダンビュラの答えはそっけなく、ファイはファイで「それもそうか」とあっさり引き下がってしまう。結果、私たちだけが消化不良な気分に。


「……魔女に会ったことがあるんですか?」

 だからというわけでもないのだが、私はついついファイに話しかけてしまった。

「ノコギリ山には、本当に魔女が居るのだろうか?」

 クリア姫もまた、わずかに身を乗り出す。

 もちろん、ファイが気安く言葉を交わすべき相手じゃないことはわかっている。

 でも、それはそれ。気になるものはやっぱり気になるじゃないか。


「会ったことはない。王になる以前、ノコギリ山でフィールドワークをおこなったことなら何度かあるが、魔女の気配は全くつかめなかった」

 ファイは手にした本をぱたりと閉じて、

「しかし、今の我ならば魔女を見つけられるやもしれんな」

『?』

 疑問符を浮かべる私たちに、ファイはやけに明るい口調で生き生きと、

「リシアの魔法によって現世うつしよから切り離され、魂のみの存在となって数十年を過ごしたのだ。今の我はある意味、人ならざる者と言えよう」

 そんな自慢げに言うことではない気がするが、確かに今のファイが普通の「人」かと聞かれたら、首をかしげざるを得ない部分は大いにある。


「その証拠に、今の我には魔法の気配が強く感じられるのだ」

 食いつくような視線を私に向けて、「ゆえに、その白い髪が魔法の産物であることもわかるぞ」

 だから違うってば。昨日の夜も言ったじゃないか。この髪色は生まれつきだって。

「それほどに強く、魔法を帯びているのにか? そこの呪われた獣と同等か、それ以上の魔力を感じるぞ」

 クリア姫が驚いた顔で私を見る。ダンビュラにも、少し離れた所で本のページをめくっていたニルスにも注目されて、私は困ってしまった。

「正直、全く心当たりのない話なんですが……」

 魔力を感じるとか言われても、私にはそんなのわからない。今まで、他の誰かに似たような指摘を受けたこともないし。


「…………」

 クリア姫が下を向く。かすかに眉間にしわを寄せ、何もない場所に視線を向けて。

 あれは何か難しいことを考えている時の顔だ。兄のカイヤ殿下もたまに見せる表情である。

 そのまましばし黙り込んでいたかと思えば、やがてスッと顔を上げ、

「エル」

「は、はい」

 思わず、背筋をのばす。

「兄様が仰っていた、『淑女の宴』の時、エルにだけ魔女が見えたという話――」

 今のファイの話と関わりがあるのではと言われて、私はぴんとこなかった。

「ええと、つまり?」

「ファイ・ジーレン殿は、母様の魔法で肉体と魂を切り離され、今のような存在になった。それによって、魔法の気配を強く感じるようになった」

「うむ、左様」

「もしも、エルの身にも似たようなことが起きていたとしたら――。かつて、何者かに魔法をかけられたことによって、魔法の気配に敏感になっているのだとしたら――」

 余人には見えない「魔女」の姿を見ることができても不思議はないかもしれない、と結論づけるクリア姫。


 その「魔法をかけられた覚え」というのが私にはないんですが……。


「見えない魔女とは何のことだ?」

 ファイはそっちの方が気になったらしく、私に質問してくる。

 仕方なく「淑女の宴」の時のことを説明してやると、ファイは大いに興味を引かれた様子だった。

 特に、その「魔女」が誰にも見えない、感知されない存在だったにも関わらず、現実に影響を及ぼした――エマを毒殺しかけた件を「非常に興味深い」と言った。


「今夜、リシアの息子を狙ってくる巨人とやらも、姿の見えない巨人であるやもしれぬのう。実におもしろい」

 少しもおもしろくないわ。

 巨人が来るかもしれない、だけでも洒落になってないのに、その上「見えない巨人」って何だ。そんなの、どうしろっていうんだ。


「魔法をかけられたことのある奴なら、誰でもその気配だかに敏感になるのか?」

 ダンビュラが話に割り込んできた。

「ってことは、俺にも見えるのかよ?」

 私の白い髪をじっと見て、「別に何も感じねえぞ」と首をひねっている。


「生まれつき『魔女の力』を持つ者であればどうだろうか?」

とクリア姫。

 たとえば、王妃様やクロサイト様のような人物の場合は?

「さあ、知らん。可能性はあるかもしれん」

と、ファイは言うものの。

 クロサイト様も「淑女の宴」には来てたよね。でも魔女のことは何も言ってなかった……。


「それより、茶はまだか。早う持ってこんか」

 いや、あなたが質問してきたから答えてたんですよ。本当に勝手な人だな。

「仕方がなかろう。この体は妙に冷えやすいのだ。疲れやすくもあり、こまめな栄養補給を必要とする」

 唐突に、ファイは細い肩を落として嘆息した。

「女の体というのは、つくづく不便なものだな。男女の体力が違うということは知識として知っておったが、正直ここまでとは思っておらなんだ」

 そこまで違いますかね。私は生まれた時から女だし、もちろん男になったこともないからよくわからない。

「特に、月のものが来ている時のだるさ、億劫おっくうさは如何いかんともしがたい」

 ……急に生々しい話をしないでくれるかな。クリア姫がお困りになっているじゃないか。

「魂が男であっても、月のものは来るのですね」

 だから、ジェーンも。やめよう? この話題。

 ダンビュラは全然、気にもしてないけど、年頃の少年であるニルスは頬を赤らめているし。

「女性の体が不便なら、男性の体と取り替えることはできないんですか?」

 その顔のまま、ぎょっとするようなことを言い出した。

「あ、すみません。魔法の杖を持っていたなら、可能だったんじゃないのかなって思って……」

 そんな、人の体は入れ物じゃないし、簡単に取り替えるなんてこと。


 普通に考えればありえない話に、ファイは事もなげにうなずいて見せた。

「試したことはある。王都の共同墓地でな。死んでからあまり時間が経過していない、できるだけ若い男の体を探した」

 私はあっと思った。

 ちょっと前、王都の墓地で、死体が歩き回った――なんて怪談じみた噂があったのだ。実際は墓荒らしだろうと言われていたが、その墓の主は別にお金持ちでもないのに変だという話だった。

「ちょうど埋葬されたばかりの体があったゆえ、掘り起こしてみたのだがな」

 それが真相だったんだ。怪談でも、副葬品目当ての墓荒らしでもなく、魂のみの存在になった先代国王が、自分のための体を探していたと。


「おそらく、あの杖を使えば、魂を移し替えること自体は可能であったろうよ」

 で、あるにも関わらず、ファイがそれを実行しなかったのは、

「死体に入れば、死ぬかもしれん」

という身もフタもない理由からだそうだ。

 魔女の杖には、死体を生きた人間に変える力はない。たとえ魂だけを移せても、体が死んだままでは意味がない。


「この娘のように、生きながら魂だけが失われた肉体がどこかにあればよいのだがな」

 そんなの、あるわけないでしょうが。ルチル姫の件は、いろんな状況が重なって生まれた、極めて特殊なケースだ。

「できれば男がよい。それも肉体のさかりを迎えた若い体が」

 注文されたところで、ないものはない。


 でも、ファイの魂だか意識だかをよそに移すことができれば、ルチル姫は助かるかもだよね……。

 このまま、知らない男の意識と一緒に暮らすだなんて、あのお姫様には絶対に無理だろうし……。


 考えながら、私は書庫を出た。

 ファイが茶だ食事だとうるさいからだ。あの人だけなら放っておいても別にいいのだが、そろそろクリア姫のためにも何か用意したかったし。

 そうして、台所に向かう道すがら。

 私は、男性2人が言い争う声に気づいた。

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