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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十三章 新米メイドと封じられた真実
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299 対策1

 とにかく時間がない。

 厄介な敵( 姿の見えない魔女だか巨人だか)が殿下を狙っている(かもしれない)と言われても、儀式は今日の夜だ。

「まずは叔父上と兄上に報告だな」

と殿下は言った。

 急ぎ、宰相閣下とハウライト殿下に会い、今の話を伝えなくてはならないと。

 それを聞くなり、「馬車の用意を致します」とリビングを後にしたのは長身金髪のイケメン、サーヴァインだった。

 ……居たんだ。集まった人数が多いせいで気づいてなかった。

 よく見れば、執事のオジロも居る。車椅子に乗ったニルスも、ちゃんと壁際に控えて殿下からの指示を待っている。

「エルさん」

 と、オジロが近づいてきた。

「殿下の朝食を用意できますか。時間がありませんし、馬車の中で召し上がっていただけるものがよいでしょう」

「あ、はい。わかりました!」

「可能であれば、護衛の方々にも何か――」

「はい。すぐに用意します!」

 予定より早く出かけることになったからって、騎士たちを空腹のまま送り出すわけにはいかない。持ち運べる軽食を用意して、道すがら栄養補給をしてもらおう。これぞメイドの仕事だ。


「アイシェルさん、手伝ってください!」

「は、はい……」

 メイドながら実は料理が苦手な彼女は自信のない様子であったが、それでもけなげにうなずいて見せた。

 そこに、クリア姫が駆け寄ってきた。

「エル。私にも手伝わせてくれ」

「え? でも……」

「邪魔はしないのだ。私にもできることがあるなら……」

 そう言って、ちらりとカイヤ殿下の方を見る。

 クロサイト様と何か打ち合わせ中の殿下は、妹姫の視線には気づかない。その横顔を見つめる、切なそうな、とても心配そうなクリア姫の表情。

 うーん。恋する乙女に見えなくもないなあ。


「……わかりました、お願いします」

「エルさん?」

 アイシェルが驚いた顔をする。

 普通はまずいよね? 姫君に台所仕事を手伝わせるなんて。

 でも、今は非常事態だし。人手は多い方が助かるし。

 それにクリア姫は、趣味でお菓子作りなんかもしている。料理に限っていえば、ぶっちゃけアイシェルよりも頼りになる。

 クリア姫はぱっと顔を輝かせ、「すぐに支度するのだ!」とリビングから出て行った。


 姫が戻ってくるまでの間に、私はアイシェルと共に食品庫に向かい、使えそうなものをかき集めてきた。

 具体的には、パンとかチーズとかハムとか、火を通さなくてもすぐに食べられるものだ。

 昨晩作ったゆで卵とマッシュポテト、野菜の酢漬けなんかも運び出し。


 さあ、ここからだ。

 お城で働いていた時も、このお屋敷でも。お世話する相手が王族とあって、仕事は量より質だった。わりとゆったり、時間に余裕を持って働かせてもらえた。

 しかし私は食堂兼居酒屋の娘。次々と注文が入る厨房で、祖父や母の手足となって働いた経験もある。

 スピード勝負のこの状況、不謹慎ながら腕が鳴る。

 実家で鍛えた高速調理の腕前、見せてやろうじゃないか――。


 と、はりきる私の出鼻を挫くように、

「王女の呪い?」

 聞こえたアルフレッドの声に、私は包丁を空振りしかけた。

「そうだ、王女の呪いだ」

 見れば、殿下がアルフレッドと話している。先程、自身が狙われているという話を聞かされた時よりはるかに深刻な顔で、

「クリアが倒れたバザーの会場で、おまえがその言葉を口にしたと聞いている」

 ……そうだった。最初に言ったのはこの人なんだ。

 事の発端は、バザーで売られていた可愛らしい魔女の絵が描いたオルゴール。その音色を聞いたクリア姫が、突然倒れてしまったのだ。

 その曲名が「王女の呪い」で、「2人の魔女のおはなし」をモチーフにした歌曲集のうち1曲だと、そう教えてくれたのはアルフレッドだった。


「しかし俺の知る限り、その歌曲集の中に『王女の呪い』という曲はない」

 だからアルフレッドに会えたら、話を聞きたかったと殿下。

 アルフレッドも思い出したらしく、

「ああ、あれは……」

と口をひらきかける。

 ちょ、待って。この会話って止めた方がいいの?

 王女の呪いの意味を殿下が知ったら、クリア姫の秘めたる想いに気づかれてしまうかも――。


「あれは、アタシの勘違いよ」

 へ?

 拍子抜けしてアルフレッドを見ると、彼は何やらバツの悪そうな顔をして、

「著名な画家の作で、その歌曲集から生まれた画集があってね。曲から受けたイメージを絵にしたものなんだけど……」

 曲名をそのまま絵のタイトルに使うのははばかられたらしく、微妙に変えてあるのだという。

 たとえば「2人の魔女」が「ノコギリ山の魔女」に、「囚われの王女」が「悲しみの王女」にといった具合に。


「そんな画集があったのか。初耳だな」

 アルフレッドは「でしょうね」と肩をすくめた。

「色々といわくつきの画集なのよ。だから知ってる人はほとんど居ないの」


 今から100年近く前。

 当時の王と王妃の結婚20周年を記念して、その画集は作られた。歌や絵が好きで、王立大劇場にも国立美術館にもよく足を運んでいた王妃へ、国王からの愛の証として。

 ……だったのだが、その頃、王の愛は側室の女性へと移っており、夫婦の関係は冷めきっていた。

 そんな時に仰々しい贈り物なんて、腹が立つだけの代物だったのだろう。王妃は出来上がった画集に難癖をつけまくった。

 色味が悪い、人物の表情が暗い、構図にセンスがない。あとは「王女の呪い」をはじめとして、タイトルに不吉なものが多いとか。


「ちなみに、その側室っていうのがギベオンの出身で、王妃の方はラズワルドの生まれでね」


 両家は共に五大家の一員ながら、その力関係には歴然と差があった。

 色々と、表沙汰にはできない事情があって――結果、生まれた画集はお蔵入りすることになった。

 今ではギベオン家の蔵でホコリをかぶっているだけのその画集を、アルフレッドは小さい頃に見たことがあるのだそうだ。

 著名な画家の作だけあって、絵としての出来はすばらしかった。子供心にとても感銘を受けて、自分でも絵を描くようになったんだって。


「今でもあの歌曲集を聞くと、昔見た絵のことがパッと頭に浮かぶのよね。おかげでクリスタリア姫にはおかしなことを言ってしまったみたいだけど」

「……そうだったのか」

 考え込む殿下に、「あのオルゴールがどうかしたの?」と尋ねるアルフレッド。

 殿下はその問いには答えず、

「おまえが言った『王女の呪い』というのは、歌曲集の中ではどの曲にあたる?」

と逆に問いを返した。

「確か……、『禁じられた想い』だったかしらね」

 私はどきりとした。

「……そうか。やはりな」

 殿下の答えに、さらに心臓が跳ねる。


 やはり、って。

 殿下、何か気づいてる……?

「王女の呪い」については、前に王室図書館のセレナに話を聞きに行ったりもしてたからね。私が知っているくらいのことは、とっくに聞いていたとしてもおかしくないんだよなあ……。

 殿下がどこまで真相に近づいているのか。確かめたいけど、何も気づいていなかったとしたらやぶ蛇になるし。


 と、そこまで考えたところで、私はさらに心臓に悪い光景を見てしまった。

 リビングの入り口に、クリア姫が戻ってきている。

 きっちりと髪を結い、可愛らしいエプロンと三角巾を身につけて。

 アルフレッドと話す殿下を見つめるその顔は、明らかに2人の会話を聞いてしまったのだとわかる、硬く強張ったものだった。

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