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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第二章 新米メイド、王宮へ行く
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29 新米メイド、王宮へ行く3

 そこは、ぱっと見は運動場のような広い場所だった。

 目に入るだけでも、石造りの建物がみっつ、いやよっつ。

 井戸や菜園のようなスペースも見える。ぐるりと城壁に囲まれていることを除けば、どこかの村の中みたいな眺めだった。

「ここから先は、馬を下りて歩いていく」

と、殿下が目で指した先。門を入ってすぐの場所に、厩らしき建物があった。


 殿下が馬を預けに行っている間、私は特にすることもなく、ぼんやり突っ立っていた。

 自分は今、お城の中に居る――。

 イマイチ実感がわいてこないが、ふと見上げれば、きらびやかな王城の外壁が空をふさぐようにそびえている。

 遠目には美しく見えたお城も、これだけ距離が近いと、ちょっと怖いかもしれない。今にもこちらに倒れかかってきそうな、ぺしゃんこに押しつぶされてしまいそうな圧迫感がある。


 私が小さく身震いした時、殿下が戻ってきた。「こっちだ」と先に立って歩き出す。

「これから行く道をよく覚えておいてくれ。この先、何度も通ることになるだろうからな。城を出入りするために必要な通行証も、数日中には作らせる」

「わかりました」

 私はあらためて周囲の光景を目に焼きつけた。

 広い場所、そびえ立つ城壁、立ち並ぶ建物。

 お屋敷のような立派な建物もあれば、倉庫みたいに無機質な建物もある。

「あれは騎士の館だ。使用人の居住区も付随している。……あの辺りは納屋や食料庫。それに武具置き場などだな」

 一緒に歩きながら、殿下が説明してくれる。


「騎士の館だ」という立派な建物の横を通り抜け、少し歩くと、急な上り坂が現れた。

 このお城が建てられている場所は、もとは自然の丘だった。その名残だろう。雑草の生えた斜面に木製の階段があって、兵士が2人、番をしている。

「これはカイヤ殿下」

 殿下の姿を見ると、畏まって道をあける。あのクロムとかいう兵士と同じように、「今日はこちらから来られたのですか」と意外そうにしながら。


「あの、殿下」

 さすがに気になって、私は聞いてみることにした。階段を少し上って、兵士たちに話し声が聞こえなくなった辺りで、「今日はこっちから来た、ってどういう意味なんですか?」

「…………」

 珍しく、殿下が答えにつまった。

 どうも聞いてはまずいことを聞いてしまったようだ。質問を取り下げるべきかとも思ったが、そうする前に殿下が口をひらいた。階段の途中で足を止め、心持ち声をひそめて、

「城には、城門以外にもいくつか出入り口があってな。俺は普段、そちらを通ることが多い」

「城門以外の出入り口……」

 私は想像してみた。

 それって、もしかして。王族しか知らない、秘密の通路ってやつ?

「まあ、そんなようなものだ」

 本当にあるんだ。たとえば敵に攻められて絶体絶命の時とかに、脱出するための通路。

 昔、物語で読んだことがある。仕掛けを動かすと石壁の一部がひらいて、人が1人、ようやく通れるくらいの狭い通路が現れる、とか。


「無論、本来は緊急時にしか使われないものだが……」

 殿下の父王様が、私用のために――主に女性と密会するために何度も利用した結果、王族以外の人にもその場所がバレてしまった。

「一時は通路自体を埋めることも検討された。が、結局はそこまでする必要もないだろうという話になってな。出入り口に見張りをつけた上で、簡易通路として使っている」

「…………」

 秘密の抜け道の場所が、王様の女遊びのせいで明るみに。

 なるほどそれは、答えにくいのも納得の理由である。


「今でもお忍びで街に出たりしてるんですか、国王陛下って」

 過去にそうやって酒場通いをして、歌姫を射止めたというのは有名な話だけども。

「そのようだな。気まぐれに街に出て、刺客に襲われかけたことも1度や2度ではない」

 絶句しかけて、気づいた。

「ひょっとして、きのうの暗殺騒ぎって……」

 似たような状況だったのかと問えば、殿下は「いや、違う」と否定した。


 昨夜は、王様の寝酒に毒が入っていたんだそうだ。幸い、飲む前に気づいたものの、誰がやったのか、犯人は不明。

「いったい誰がそんなこと――」

 殿下はさして興味もないって顔で、「さあな。親父殿を暗殺したい人間などいくらでも居るだろうが……。昨夜のあれは、おそらく狂言だ」

「狂言……?」

「ああ。親父殿自身が、わざと騒ぎを起こしたのだと思う」

「って、なんのためにですか? そんな人騒がせな……」

 困惑しながら尋ねると、殿下は「まさにそれが目的だったのだろう」と意味不明なことを言った。

「あの男には、他人を振り回して楽しむという迷惑な趣味があってな。昨夜のあれもそうだったのだと思う」

 顔色も変えず、平然と。父親の毒殺騒ぎを「狂言」と言い切られて、私はますます困惑した。


「でも、あの……ゆうべは確かお見舞いに行かれたんですよね?」

 殿下の兄上、第一王子のハウライト殿下に呼び出されて。それは一応、父王様のことを心配してのことだったのでは?

「兄上も俺と同意見だった」

「…………」

「だが、見舞いくらいしなければ妙な疑いをかけられるだろう、と言ってな」

「………………」

 今度こそ絶句する私を見て、殿下はふと何かに気づいたような顔をした。


「すまん。妙な話を聞かせてしまったな」

「あ、いえ。聞いたのは私ですし……」

 雇い主に謝られて、私は別の意味で困惑した。「あの、変なこと聞いてしまってすみません」

「おまえが謝る必要はない。繰り返すが、妙な話を聞かせて悪かった」

「そんな……」

「行こう。目的地まではあと少しだ」

 殿下はすたすたと歩き出してしまう。


 ……失敗した。そう思いながら、私は殿下の後を追った。

 王様の暗殺騒ぎなんて、本来ならメイドごときが首を突っ込む話じゃない。

 殿下が何でもぶっちゃけてくれるから、つい失念していたが。

 私はただの使用人だ。この先、お城で働く上で、そういう線引き? っていうのかな。自分の立場みたいなものは、ちゃんとわきまえておいた方がいいかもしれない。

 前任のメイドは平民の女性だっていうし、彼女に会えたら、その辺りのことも聞いてみよう。きっと、すごく大事なことだと思う。


 長い階段を上りきると、高さ3メートルほどの頑丈そうな石壁が現れた。

 小さな通用口があって、見張りの兵士が2人、ここにも立っている。カイヤ殿下は顔パスで、一緒に居る私も、何事もなく通された。


 通用口の先は、中庭のような場所だった。

 目の前に石のアーチ。けっこう古いのか、微妙に苔むしている。

 石の表面には、細かい彫刻が施されているようだ。美しい女の人や、獣や鳥、可愛らしい妖精など。

 もっとよく見てみたかったのに、カイヤ殿下は歩調を緩めない。

「この先に、クリスタリア姫が住んでらっしゃるんですか?」

 聞いた話によれば、姫君はお城の中の庭園でお暮らしになっているはずだ。

「そうだ。もう少し行くと屋敷がある」


 石のアーチをくぐると、辺りの雰囲気が変わった。

 周囲の緑が濃くなり、建物らしきものはひとつも見えなくなる。

 迫り来るような王城の威容も、いつのまにか遠ざかり。

 人の声はなく、代わりに小鳥のさえずりが聞こえ、さらさらと水の流れる音がどこかから届く。

 お城の中を歩いていたはずが、いつのまにか、森の中に踏み込んでしまったかのようだった。

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