02 主人公のちょっとヘビーな事情
私の故郷は、王都から馬車で数日の距離にある街道沿いの宿場だ。
実家は3代続く居酒屋で、現在の店主は私の祖父である。祖母と母も、店の切り盛りを手伝っている。
客の多くは旅人や観光客、そして王都で商いをする商人たちだ。
彼らは王都の行き帰りに村に立ち寄り、仕事の話や、都の話をしていく。
王都で何が起きているのか、どんな物が流行っているのか。話だけでなく、村では珍しい流行の品々を売っていくこともある。
彼らが運んでくる都会の風は、片田舎の若者にとってはたいそう魅力的だ。その風に当てられて、たまに村の若者がふらりと都に出ていってしまう、というのが、昔から村人の悩みの種だったらしい。
で、うちの母親もそのクチだったようだ。
10代後半、ちょうど今の私と同じくらいの頃に、王都ドリームを夢見て故郷を旅立った。
コネもツテもなく。田舎育ちの若い娘が。
無謀というか無茶だが、母は運が良い方だったらしい。たまたま入った小さな食堂で、たまたま店員を募集しているのを見つけ、そこで仕事を得ることができたのだから。
その食堂に、たまたま客としてやってきたのが、私の父である。
2人は恋に落ち、めでたく結婚。
家族に祝福されて、ささやかな結婚式を挙げ、王都に小さな家を借りて。甘い新婚生活を経て数年後、長女の私が生まれる。
それを機に、母は食堂の仕事を辞めた。故郷に戻り、子供を育てながら、家業の居酒屋を手伝うことにしたのである。
初めての子育てには、両親の手助けがあった方が心強い、という理由がひとつ。
もうひとつは、父の希望だ。
これまでは王都で一緒に暮らしてきたが、やはり自分が仕事に出ている間、妻子のことが心配だ。実家に戻り、両親のそばに居てくれた方が安心だと。
説明が遅れたが、父の仕事は行商である。物資が不足しがちな山間の村々を巡り、日用品や雑貨を売り歩く。必然的に家を空けることが多く、長い時は1ヶ月以上も帰ってこなかった。
生来のん気な母は、それでも幸せな結婚生活だったと言っていた。夫は優しく、私の後に弟と妹、計3人の子供に恵まれ、両親と協力して居酒屋を切り盛りするのは楽しかったそうだ。
娘の私も、それなりに幸せだったと思う。
家の手伝いが大変だとか、弟や妹が生意気で言うことをきかないとか、不満はあっても、不足はなかった。
そう、何ひとつ。足りないものはなかったのだ。7年前、父が突然、姿を消すまでは――。
「……エル・ジェイドさん?」
急に黙り込んだ私を不審に思ったのか、青年が声をかけてくる。
私が王都に出てきた目的は、失踪した父親を探すこと。貴族のお屋敷に勤めたいというのにも、ちゃんと理由がある。
とはいえ、それはおいそれと他人に明かせない、もちろん会って間もない職安の職員にも明かせない、ヘビーな事情である。
「その……。お給金は安くても、貴族に雇われれば将来安泰かなー、なんて……」
私の下手な言い訳は、あっさり退けられた。
「貴族に雇われたからといって、今後の生活が保証されるわけではありませんよ。王都の政情は極めて不安定ですので」
知っている。
正確には、聞いたことがあると言うべきか。村育ちの私だけど、王都の政情とやらにはけっこう通じている方だと思う。
なぜなら、実家の居酒屋の客――王都の行き帰りに村に立ち寄る商人たちが、あれこれと噂を運んでくれたからだ。
彼らは商売柄、王都の情勢にも詳しいし、敏感だ。加えて、偉い騎士様なんかと違って、居酒屋の店員相手でももったいぶらずに、色々話してくれる。
人は噂話が好きだし、偉い人の醜聞なんかは特に人気のネタだ。
何でも王都では現在、王様の後継ぎ問題に絡んだゴタゴタが起きていて、いずれ血の雨が降るだろうと言われるくらい、揉めているらしいのだ。