298 恐るべき陰謀?
「疑問がある」
黙り込むアルフレッドと驚く私の前で、冷静に声を上げたのはカイヤ殿下だった。
「今の話で、おまえが彼女を恨む理由がどこにある?」
ウィルヘルムは死んだ。殺された。
とはいえ無論、私が殺したわけじゃない。7年前、私は11歳。目の前で起きた惨劇を、何もできずにただ見ていただけだ。
実際に手を下したのはゼオだけど、それだってウィルヘルムが私の家族に危害を加えようとしたからだし。
「いわゆる逆恨みというやつではないのか、それは?」
「……わかってるわよ」
淡々と正論を突きつけられて、アルフレッドは苦い顔をした。
「筋の通らない恨みだってことはわかってる。……そもそも、本当にこの子と家族を恨んでるのかどうかもよくわからないし」
ウィルヘルムはロクデナシだった。その死を悼む者は、身内にも居なかった。問題ばかり起こして家名に泥を塗る馬鹿息子が消えてくれて、親ですらどこかホッとしていた――とアルフレッドは語った。
「そんな奴だったから、せめて復讐くらい考えてやらなきゃ気の毒だと思ったのかもね」
自分がしたことなのに、まるで他人事のように語るアルフレッド。そんな従兄を、マーガレット嬢が心配そうに見つめている。
「お兄様……」
しかし当人はむしろさばさばした顔で、開き直りともとれる発言をした。
「お望みのままに罰は受けるわよ。そうしないと話を聞いてもらえないみたいだしね」
その目は他でもない、私を見ている。非難でも糾弾でも、したければしろという感じだった。
さて、どうしようか。
親友を亡くした、という点においてはアルフレッドに同情する。
しかしながら、ウィルヘルムは前述のように、私の家族を狙って村にやってきたのだ。
命令に逆らった父と、その息子――当時まだ7歳だった私の弟までも殺そうとした。
同情できるかといったら、無理である。
アルフレッドが私の誘拐を黙認した件にしても、だ。
彼なりの葛藤や想いはあったのかもしれないが、今の話だけでそれを理解するのは不可能だ。
いずれ、きちんと償ってほしい。このままうやむやにする気はないけれど。
今はやっぱり殿下の話が優先だよね。
アルフレッドは言っていた。「第二王子殿下の暗殺計画について」、「身内の罪を告白しに来た」のだと。
まずはその辺りの話をしてくださいと殿下に頼むと、「いいのか?」と確認された。
「はい。お願いします」
「だ、そうだ。アルフ」
「…………」
アルフレッドはより苦い顔になった。
私に罵ってほしかったのだろうか。あるいは、今の話で多少なりと動揺してほしかったのか。
いずれにせよ、本題に入れと殿下が言っているのだ。このまま黙っているという選択肢は彼にない。
軽く咳払いをして話を始めようとした時、声を張り上げたのはマーガレット嬢だった。
「わたくし、聞いてしまったのですわ! 恐るべき密談を! 伯父様とお父様が深夜に話しているのを――!」
「ちょ、マーガレット?」
どうやら早く話したくてうずうずしていたらしい。アルフレッドが止めようとしても止まらずに、
「今夜、最古の礼拝堂で行われる儀式で、第二王子殿下を暗殺するのだと――!」
当の第二王子を目の前にしての発言に、護衛の騎士たちの間に緊張が走る。
「その方法というのが、儀式の場に『ひとつ目の巨人』を召喚して暴れさせるというものなのですわ!」
その場の空気が、微妙に緩んだ。
「相手が巨人なら、どれほど屈強な護衛であってもひとたまりもない。我らの勝利は確実だ、と笑っていらっしゃったのです!」
細い肩を震わせて、「なんて恐ろしい……」と脅えるマーガレット嬢。
騎士たちはどうにも反応に困っている様子で、互いに顔を見合わせている。
私はといえば、何だかそんな感じの夢を今朝方、見たばかりのような気がしつつも、いまいち思い出せずに困っていた。
「その『ひとつ目の巨人』というのは――」
殿下が口をひらいた。「あのおとぎ話に出てくる巨人のことか?」
南の国の「悪い魔女」の手で生み出され、王国を滅ぼそうとして攻めてきた。しかし北の国の魔女の力を借りた、不死身の「巨人殺し」によって打ち倒される。
「2人の魔女のおはなし」と同じく、王国に古くから伝わる魔女関連のおとぎ話である。
「きっとそうですわ!」
マーガレット嬢が勢いよく肯定する。
「……つまり、ギベオン家には巨人を召喚する技なり秘宝なりが伝わっているということか?」
アルフ、と昔なじみの青年を見る殿下。
アルフレッドの答えは「聞いたこともないわね」だった。
「そんな力があったら、南の国との戦は楽勝だったでしょうし……。うちの親父か兄貴辺りが『救国の英雄』になってたんじゃないかと思うけど」
そもそも、一国の貴族の地位に甘んじてはいなかったんじゃないかな。本当に巨人なんて使えたら、大陸中を征服することだってできそうだ。
マーガレット嬢はひるまない。さらに声を張り上げて力説する。
「おそらくは『南の国の魔女』の力を借りる気なのですわ! はっきりとは聞こえませんでしたけど、魔女がどうとか伯父様が仰っていましたもの!」
「……あのね、マーガレット。何度も言うようだけど、『南の国の魔女』っていうのは、絵本に出てくる魔法使いのことじゃないのよ」
名前通り、南の国の出身で、あの「巨人殺し」と並び称されるほどの凄腕の暗殺者だとアルフレッドは言った。
「本物の巨人を操る魔法使いなんて、この世に居るわけないでしょ」
そうだな、とつぶやく殿下。
「仮にそんなものが現れたら、対抗するのは非常に困難だろう」
騎士たちの間に、さざ波のような笑いが広がった。
殿下が冗談でも言ったと思ったんだろうね。でも、騎士たちの中には笑ってない人たちも居る。
私も、笑う気にはなれなかった。
普通に考えれば、「巨人を召喚する」なんて笑い話だ。でも、でもね?
「私たちは昨日、邪悪な魔法使いが操る化け物の群れと戦ったばかりですが」
ジェーンの発言に、笑っていた騎士たちが凍りつく。
そうなんだよね。ありえない、この世に居るわけがない、そんな存在に襲われたばかりなのだ。
殿下は冷静だった。傍らに立つ腹心の部下に視線を投げて、
「勝てると思うか、クロサイト?」
「相手によります」
クロサイト様もまた動揺などカケラも見せず、
「近接し、剣を振るうことができれば、可能性はあるでしょう」
と事もなげに言った。
「巨人というのは、首を落とせば死ぬのでしょうか?」
こちらも事もなげに言って、首をひねるジェーン。
3人とも真面目に話してるんだとは思うけど、周囲の騎士たちは困惑するばかりだ。
巨人が殿下を暗殺しようとしている――なんて現実味のない話に、どんな反応をすればいいのか、わからないという顔をしている。
「エル・ジェイド」
急に、殿下が私の名を呼んだ。
「覚えているか? 『淑女の宴』で起きたことを」
「?」
「エマ・クォーツが突然倒れた時のことだ。おまえは姿の見えない『魔女』を目撃したと言ったな?」
「あ……」
殿下の言葉で、記憶が蘇る。
そうなんだ。王の側室エマ・クォーツが命を落としかけた時、エマに近づく怪しい女を、私はこの目で見ている。
……正確にいえば、私しか見ていなかった。
その場には他にも大勢の人が居たのに、なぜか「魔女」の姿は誰にも見えていなかったのだ。
誰にも気づかれないまま、「魔女」はエマに近づき、そしてエマは倒れた――その身に致死量の毒を受けて。
駆けつけた殿下が解毒薬を飲ませなければ、そのまま帰らぬ人となっていたはずだ。
「あの時、エマの命を狙ったのはラズワルドだと言われている」
エマの生家であるクォーツの分家筋が、「魔女の宴」で王の愛妾、アクア・リマを狙い、その報復としてアクアの養父であるラズワルドが、「淑女の宴」でエマを狙った。そういうことになっている。
そのラズワルドは、殿下の仇敵である。
もしも今夜、行われる儀式で、再び「見えない魔女」を使って殿下のことを狙ってきたら。相手が巨人じゃなくても、立派な脅威である。
殿下は「対策を練る必要があるな」と結論づけた。
「それで、伝えに来た情報はそれだけなのか、アルフ?」
アルフレッドは若干、話についていけない様子だったが、殿下に話を振られて首肯した。
「まあ、それだけと言えばそうだけど……、アタシが親父から聞いた話は違うわよ?」
騎士団長が、隣国の貴族と組んで儀式の場でクーデターを起こそうとしている、と。
巨人や見えない魔女に比べれば、わりと常識的な話を付け足した。
殿下は「知っている」と答えた。
宰相閣下も、そちらの陰謀については調べがついていると。
「ひとつ、確認したい」
「?」
「おまえが俺にその話をするということは、ギベオンを裏切ってこちらについてくれるのか?」
「……アタシと、この子はね」
アルフレッドは傍らのマーガレット嬢に視線を投げて、
「ムシのいい話だってことは承知してるわよ。今更こんな情報を持ってきたところで、そっちの役には立たないこともね。……本当のところは、助命を乞いに来たの。この先、ギベオンが処分を受けることになったとしても、この子と家族だけは見逃してやってくれないかしら」
「……お兄様?」
マーガレット嬢が従兄を見る。大きな瞳を、不思議そうに瞬かせて。
「うちの親父と兄貴の首くらいで勘弁してちょうだい。足りなければ、アタシのもつけるから」
「お兄様!?」
「財産没収もしないであげて。今さら貧乏暮らしなんて、この子には無理だから。貴族籍の返上、王都からの追放くらいでお願い」
マーガレット嬢は悲劇のヒロインよろしく、両手を組み合わせて声を張り上げた。
「そんな、いけませんわ! お兄様や伯父様たちを犠牲にして助かろうだなんて、そんなことはわたくし、望んでおりません!」
「いや、犠牲っていうか、当然の罰だからね」
あきれたように従妹を見下ろすアルフレッド。「王族の暗殺計画に荷担して、許されるわけがないでしょ。極刑が普通よ」
「……っ!」
マーガレット嬢は唇を噛みしめ、うつむいた。彼女が口を閉じたのを確かめてから、アルフレッドは再び殿下に向き直り、話の続きを――。
「でもでも、お兄様は何も悪いことをしておりません!」
そこで再び、声を張り上げるマーガレット嬢。
「伯父様のことは残念ですが、あきらめますわ!」
「……早いわね、あきらめ」
「でも、お兄様がその計画に関わっていたはずがありません! ご両親ともご兄弟とも仲が悪くて、いつものけ者にされて、家族の集まりにも呼ばれていなかったくらいなのですもの! 伯父様はお兄様のことを全く信用していませんでしたわ! わたくしが保証致します!」
「……事実その通りだけど、口に出して言うのはやめてくれる? みじめになるから」
マーガレット嬢は聞いていなかった。やおら床に膝をつき、
「クリスタリア姫様、兄君様! どうかどうか、お兄様の命はお助けくださいませ! お兄様はとても良い方なのです! いつも親切で、わたくしのことをそばで支えてくれた、本当にお優しい方なのですわ!」
はて、なぜだろう。
マーガレット嬢が口をひらくたび、優しいとか良い人とか言うたびに、アルフレッドが見えないこぶしでタコ殴りにされたかのような表情を浮かべている。
「少し落ち着いてくれないか」
まずは立ってくれ、とマーガレット嬢の手をとるカイヤ殿下。
「もともと流血沙汰にするつもりはない。仮にギベオン卿が今回の件に深く関わっていたとしても、可能な限り極刑は避けるつもりだ。まして、家族の命まで奪うことは絶対にしない」
「それは、本当ですの……?」
マーガレット嬢の顔に希望の光が差した。一方、アルフレッドは全く信じていない様子で、
「あなたはそうでも、宰相閣下はどうかしらね」
「叔父上とて、無益な殺生はしない」
「どうだか……」
「少なくとも、女子供に手を出すような真似はしない」
殿下は確信に満ちた口調で言い切った。
「マーガレット・ギベオンとその家族の助命については、この場で約束しよう。カイヤ・クォーツの名にかけて、王国の祖、白い魔女に誓う」
それでいいか? とアルフレッドを見る。
何でもないことみたいに言っているけど、王族が自分の名にかけて誓いを立てるって、それなりに大事だ。
アルフレッドも理解したんだろう。表情が消えた顔で殿下のことを見つめていたが、やがてゆっくりと頭を垂れた。
「……感謝します」
そして跪き、自身もまた誓いを立てる。「この上は、この身を捧げて第二王子殿下に忠誠を」