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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十三章 新米メイドと封じられた真実
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297 夜明け前の訪問者

「えっと、アイシェルさん?」

 私は戸惑いながら身を起こした。

「こんな時間にすみません。お屋敷にお客様が……」

 私は寝ぼけまなこで室内を見回した。

 暗い。閉じたカーテンの隙間から、ほんのわずかに朝の気配が感じられる程度だ。

 アイシェルも起きたばかりなんだろう。ちゃんとメイド服に着替えてはいるものの、艶やかな黒髪がわずかに乱れている。


「お客様?」

「はい。殿下がお呼びです。できるだけ急いで、リビングまで来てほしいと」

 私はベッドから下り、身支度を始めた。

 顔を洗って、着替えて、髪を整えて。その間に、アイシェルが早口で状況を説明してくれる。

「お見えになったのは、アルフレッド・ギベオン様と、マーガレット・ギベオン様です」

 あの2人?

「確か、行方不明だって……」

 アルフレッド様( この呼び方、慣れないな。ずっとティファニー嬢って呼んでたから)の方はそうだったはずだ。

 最後に会ったのは、お祭の初日に行われたチャリティーバザーの会場で。

 ぶっちゃけ、私がクンツァイトの息がかかった男たちに誘拐された、まさにその現場だった。

 普通に考えれば、彼も誘拐には関与していたのだと思う。

 そもそもギベオン家自体、殿下の敵だし。

 こんな早朝に、突然お屋敷を訪ねてくるなんてどういうつもりなのか。


 マーガレット様の方は、まだ10代半ばの無邪気なご令嬢で、クリア姫にも好意的だったし、敵というイメージはない。

 ただ。

 実は彼女には、メイドの誘拐なんかより、さらにとんでもない疑惑があったりする。

 少し前にお屋敷を訪ねてきた、警官隊の人が教えてくれた。

「巨人殺し」を名乗り、カイヤ殿下に暗殺予告状を送りつけた――その犯人が、まさに彼女かもしれないのだと。


 あれこれ思い出しながら、アイシェルと共にリビングに向かう。

「エル・ジェイド。来てくれたか」

 カイヤ殿下が振り向く。その背中を守るように立っていたクロサイト様もちらりとこちらを見る。

 昨日の騒ぎで、まだ散らかったままのリビング。

 そこには武装した大勢の近衛騎士たちが集まっていた。問題の「お客様」2人を取り囲むようにして。

 その中にひときわ目立つ銀髪の騎士――ジェーン・レイテッドが居て、当然のように剣を抜き、アルフレッド・ギベオンに突きつけている。

 抵抗の意思はない、とばかりに両手を上げているアルフレッド。その隣で不安そうに立っていたマーガレット嬢は、しかしこちらを見るなり、ぱっと表情を輝かせた。

「クリスタリア姫様!」

 一瞬「はい?」と思ったが、すぐにわかった。私とアイシェルがリビングに到着したのとほぼ同時、後からクリア姫も駆けつけたのだ。

 相当急いで来たんだろう。着ているのは簡素なワンピース1枚、長い金髪は下ろしたままだ。

「マーガレット殿」

 硬い声で名前を呼び、友人( と言ってもいいだろう、多分)のご令嬢を見る。その目はいろんなことを問いかけていた。


「先触れもなくお訪ねしてしまい、非礼をお詫び致しますわ」

 マーガレット嬢はスカートのすそをつまんで上品に詫びた。

 そういえば、今日の彼女はあまり貴族のお嬢様らしくない。平民の女の子が着るような地味な装いをしている。

「けれども、これにはわけがあるのですわ! どうか聞いてくださいまし! 恐るべき陰謀の手から兄君様を守るため、わたしくしたちは馳せ参じたのです!」

 兄君様、と聞いてクリア姫の顔が曇る。「どういうことだろうか?」と短く問い返す。

「くわしい話はアタシがするわよ」

 アルフレッド・ギベオンが声を上げた。「……と、その前に。落ち着かないから、できれば剣を引いてくれないかしら?」

 彼の視線は背後で剣を突きつけているジェーンではなく、正面に立つカイヤ殿下の方に向いている。

「信用できないなら、縄をかけてもらっても構わないわよ。そういう立場だしね」

 殿下は「必要ない」とあっさり言った。

「そもそも害意があると疑っていたら、屋敷に入れたりはしない」

 へえ? とアルフレッドが笑う。

「昔なじみだから、信用してくれるってこと? それとも他に理由があるの?」

 彼とカイヤ殿下は、古くからの顔なじみだ。警官隊の創始者ジャスパー・リウスのもとで、共に剣を学んだ間柄のはずである。


 しかし殿下が口にした「理由」は違った。

「おまえは昔から、正面切って人と争うことを苦手としていたからだ」

「…………」

「誰かに危害を加える時は影から狙うか、もしくはからめ手を使っていた」

「…………」

「そのおまえが正面から訪ねてきたということは、つまり戦う意思はないということだろう?」

「……何だか、卑怯者呼ばわりされた気分だけど」

「そうは言っていない。不意打ち・搦め手も戦術のひとつだ。己の適正に合っているなら、堂々と使えばいい」

 アルフレッドは微妙に納得できない様子だったが、

「ま、いいわ。この子が言った通り、あまり時間もないしね。話を始めても構わないかしら?」


 殿下のまなざしが、スッと細められた。

「その前に。言うべきことがあるはずだろう、アルフ」

 滅多に聞けないような冷たい声、冷たい瞳。優しい王子様が見せた怒りの気配に、室内の緊張がにわかに高まった。

「わかってるわよ。例の予告状のことね」

 従兄が口にしたセリフに、マーガレット嬢がハッと息を飲む。


 ……本当に、彼女が犯人なんだろうか。

 殿下、この場でその罪を告発する気なのかな。そんなことしたら、まだ何も知らないクリア姫がショックを受けるんじゃないかと思うけど……。


「違う。その件は既に解決済みだ」

 違いましたか。

 って、いつ解決したの? 差出人が本物の暗殺者じゃなくて貴族のご令嬢だとわかったからって、それで「解決済み」ということにはならないと思いますよ?

 疑問に思いながら見つめていると、殿下もなぜかこっちを向いた。

「彼女に――」

 私とアルフレッドの間で視線を往復させて、「言うべきこと、説明すべきことがあるはずだ。違うか?」

『…………』

 私とアルフレッドは、無言で視線を交わした。


 多分、私がアルフレッドの目の前( というか目と鼻の先)でクンツァイトに誘拐された件を言ってるんだろうけど。

 それって、今この状況で優先しなきゃいけない話題かなあ。

「第二王子殿下の暗殺計画について、身内の罪を告白に来たつもりなのだけど」

 アルフレッドも困惑顔で、

「先に、そっちの話をしなきゃダメ?」

「そうだ」

 殿下は微塵の迷いもなく即答した。

「彼女の誘拐に協力したのか? 知っていて黙認したのか? おまえ自身は害意があったのか?」

 どうなんだアルフ、と言いつのる。


「…………」

 アルフレッドはあからさまに苦い顔をした。こんな大事な時にメイドのことくらいで――と苦々しく思っていた、わけではなかったらしく。

「……はあ。できれば言いたくなかったんだけど」

 単に、答えるのが嫌だったらしい。

 それでも殿下に話せと言われては話すしかなく、嫌そうな顔のまま口をひらく。

「この子の誘拐のことは、もちろん知ってたわよ。あの状況で気づかずに見逃してたら馬鹿でしょ。つまり『知っていて黙認した』が正しいわけだけど――」

 じとりと昏いものをはらんだ視線を私に向けて、

「害意があったかなかったかといえば、あったわね」

「なぜだ」

「どうしてですか」

 私は殿下と同時に声を上げてしまった。

 王族の発言にかぶせるとか、メイドの立場をわきまえろって話ではある。でも、やっぱり自分のことだから、気になるし。

 ギベオンとクンツァイトは親戚同士。アルフレッドのお母上がクンツァイトの出身のはずだ。多分その辺りに理由があるんだろうなと思ったら、

「復讐よ」

 アルフレッドの答えは、いささか理解に苦しむものだった。

 復讐って何だ。なんで私がこの人に復讐されなきゃならんのか。

「あの時、話したでしょ。死んだ親友の復讐。仇討ち」

 親友、親友?

 私はこめかみに手をあてて考える。

 あの時というのはつまり、私が誘拐された時で――。確かに、2人きりで話した記憶はある。

 何だっけ。アルフレッドの親友が亡くなった理由。

 7年前……。殿下の異母弟にあたる王子様が事故で亡くなって……、王子の護衛を務めていた親友が、その責任をとる形で自害した。


「あれは全部、嘘よ」

 嘘なんですか。じゃあ、本当の話は?

「アタシの親友は貴族の放蕩息子で、チンピラまがいのロクデナシだった。クンツァイトの分家筋の生まれで、本家に命じられるまま、くだらない汚れ仕事をしてたわ」

「……ああ、そういえば」

 殿下がぽんと手を打った。

「少しだけ覚えている気がするな。その親友とやら、昔、ジャスパー・リウスの屋敷に遊びに来たことがなかったか?」


 殿下がまだ幼い頃、リウス家に預けられ、幼なじみと共に学んでいた時期。

 そこには宰相閣下のお子様たち、レイテッド家の現当主レイルズ、当時はラズワルド姓だったケインなど、そうそうたるメンツが集まっていた。

 実家に居場所がなかったアルフレッドもよく顔を出していたのだが、ある時そこにその「親友」が遊びにやってきて、

「屋敷の調度品を盗もうとしたところを見つかり、ジャスパー・リウスに叱られていた」

「頭が割れるかって音量で怒鳴られまくって、ついでに杖でボコボコにされたんだけどね」

 アルフレッドはハーッとため息をついて、

「そのロクデナシがアタシの親友、ウィルヘルム・クンツァイト」

 この名前に聞き覚えはあるかとばかりに、ひたと私の顔を見すえる。


 ありますよ。……あるから、ちょっと待って?

 そんな怖い目で見ないでくださいよ。別に忘れたわけじゃないんだから。王都に来てから落ち着く間もなくいろんなことがありすぎて、まだ記憶の整理ができてないってだけで。


 ウィルヘルム・クンツァイト。

 舌を噛みそうなその名前を私に教えてくれたのは、確か「魔女の憩い亭」のセドニスだった気がする。

 クンツァイトの分家筋の生まれ。家を継げない次男坊。代わりに、クンツァイトの本家に密偵として仕えていたという――。

「あ」

 脳裏をよぎったのは、7年前、私の村に押しかけてきた黒衣の男たち。

 騎士団長ラズワルドの命令で、私の父と弟の命を狙ってやってきた。彼らを率いていたのが、

「ウィルヘルム・クンツァイト……」

「巨人殺し」のゼオに返り討ちにされて死んだ男の1人。それがアルフレッド・ギベオンの親友?

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