296 竜と巨人
王国の大地を、巨人が闊歩している。
流れる川を、森や畑をひとまたぎにして、ゆっくりゆっくり移動している。
大きい。途方もなく。頭のてっぺんは雲にも届くほどだ。
まるで巨大な岩山が意思を持って歩き出したみたいだった。
事実、その見た目は巨岩を荒く削ったような大ざっぱな人型で、顔には目も鼻も口もない。のっぺらぼうだ。
当然、服とかも着ていない。苔むした岩肌に似た体には生き物っぽさが皆無で、巨人と呼ぶより、ゴーレムとでも呼んだ方がふさわしいかもしれない。
まあ、ひとまず巨人と呼び続けることにするが――その巨人が向かう先に、街がある。
キラキラと陽の光を照り返して輝く街並み。複数の街道が交わる交差点。ぐるりと城壁に囲まれた――あれは王都だ。天にも届くような巨人が、王都に近づいている。
その光景を、私は見ていた。空から見下ろしていた。
漆黒の竜の背に乗って。
上空の風の冷たさを頬に感じながら、竜の翼が羽ばたく音を聞きながら、空を飛んでいたのだ。
――なんだ、夢か。
色も、音も、匂いも。
妙にリアルで夢とは思えないほどだが、間違いない。
私はカイヤ殿下のお屋敷で、与えられた自分の部屋で寝ていたはずなのである。それが気づいたらこの状況。夢以外のいったい何だというのか。
「何を1人でぶつぶつ言っておる」
声がした。私から見て前方、竜の頭に近い方から。
ぱっと見はローブをまとった10代前半の少女、しかし中身は一癖も二癖もある成人男性。
ファイ・ジーレンことアダムス・クォーツだった。
魔女オタクの研究者で、実は悪名高き先代国王でもあるという、いろんな意味で理解しがたい人物がそこに居る。
「なんで、あなたが」
私の夢に出てくるのか。別に親しい間柄でもないのに、ずうずうしい。
「我の知ったことか」
そんなことよりあれを見ろ、と手にした杖で眼下の巨人を指す。
ちょ、それ。「白い魔女の杖」じゃないか。殿下に取り上げられたはずなのに、なんで持ってるんだ。や、夢なんだから、細かいことをいちいち気にしても仕方ないんだけど。
「あれは魔法だな。実に興味深い」
魔法って、あの巨人が?
「うむ。強大な魔力を感じる。おそらくは魔法であれを作り出し、操っている者がどこかに居るはずだ」
おもしろそうに話してる場合じゃない。あのまま巨人が進んだら、王都が大変なことになってしまう。
「どうにかできないんですか?」
「あの巨人をか? ふむ、そうだな――」
ファイは思案顔でしばし黙り込み、「人の身で抗うのはまず不可能だろうな。剣も矢も通りそうにない」
そんな常識的な解答、この人に求めてない。
「魔法で作られたものなんですよね? だったら、魔法でどうにかするとか……」
たとえば、ファイが持ってるその杖で。
「教えてやったであろうが。この杖は使えば使うほど腹が減る――つまり使用者の体力を魔力に変換するのだと。どれだけ腹いっぱいにしたところで、あのような化け物に勝てるわけもない」
だああ、使えない。王国の秘宝、魔女の七つ道具なのに。
「秘宝か」
ふと、ファイは何かに気づいたような顔をした。
「そういえば……。昔、アレクサンダー王が話しておったな。クォーツ家には代々、悪しき魔法を封じる宝が伝わっているのだと……」
魔法を封じる宝? それって?
思わず身を乗り出した時、
「エルさん、起きてください!」
緊迫した誰かの声が、私の夢を唐突に終わらせた。
薄暗い寝室。まだ太陽も昇りきっていない早朝。
ベッドで寝ている私を、メイドのアイシェルが強張った顔で見下ろしていた。




