表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十二章 新米メイドと魔女の杖
293/410

292 覚えのない恨み

 問題がある。

 ひとつは、ルチル姫が罪を犯したこと。

 ファイの話が事実だとしたら、彼女は王宮の庭に火をつけた放火犯だ。普通に考えれば、極刑に値する。

 もちろんあの人が嘘をついている可能性もあるし、仮に本当のこと言っているのだとしても、ルチル姫1人で放火は実行できない。

 宝物庫に厳重に保管されていたはずの魔女の杖を、彼女がどうやって手に入れたのか――それも問題だ。


 今のルチル姫には意識がないから、取り調べや事情聴取は行えない。

 殿下が言うように静養させるとか、話が聞ける状態になるまで治療を受けさせるにしても、さらなる問題がひとつ。

 他でもない、彼女の中に居る別人格。ファイ・ジーレンことアダムス・クォーツの存在である。


「あの人、これからどうなるんですか?」

 30年前の政変を引き起こした(とされている)先代国王は、貴族にも平民にもムチャクチャ恨まれているし嫌われている。

 あのファイ・ジーレンが本当に本人だというなら、今からだって処刑されかねないくらいだ。


 殿下は「それを考えていた」と難しい顔で言った。私に聞いてもらいたかったのはそのことだとも。

 普通に考えれば、魔女の杖盗難事件の重要参考人として城に連行し、取り調べる他ないのだが――。


「正直、気が進まない」


 あの政変は、王都の社会に深い爪痕を残した。多くの血が流され、生き残った者たちも心に傷を負った。

 今更、その元凶( とされる人物)が実は生きていた、その魂が現世をさまよっていたと知らされて、いったい誰が得をするだろう。

 先代は死んだ、悪夢をもたらした王はもはやこの世に居ないと、みんなそう思って心の整理をつけてきたのに。


「仰ることはわからなくもないですが……」

 だったらどうするんだろう。人知れずどこかに幽閉する? ……それともまさか自由にするとか?

「それもひとつの方法だろう」

 私は信じられない気持ちになった。

 そりゃ魔女の杖を取り上げた以上、もはや大した悪さはできないかもしれない。噂と違って、極悪人というわけでもなさそうだけど。

 わりとヤバイ人には違いないんじゃないかなあ。現にお屋敷を襲っているのだし、野放しにするのはいかがなものかと。


「あの人、先代国王なんですよね?」

 今も悪夢と同義で語られている非道の王だ。

「実際に政変を引き起こしたのは、彼の義父にあたるアジュール家の当主だ。政変以前の彼は、政治とは無縁だった」

 だとしても、王様だったんですよね。

 アダムス・クォーツの在位はわずか数年間。その数年で多くの血が流された。

 たとえ形だけの王様だったのだとしても、何の責任もないとは思えない。


「殿下はあの人のこと恨んでないんですか?」

 お身内が大勢犠牲になっているのに、憎む気持ちはないのかな。

「あの政変がなければ、俺の両親はそもそも婚姻を結んでいなかった」

 殿下はふうっと重たいため息をついて、

「親父殿にも母上にも、いまだにネチネチと文句を言われる。そういう意味で恨む気持ちは確かにあるかもしれんが」

 いや、私が言いたいのはそういうことじゃなくて。……っていうか、なんで殿下が文句を言われなきゃならないんですか。お生まれになる前の話じゃないですか。

「母上はあの政変で、父親と兄2人を亡くした」

 知ってる。先々代の跡を継ぐはずだった王太子とその王子2人。

「親父殿もまた、ただ1人の兄を失っている」

 それは初耳だった。

 王様も家族を亡くしてたんだ。いつもへらへらしていて、悲劇とか縁遠い感じの人なのに。


「親父殿の兄は、当時、城でそこそこの要職に就いていてな。政変の際もいち早く危険を察知し、家族を連れて王都を脱出しようとしたのだが――」

 もともと体の弱かった母親が急に体調を崩し、すぐには動かせない状態になってしまった。

 そのため彼は、ひとまず弟だけを先に王都から逃がし、自分は後から行くと言って――結果的に捕らわれの身となり、政変の犠牲になった。


 私は1度だけ「魔女の宴」でお会いしたことがある、王様のお母上のことを思い出した。

 車椅子に乗った、弱々しい老婆。クリア姫の髪を愛おしそうになでていた、あの人。

 息子さんを亡くしてたんだ。しかも、自分の病気が一因で。


「親父殿に関していえば、政変のせいで人格が豹変したという噂もある」

「人格が?」

「ああ。もとは品行方正な人物だったと」

「冗談ですよね?」

 それもタチの悪い冗談だ。殿下も深く同意するようにうなずいて、

「親父殿は早くに父親を亡くしていてな。年の離れた兄が家長として、父親代わりとして、家族を支えていたらしいのだが――」

 そのお兄さんが真面目過ぎるくらい真面目な人で、幼い弟を厳しく養育した。

 人の道に外れたことをしないよう、後ろ指を指されるような振る舞いをしないよう。当然、女遊びなどもってのほかで。

「その反動でああなってしまったと……?」

 ああなったとはどういう意味だと、今更突っ込むようなことはせず。殿下は軽く首をひねって、

「どうだろうな。叔父上はただ単に本性を隠していただけではないかと言っていたが」

 はい。私も宰相閣下に賛成です。


 ともかく政変で兄を亡くした王様は、若くして一家の長となった。それだけではない。クォーツ姓を持つ男子の中では数少ない政変の生き残りとなった。

 一方、同じく政変で家族を亡くし、自分は生き残った王妃様には、王国の命運が重くのしかかっていた。

 政変で生じた混乱を鎮め、一刻も早く政治的空白を埋めなければ、他国の侵略の餌食となってしまう。下手をすれば国が滅ぶ。

 自らが女王となるか。それとも、王位継承権を持つ誰かと結婚するか。

 選ばなくてはならなかったのだ。望むと望まざるとに関わらず。


「当人たちにとっては不本意な成り行きだったようでな。今でもたまに恨み言を言われる」

 だから、どうしてですか。それって別に殿下のせいではないのに。

「政変がなければ、あの2人が婚姻を結ぶこともなかった。俺たちきょうだいが生まれることもなかった。だから愚痴くらい言わせろ、とそういう理屈なのだろうな」

 1度、熱いスープで顔を洗って差し上げたらいかがでしょうか。

 王様と王妃様が、政変で人生を歪められたのだとしても、そのためにつらい思いや苦しい思いを味わったのだとしても。

 殿下には関係ない。全く、何の責任もない。もちろんクリア姫にも、ハウライト殿下にも。

「俺も、母上にそう言ったことがある」

 返ってきた答えは、「人の心はそう簡単に割り切れない」というものだったらしい。つまり「責任はない」という理屈と、人としての感情は別物だと。


 甘えるな、と言ってやりたい。もしくは、その心とやらはあなた1人にあるものなのかと聞きたい。

 殿下にだって心はあるのだ。実の親に理不尽な恨み言をぶつけられて、平気だったはずがない。そんなこともわからない人が、人の心を語るなっつーの。


「おまえはいいな」

 ふっと殿下の表情が緩む。

「はっきりしている。ブレがない。明朗でわかりやすい」

 急にほめられて、少し戸惑った。殿下は本気で感心しているようだが、私は至極当然のことを言ったまでである。

「その当然のことを言葉にしてくれる人間というのは、そう多くない」

 殿下のまなざしが遠くなった。

「そもそも、当然だと思う人間自体、少ない気がする」

「そうでしょうか?」

 私が納得できないという顔をすると、殿下は少し考えて、

「俺の周りには少なかった、というだけかもしれんな。昔から、身に覚えのない恨みをよく向けられた。言葉で攻撃されるくらいなら可愛いもので、かどわかしにあったこともあれば殺されかけたこともある」


 平然と、それまでと同じ口調で、ヘビーな話をしないでほしい。

 もっとつらそうな顔をしろと言っているわけではない。できれば怒ってほしいのだ。

 不条理な目にあったんだから、ひどいことをされたんだから。

 殿下には怒る権利があるのに。……それとも、自覚がないのかな。あまりにも当たり前にひどいことがあり過ぎて、普通のことみたいに錯覚してしまってるんだろうか。


「一生許さない、命ある限り呪い続けると宣言されたこともある。……俺には覚えがなかったので理由を尋ねたら、この顔が母上と瓜2つだからだと」

 ハウライト殿下とクリア姫は父親似である。きょうだいの中で母親似なのはカイヤ殿下だけだ。たまたま王妃様に顔が似ているというだけの理由で呪いの言葉をぶつけられた殿下は、

「理解できないし、したくないと思った」

 私もそう思う。どこの誰が言ったのか知らないけど、そんなの、もはや理不尽どころの騒ぎじゃない。普通にどうかしている。


「だから、と言うのもおかしな話だが」

 先程、ファイ・ジーレンと話をした時。

 彼は言った。王妃様のしたことは許せないし納得できないが、それは息子の殿下には関わりないことだと。

 物心ついた頃から、身に覚えのない恨みを当たり前のように向けられてきた殿下にとって、その言葉はひどく新鮮で。

「わからなくなってしまった。直に政変を経験した母上ならばともかく、俺があの男を非難する資格は果たしてあるのだろうか、と」

「…………」

「今のあの男に、裁かれるべき罪があるのかどうかも――正直よくわからない」

「お気持ちはなんとなく理解できましたが……」

 たとえ中身がファイでも、体はルチル姫なのだ。

 このまま自由にする、ってわけにはやっぱりいかないと思う。アクア・リマやフローラ姫は納得しないだろう。


 殿下は「わかっている」と気乗りしない顔でうなずいた。

「明日の儀式が終わったら、2人にルチルのことを話すつもりだ。あの男の処遇についてはそれから決める」

 まずは明日だ、と殿下は言った。騎士団長ラズワルドが儀式の場で自分を狙ってくるのを利用して、彼を打倒する。うまくいけば継承問題すら一気に片がつく、かもしれない。

「全ては明日を終えてからだ」

 淡々と、いつもと同じ口調でつぶやく殿下の顔を正面から見つめながら。

 私は思った。

 何だかそれってフラグっぽいなと。それも不吉なフラグみたいだなと。


         「魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~」第四部・了


 第四部「盗まれた魔女の杖編」は今回でおしまいです(次回から主人公視点ではない話がいくつか入ります)。

 活動報告には四部で終わらせるつもりだと書いたのですが、結局、五部まで突入することになってしまいました。

 というのも、最近ようやくこの物語の着地点が見えまして(遅い)。

 多分あと2章+後日談くらいの感じで。多分そこそこのボリュームになると思うので、一旦、区切った方がいいかなと判断しました。


 なかなか作中の時間が進まなくてスミマセン。

 最初に作ったプロットを書きながらかなりいじったので、結果的にバランスが悪くなってしまいました。

 四部で儀式まで行けないとは思わなかった。そこは本当に反省です。次作があるとしたら(今のところ予定はないですが)活かしたい部分です。


 とはいえ、本作についてはこのまま突き進むしかないので。

 お待たせした分、ラストではきちんと伏線を回収し、ご納得いただけるものになれば……と考えております。


 色々と到らぬ点も多い本作にここまでお付き合いくださった皆様、ありがとうございました。読み続けてくださる皆様のおかげで、こうして書き続けることができます。

 日々お世話になっている「小説家になろう」の運営様にも感謝。

 当たり前のように小説を書くことができる、平和な日常にも感謝。

 願わくば、この物語を最後まで書き切れますように……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ