291 ワガママ王女の今後
ひとまず立ち話もなんだからということで、私たちはリビングに移動した。
「お茶を淹れましょうか?」
「ああ、頼む」
もう夜も遅い。ここはノンカフェインのハーブティーの出番だな。
今日はラベンダーを多めにしてみよう。フローラルともフレッシュとも違うこの香り、私はすごく好きなんだよね。ハーブの中では1番かも。
私が台所でお茶の用意を始めると、殿下はなぜか食品庫に入っていった。
「危ないですよ」
そこも先程の騒ぎで棚が倒壊して、割れた瓶の破片なんかが床に散らばったままになっている。
殿下は「気をつける」と答えただけ。どうやら何かを探している様子だが、見つからないのか、なかなか出てこない。
お茶の用意がほぼ整う頃になって、ようやく「見つけた」と食品庫から顔を出した。肩についたホコリを払って差し上げながら、
「何ですか?」
と手元をのぞき込む。
可愛らしい包装紙でくるまれた小箱だった。中にはお花や蝶々をかたどった、これまた可愛らしいカラフルな砂糖菓子が入っている。
「わあ……」
思わず目を輝かせる私に、
「叔母上の差し入れだ。茶請けにいいだろう」
と殿下は言った。
「叔母上様から?」
こんなお菓子、いつもらったのかな? 少なくとも私は記憶にない。
「まだおまえとクリアが屋敷に来る前のことだ。うっかり失念していた」
……そうですか。まあ、この手のお菓子は日持ちするからだいじょうぶだと思うが、いずれ機会を見て、食品庫の整理をした方がいいかもしれないな。
高そうなお菓子の缶とか、他にもあったものね。中には輸入物っぽいやつも。
テーブルの上に温めたティーカップを並べ、淹れたてのハーブティーを注ぐ。
「どうぞ」
「ありがとう」
向かい合って席につき、静かにカップを傾ける私たち。
一般的なお屋敷では、メイドと雇い主が同じテーブルを囲んだりはしないだろうけどね。殿下のもとでは、これが普通だ。
砂糖菓子はとっても上品な甘さだった。ラベンダーの甘やかな香りとの相性も良い。
私がお茶とお菓子に癒されている間、殿下は無言で宙を見つめていた。しばらく待っても、話を始めようとはしない。
「クリア姫はまだお休みに……?」
今現在、殿下が「話したい」というなら第一に妹姫のことだろうと思い、こちらから振ってみると。
「ああ。ダンビュラが付き添ってくれている」
短く答えただけで、また沈黙。
「姫様、責任とか感じてるわけではないですよね?」
ルチル姫がこんなことになったのは自分のせいかもしれないとか、そんな感じなくてもいい責任を。
「いや……」
殿下は考え込むように眉を寄せて、
「むしろ、そこまで強い憎しみを向けられたこと自体が問題なのではないか――と思う」
敵意、憎しみ、殺意。
自分を傷つけようとする誰かの意思は、それ自体が毒であり、刃となり得る。
「俺にも覚えがあるが、そういったものをまともに浴びると、思いのほかダメージを受ける。たとえ直接の危害を加えられたわけではなくても、心を病みかねないほどに」
なるほど。言われてみれば、そういうものかもしれない。
クリア姫は繊細だ。弱いという意味ではなく、とても感じやすい心を持っている。
その姫様が、一応は血のつながった身内であるルチル姫から、殺意に近い感情を向けられたのだ。落ち込むのも当然である。
「おまえが言う通り、クリアが責任を感じる必要はどこにもない」
ルチル姫のことは自分がどうにかする、と殿下は言い切った。
「どうにかできるかどうかは現段階ではわからんから、『手を尽くす』と言った方が正確かもしれんが」
わりとドライというか、身も蓋もないことを仰る。
でも、そうだよね。ファイの話が全て本当だとしたら、どうにかするのは非常に難しい気がする。
お医者様に治せるとは思えない。救う方法があるとしたら、それこそ魔法にでもすがるしか――。
「ちょっと思いついたんですけど、王妃様に助けていただくことはできないんですか?」
魔法が使えるという噂の王妃様なら、ルチル姫の失われた魂だかを元に戻すこともできないだろうか。
しかし殿下は驚いたように瞳を見開いた後で、「無理だ」と断言した。
「母上がルチルを救おうとするはずがない。そんな義理はどこにもない」
「そうですか……」
義理の問題かなあ。
や、私も別にルチル姫を助けたいとか思ってるわけじゃないけどね?
このままルチル姫が助からなかったら、クリア姫は苦しむ。ずっと思い悩むだろう。
そのクリア姫は、王妃様の実の娘だ。何とかしてあげたいという気持ちにはならないものだろうか。
「母上に我が子を救うという発想はない。兄上の命が危うかった時にも見捨てたほどだ」
あー、そういやそうでした……。
7年前に騎士団長が暴走して、ハウライト殿下や宰相閣下が幽閉された時の話ね。殿下に聞いたんだった。
「それに」
ほんの少し、殿下の瞳が陰った。口調も苦いものに変わって、「母上には母上の事情がある」
「?」
「魔女の力は諸刃の剣だ。便利なものでは全くない」
えーっと、つまり?
王妃様の力にも、何か「代償」的なものが必要ってことでしょうか……?
私は少し迷ったが、くわしく聞くのはやめておくことにした。
わりとヘビーな話でもためらわずに口にする殿下の口調がわずかでも重くなる時、それすなわち、半端なく重たいレベルの事情が隠されている――ということかもしれないから。
とにかく王妃様の力は借りられない。……他に方法があるとしたら、何だろう。
もう1度魔女の杖を使ってみるとか?
ちゃんと正式かつ面倒な手順を踏んで。その場合、代償はいらないといったような発言をファイもしていたはずだ。
「単純計算で3年近くかかるが、それが1番平和的かもしれんな」
と殿下もうなずいた。
3年は短くない。まして、子供時代の3年はすごく貴重なものだ。
それでも助ける方法があるならまだよかった、と思いかけた時。殿下が続けて言った。
「もっとも、死者を蘇らせるほどの力があの杖にあるとは限らんがな」
……死者って。
もしかしなくても、ルチル姫のことですよね。つまり、彼女はもうお亡くなりになっていると……?
「確かなことは俺にもわからん。が、ルチルがクリアにしようとしたことを考えれば――その代償として同等のものを失ったというなら、ありえん話ではない」
「…………」
いずれにせよ、ルチル姫は未成年だ。その今後を、殿下1人で決めるわけにもいかない。
「まずはアクアとフローラに事情を話し、その後はどこかで静養させるという流れになるだろうな」