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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十二章 新米メイドと魔女の杖
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289 代償3

 私はとっさにクリア姫の肩にふれた。

 彼女は真っ青になって震えているのだ。殿下も当然、妹姫の様子には気づいていて、この場から連れ出すべきかと悩む顔を見せている。

 しかしファイ・ジーレンは全く空気を読まない。


「魔女の杖は代償を必要とする。人間が何の制約もなく、超常の力を行使できるわけではない。あのおとぎ話でもそうだったろう?」

 絵本の中で、2人の魔女に願い事をする人間は、代わりに何か「大事なもの」を差し出さなければならなかった。


「月の光によって動くのではないのか?」

と殿下。「古文書の記述ではそうなっていたが……」

 ですよね。まずは月の光にあてて、その後、暗い場所で保管して、最後は星の光にあてて。使えるのは俗世を離れた乙女だけとか言ってたはずだ。


「それは何の代償もなく杖を使うための方法だ。古文書には他の方法も載っていただろう?」

「いや……。そんなものはなかった」

 戸惑いながら首を横に振る殿下に、ファイ・ジーレンもまた眉間にしわを寄せて考え込む様子を見せた。

「はて、妙だな。たかが30年で記録が失われるとは思えんが」

「…………」

 そのまま2人そろって何事かを考えている。話が進まないので、

「で? 結局、その代償とやらは何なんだよ?」

とダンビュラが口を出した。

「使用者の寿命だ」

 ファイ・ジーレンはさらっと怖いことを言う。

「……と、古文書には書かれていたが、我は異なる見解を持っておる。そもそも人間の寿命など、生まれ落ちた瞬間から明確に定まっているわけではないからな。あと5年、あと10年とはっきりわかるとでもいうなら話は別だが、実際はもっと不確かで予測のできないものだ」

 長々とした注釈にダンビュラはうんざりした顔で、

「おい。結論を早く言えや」

と急かした。


「つまり、だ。この杖を使うと、やたら腹が減る」

 はあ? と首をひねる私たち。

「おそらくは持ち主の体力を魔力に変換しているのではないか、というのが我の仮説だ。とにかく使えば使うほど腹が減る。しかも強力な魔法を行使した時ほど、その度合いは大きい。使い方によっては確かに寿命を縮めるだろうな。色々とためしてみたが……。空腹状態で使おうとすると、ほぼ間違いなく昏倒する」

『…………』

 私たちは全員、どういう反応をすればいいのかわからずに口をつぐんだ。

 使えば使うほどお腹がすく魔法の杖って、何だかちょっとマヌケな気が――。

「大量の食糧を持ち歩いていたのはそのためか?」

 殿下のセリフに、私は「ああ」と思い出した。

 や、さっき身体検査をした時にね。ファイ・ジーレンの服の中から、干し肉とか乾パンとか、携帯食のたぐいが山ほど出てきたんだ。

 ポケットの中には食べかけの焼き菓子もあった。身にまとっていたローブの内側には、干した果物や木の実を詰めた袋なんかも吊ってあったし。


「左様。あの杖を使うためには、こまめな栄養補給が不可欠となる」

 おやつや携帯食で使える魔法の杖って、お手軽だな。本当にそれだけでいいんだとしたら、わりと便利じゃない?

「ゆえに、騎士たちに追われた時には焦ったぞ。あの時は少しばかり腹が減っておったからな」

 即座に杖で撃退することもできず、その場を逃げ出すしかなかったのだという。

 途中で、そういえば師匠の屋敷が近くにあったなと思い出し、身をひそめることにしたものの。

 お屋敷を守る近衛騎士たちに見つからないように忍び込むためには、やはり杖の力を使わざるを得なかったので、

「危うく倒れかけたぞ。まさに間一髪であった」

 何やら自慢げに語っているけども、やっぱりマヌケな話だとしか思えない。


「先程の戦いでは、随分と派手に力を使ったと報告を受けているが……」

と殿下。

 そうだ。大量の動く人型とか、しまいには竜まで使ってお屋敷を襲った。

 多分、隠れている間に栄養補給はすませていたんだろうけど、いったい何の目的であんなことを?


「ああ、それは――」

 ファイ・ジーレンはなぜか気まずそうに視線をそらし、

「はじめは足止めだけして逃げるつもりだったのだが、つい夢中になってな。あの杖を使って何かと戦うなど、ほぼ初めてのことであったゆえ。色々試してみたいという欲求が抑えられなんだ」

『…………』

 私たちはまた沈黙した。

 それが本当だとしたら、何という迷惑な話だ。

 ムチャクチャ怖い思いをしたのに、騎士たちの中にはケガ人だって出ているというのに、まともな理由すらなかったわけ?


「迷惑な話だな」

 思ったことをストレートに口に出す殿下の性格が、今は頼もしかった。

 だって、本当に本気で迷惑な話だし。相手が縛られていなければ引っぱたいてやりたいくらいだ。

「謝罪及び相応の補償を要求する。……が、今はその前に聞くべきことがある」

「?」

「その体のことだ。先程の話だと、貴公は少女の体に閉じ込められ、動くことも話すこともできなかったと」

 なのに今、彼は普通に動いて話している。フローラ姫によく似たその姿で。


「それがつまり、『代償』だよ」

とファイ・ジーレンは答えた。

「わかるだろう。あの杖は極めて危険な代物だ」

 危険? そうかな。正直マヌケというかお手軽だと思うが。

「確かに、そうだな」

 殿下も深刻な表情を浮かべて同意する。

 ……まあ、使い方を間違えば? 無闇に強い魔法を使ったりしたら危険な面もあるのかな?


「あの杖を使う時に重要なのは、具体的かつ限定的に念じることだ」

とファイ・ジーレン。

 そうすることで、代償もまた限定的ですむから。必要以上に体力を削られることもないから。

「たとえば『何かうまいものが食いたい』と念じた場合。そもそも『うまいもの』の定義が曖昧あいまいだ。具体的な量をイメージしていないのもまずい。下手をすると、使用者が過去に『うまい』と思った全てのものを、周囲一帯からかき集めてしまいかねん」

 その願いの代償は、いったいどれほどのものになることか。


「あの娘には、誰だか知らんが憎い相手がおった」

 びくりと、クリア姫の肩が震える。

 ファイ・ジーレンは気づかない。

「その憎い相手の『全て』を消そうとした。あまりにも曖昧、かつ大きすぎる願いだ」

 そんな風に願ってしまったら、自分の「全て」を代償に失うかもしれない。

 魔法の杖は公正だ。そして、所詮はただの道具だ。そこに慈悲はない。あるのは定められたルールだけ。


「体力を魔力に変換するという仮説に従えば、この体はとうに死んでいなければおかしいだろうな。しかし実際にはそうならなかった。これは推測に過ぎぬが――人1人の体力や生命力では足りぬほどの大きな願い事をした場合、あの杖は別の代償を求めることもあるのではないか」


 あのおとぎ話の魔女たちのように、願いの重さと、等しいだけの代償を。


「少女が憎い相手に『消えろ』と願った時、なぜか我の意識は1度途切れた」


 数分か、数十分か。あるいはほんの一瞬だったのかはわからない。

 とにかく再び意識が戻った時、ファイの前には燃え上がる庭園があった。

 魔法の力だとすぐに察したファイは、「もっと近くで観察せねば」と思い、炎に包まれた森にみずから足を踏み入れた。

 その途中で、自分が動けるようになっていること、少女の体を自在にあやつれることに気づいたのだという。


「あれ以来、少女の意識が戻ったことはない。以上のことから考えるに――」


 少女が代償として失ったのは、自我、人格、記憶。あるいは人が「魂」と呼ぶものだ。


「もっとも、あの庭園と屋敷は、アレクサンダー王が遺した力で今も守られているゆえ」


 おそらくは憎い相手を消すこともできず、自分だけがこの世から消えたのだろうとあっさり告げる。


 誰も、口をひらくことができなかった。

 沈黙があまりに重く、クリア姫の肩が、小刻みに震えていて――。

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