28 新米メイド、王宮へ行く2
城下から王宮までは、ゆるやかな上り坂が続いていた。
道幅は狭い。多分、敵に攻められた時のこととか考えてわざと狭くしてるんだろうけど、ちょっと不便じゃないのかな、って思うくらい狭い。仮に馬車同士がすれ違おうとしたら、かなりギリギリの幅だ。
長い坂を上りきると堀があり、堀に渡した橋の手前に、兵士の詰め所があった。
馬に荷を積んだ男の人が、詰め所の前で止められている。おそらく通行許可証の確認か何かをしているのだろう。
カイヤ殿下は王族だし、顔パスで入れるのかな?
という私の予想はハズレ。すぐに兵士が1人、詰め所から出てきて「おーい、止まれー」と両手を広げた。
「おまえはそのまま乗っていろ」
殿下が馬から飛び下り、兵士に近付いていく。
「なんだ、殿下ですか」
兵士が言った。
年齢は30歳くらい。くすんだ茶髪で、やや頬のこけた、目つきの鋭い……なんか、お城の兵士って感じじゃない。場末の酒場でカードでも広げていそうな、ちょっと荒んだ雰囲気の男だった。無精ひげがのびたあごの辺りをぽりぽりかいて、
「また珍しいですね、こっちから来るなんて。雨でも降るのかな」と、王都の空を見上げた。ちなみにそこには、雲ひとつない。
それはともかく、珍しいってどういう意味だろ。殿下って、昨夜もお城に来たはずだよね?
「連れが居るからな」
その言葉で、男が私を見る。しげしげと、いや、じろじろと。かなり無遠慮な視線だった。やがて「ははあ」と感心したようにつぶやくと、
「国王陛下の新しい愛人ですか?」
いきなりの失礼なセリフに、私より先に殿下が反応した。「無礼だぞ、クロム」
王様に対して無礼だと思ったのか、私に対して無礼だと思ったのか、どっちだろ。普通はどう考えても前者だけど、普通じゃない殿下のことだしなあ。
男は恐れ入るでもなく、「なら、ハウライト殿下の嫁候補とか」
「なぜ、そうなる」
男は難しいクイズでも出されたみたいに首をひねって、「まさか殿下の彼女ってことはないでしょうし……」
「クリアの世話役だ」
付き合うのが面倒になったのか、殿下は自ら解答を口にした。
「ああ、クリスタリア姫の」
ぽんと手を打つ男。なんか、所作がわざとらしい。もしかして、ふざけてる?
「暇なのか、クロム」
殿下もちょっと冷ややかな目で男を見る。
男は悪びれもせず、「暇じゃあないが、退屈ですね」と言って、凝りをほぐすみたいに肩を回して見せた。「大しておもしろくもない仕事なんで、殿下で遊ばせてもらいました」
「……通るぞ」
お気をつけてと手を振る男。そして用はすんだとばかりに、詰め所に戻っていく。
「お知り合いですか?」
こっちに戻ってきた殿下に、私は聞いてみた。
王子様とお城の兵士が知り合いなのは当たり前だから、よく考えたら間の抜けた質問である。
ただ、聞きたかったのはそういうことじゃなくて。
なんて言うか、お互いに態度がぞんざいで、それがかえって親しげに見えたんだよね。男が敬語を使っていなければ、「お友達ですか?」と尋ねたかもしれない。
「ああ」
殿下はうなずいたのか、相槌を打ったのか、微妙な反応をした。「それなりに長い付き合いではある」
「そうなんですか……」
私はちらりと詰め所の方を振り向いた。さっきの男の姿は見えなかった。
殿下も同じように詰め所の方を振り向いて、それから思い直したように「行こう」と言った。
堀にかけられた橋を渡り、城門へ。
見上げると首が痛くなりそうなほど巨大な門の周りに、これまた大きな4つの石像が配置されている。
右手に狼。左手に猫とカラス。頭上には翼を広げた竜。
「白い魔女」の使い魔たちだ。
私の知識では、使い魔は全部で5匹、竜は居なくて、トカゲとコウモリだったはず。確か、諸説あるんだよね。この城門はきっと、見栄えのいい方を優先したんだろうな。
門の両脇に、輝く銀の鎧に身を包んだ、屈強な兵士が2人。今度はちゃんと礼儀正しい人たちで、殿下の顔を見るなり一礼して通してくれた。
遠目に王城を見た時のような、感動も感慨もなく。
私は生まれて初めて、お城の中に足を踏み入れていた。




