表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十二章 新米メイドと魔女の杖
289/410

288 代償2

 最初に目にうつったのは、ひどく不健康そうな少女の顔だった。

 目は落ちくぼみ、頬はやつれ、髪はボサボサで手入れもされていない。明らかに病んでいるとしか見えない少女が、鏡の中からファイ・ジーレンを見返していた。


 少女の背後には、散らかった部屋があった。

 豪奢な天蓋つきのベッド、テーブルも椅子もクローゼットもその他の家具も、全てが高級品で一級品。

 誰か身分の高い人間の寝室のようだ。……それにしてはベッドはぐちゃぐちゃ、テーブルの上には使用済みの食器が置いたままで、ろくに換気もされていないのか空気も澱んでいる。

 だが、そんな些事さじよりも。

 ファイ・ジーレンの興味を引いたのは、少女が両手で抱えるように持っている1本の杖だった。


 少女の身の丈ほども長さのある杖。

 節くれ立った木の杖。

 魔女オタクであり、研究者であり、かつて王だった彼にはすぐにわかった。それが城の宝物庫に安置されているはずの、王国の秘宝・白い魔女の杖だと。


「これがあれば何でもできる……!」

 いつものように、頭の悪そうな少女の声が聞こえた。

「何でも手に入る! 何にだってなれる!」

 いつもと違うのは、その声がどこからともなく聞こえてくるわけではなかったこと。

「もっと大事にしてもらえる! もう誰にも馬鹿にされない!」

 彼自身の喉から発せられ、彼自身の鼓膜を震わせていたこと。

 自分の体が、勝手にしゃべっている。


 この状況はどういうことだろう、とファイ・ジーレンは訝った。

 自分は今、鏡を見ている。しかしそこにうつるのは別人の顔。勝手に動いて話す体。それらを合わせて考えると――。


「見てなさい……! もう姉さんにばっかり良い思いはさせないんだから!」


 自分の意識は今、少女の中に居るということなのか?


「鈍くさくて根暗で腐女子の姉さんなんかより、私の方がお姫様にふさわしいんだから!」


 ああ、うるさい。思考の邪魔だ。

 それにしても、もとより頭の弱そうな娘ではあったが、今日は輪をかけておかしくないか。

 さっきからずっと1人でしゃべっているのだ。話し相手も居ないのに、1人で。

 よく見れば、目付きも尋常ではない。

 鏡にうつる少女の瞳は、ギラギラと熱を帯びているのに、どこか虚ろで。

 目の前の現実を、あるがままにうつしていないように見える。妄想や妄執のたぐいに取り憑かれているように見える。

 そんな傍目はためにも危ない目をして、少女は叫んだ。


「お願い、私をフローラ姉さんにして! 母さんにもお城の偉そうな人たちにも大事にしてもらえる、世界一キレイなお姫様にしてちょうだい!」


 手にした杖を振り上げる。

 一瞬、目もくらむような光が室内を満たした。

 魔法だ、とファイ・ジーレンは悟った。今、少女は杖の力を使った。


「……うまくいったかしら!?」


 おそるおそるといった感じで、少女が鏡をのぞき込む。

 そこにうつっていたのは、先程のやつれて不健康そうな顔、ではなかった。

 ボサボサの髪は、艶やかな金髪に。落ちくぼんでいた目は、知的な鳶色の瞳に。やつれた頬はふっくらと。

 別人だ。別人の顔になっている。


「ああ……! キレイ!」

 感極まったように少女が叫ぶ。

 自分の顔を他人の顔に作り替えて、喜んでいる。

 常識などというものとはおよそ縁遠いファイにも、少女の精神状態がまともでないことはわかった。

「おぬし、だいじょうぶか?」と声をかけてやろうとしたが、無駄だった。

 どうやらこの体の主導権は少女にあるらしく、己の意思では動くこともしゃべることもできそうにない。


「この杖があれば、何でもできる……! 何でも……!」

 自分の中に、別人の意識があることには気づく様子もなく。

 うわごとのように繰り返しながら、少女は部屋を出た。

「思い知らせてやる……! 私を馬鹿にした奴ら全員、ひどい目にあわせてやるんだから!」

 魔女の杖を誇らしげに掲げ、ピカピカに磨き上げられた回廊を足音高く歩き出す。

 その際、邪魔する者たちを――おそらくは彼女に仕える使用人や警備の兵士だろう。止めようと立ちはだかる者たちを、杖の魔法で眠らせて。

 少女が向かった場所は、夜の庭園だった。


 ――ああ、ここは。覚えている。


 偉大なる先王アレクサンダー・クォーツが、愛する后のために整えた庭。

 多少荒れているが、見間違えはしない。

 この場所で王と、茶菓子をつまみながら談笑した日々。時には熱く議論を交わした思い出が蘇る。


 追憶に耽るファイをよそに、少女は星の輝く夜空に向かって、手にした杖を振り上げ、叫んだ。

「消えろ!」

 夜の庭に鏡はないので、ファイにはその時の少女の顔は見えなかった。

 ただ、ぞっとするほど憎々しげで、狂気に歪んだ声だけが耳を打った。

「あんたなんて居なくなっちゃえ! この庭も、お屋敷も、不細工な虎まんじゅうも生意気なメイドも、全部全部、消えてなくなれぇ!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ