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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十二章 新米メイドと魔女の杖
288/410

287 代償1

 えーっと、ちょっと待ってほしいんですけど。

 ファイ・ジーレンが偽名で、本名はアダムス・クォーツで、実は先代国王?

 ……すみません、理解が追いつきません。


 先代国王って、とっくに死んでるはずの人だよね。

 なんで、ここに居るの。しかも女の子の姿で。いわゆる生まれ変わりってやつ?

「どうやって現世に立ち戻った?」

 殿下も続けて問う。「いつ、どのような手段で母上の魔法を打ち破った?」


 ファイ・ジーレンは堂々と目をそらすことなく、「知らん」と言い切った。

「我にも皆目、見当がつかん」

「…………」

「我はずっと水晶の牢獄に居た。話し相手もなく、ただ1人。来る日も来る日も、目にうつるものといえばきらめく水晶ばかり……」

 まるであの絵本の王女様みたいなことを言い出した。


「2人の魔女のおはなし」で、国を救うという願いの代わりに、水晶の塔に閉じ込められてしまった王女様。

 彼女は10年もの歳月を孤独に過ごす。子供心に、とても気の毒に思った描写だ。

 一方のファイ・ジーレンは、あの政変からずっと閉じ込められていたのだとしたら――まさか、30年も? たった1人で、そんな場所に居たの?


「面倒な書類仕事を持ってくる文官どもがおらぬゆえ、王であった頃より快適ではあったがな。あそこでは本も読めぬ。思いついたことを書きとめる紙もない。率直に言って不便であったぞ」


 一瞬、心にわいた同情らしきものを、ファイ・ジーレンのセリフが消し飛ばす。

 不便とかいうレベルじゃないと思うんだけどな。普通は発狂しないか? 多分、私だったら3日ともたない気がする。


「綻びが生じたのは、ごく最近のことだ」


 ある日、突然。声が聞こえたのだという。

 誰も居ない水晶の牢獄に、どこからともなく響いてきたその声は、ファイ・ジーレンにとって聞き覚えのあるものではなく、彼の「不便な暮らし」を変えてくれるものでもなく。

 非常に頭の悪そうな、少女の独り言だった。


 ズルい、ズルい。

 姉さんばかり、大人にチヤホヤされて。

 私も綺麗なドレスを着て舞踏会に行きたい。

 本当は私の方が美人なのに。子供扱いして、馬鹿にして。


 嫌い、嫌い。母さんなんて大嫌い。

 私のこと怒ってばかり。ちっとも優しくない。

 買ってほしい物がたくさんあるのに。もっといろんな場所に遊びにだって行きたいのに。

 どうして我慢しなきゃいけないの。私、王女様でしょ?


 憎い、憎い。あいつが憎い。

 私は何も悪くない。生意気だから、懲らしめてやっただけなのに。

 どうして私が罰を受けるの。死ぬほど怖い思いをしたのに、誰もかわいそうだと言ってくれないの。


 母さんも姉さんも召使いたちも、みんな私を馬鹿にする。

 私が出来の悪い子で恥ずかしいから、2度とお外に出るなって言う。

 私は馬鹿じゃない。本当はわかってるんだから。

 私がこんな目にあうのは、全部全部あいつのせいだって。


「万事、その調子だ。およそ耳を傾けるほどの内容ではない。時折、遠くから響いてくるだけで、こちらが何か言っても聞こえた様子はない」


 会話はできないし、内容もつまらない。だから最初のうちは聞き流していた。

 が、声は日に日に大きくなっていく。聞こえる頻度も増していく。

 ファイ・ジーレンは次第にイラついてきた。ある日ついに我慢ができなくなり、「うるさい!」と叫んでいた。


「すると、なぜかあちらにも届いたようでな。たいそう驚いているようだった」


 なぜ、急に声が届くようになったのか?

 大いに興味を引かれたファイ・ジーレンは、少女と意思疎通ができないものかと試みた。

 しかし相手は「怖い、怖い」と大騒ぎするばかり。

「何なの、この声。どこから聞こえてくるの」

 ファイ・ジーレンが説明しようとしてもまるで耳を貸さず、やがてはパニックを起こして泣き出してしまった。


 ……そりゃ、ねえ。

 いきなり誰のものとも知れない声が聞こえ出したら、誰だってパニックになる。

 ムチャクチャ怖いと思うし、まして会話なんて絶対に無理だ。その状況で普通に話そうとするのなんてカイヤ殿下くらいじゃない?


「そのうち、我もあきらめた。うるさいのは慣れるしかないと耐えることにした」


 ファイ・ジーレンは全く悪びれない。どころか、迷惑したのは自分の方だと言いたげだ。


「しかし、あの夜。再び状況が変わったのだ」


 それは、今から10日と少し前のこと。

 彼は30年間過ごした水晶の牢獄から解き放たれた。

 前触れは何もなかった。ふいに水晶のきらめきが目の前から消え去ったかと思うと、見知らぬ場所に1人で立っていたのだ。

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