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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十二章 新米メイドと魔女の杖
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286 正体2

「この状況は何事か?」

 目覚めてすぐに、ファイ・ジーレンは私たち全員の顔を見回し、言った。

「誰ぞ答えるがいい。説明せよ」

 頼みの杖は取り上げられ、椅子に縛られているというのに脅えのカケラもない。

 この動じなさとナチュラルな尊大さ。……何だかちょっと誰かに似ているような気が。

 その「誰か」はファイ・ジーレンの偉そうな態度に怒るでもなく、

「貴公は本当にファイ・ジーレンなのか」

とマイペースに質問している。

「先々代国王アレクサンダー・クォーツのもとで研究を続け、多数の著作を遺したという、あの?」

「うむ、左様」

 あっさりと肯定され、殿下の瞳が陰る。「本当に……、生きていたのか……」


 ファイ・ジーレンは30年前に行方知れずになった研究者。だから殿下が驚く気持ちはよくわかる。

 でも、何だろ、その反応。ただ驚いているというわけではないような。

 まるで何か深刻な事態に直面した、みたいな感じ。行方知れずの研究者が実は生きていたからと言って、別に誰かが困るわけでもない気がするけど……。


 黙り込む殿下の代わりに、ダンビュラが口をひらく。

「なんで、フローラの顔なんだ」

 ファイ・ジーレンは彼の言っていることがぴんとこなかったらしく、

「そう言うおぬしは、なぜ獣の姿なのだ」

と尋ね返したりしている。

 鼻白む彼を制し、前に出たのはクリア姫だった。

「あなたはルチル姉様なのですか?」

 ファイ・ジーレンの眉が寄る。「我はそのような名ではない」と不愉快そうに吐き捨てる。

 クリア姫は怯まない。

「私が耳にした噂によれば、ルチル姉様は死霊に取り憑かれて夜な夜なさまよっていたといいます。その死霊というのが、あなたのことではないのですか?」


 あ、なるほど。そういう解釈もアリか。

 ファイ・ジーレンは先代国王の迫害によって命を落とし、現世をさまよう幽霊みたいな存在になって……。経緯は不明だが、ルチル姫の体に取り憑いた?


「我は死霊などではない。そもそも、死んではおらぬ」

 ファイ・ジーレンは少し考えて、

「……いや、正しく死んではおらぬと言った方が正確か」

 意味のわからない独り言のあと、口を閉ざしたままのカイヤ殿下に目を向ける。

「おい、リシアの子。おぬしに聞きたいことがある」

「カイヤ・クォーツだ」

 ムチャクチャ無礼な呼びかけにも、律儀に名乗る殿下であったが、

「ならば、カイヤよ。おぬしの父親は誰だ?」

 その質問は地雷だったようだ。傍目にもすっごく嫌そうな顔で、「なぜ、そんなことを聞く」と聞き返す。

「単純に興味があるからだよ。あの人嫌いのリシアが子を為すなど、我には信じられぬゆえ」

 いや、興味本位で聞いていいことじゃないでしょ。しかも今までの会話の流れとか全部無視?


「可能性があるのはクリフか、シャムロック辺りか?」

 さらりとファイ・ジーレンが口にした名前に、殿下は困惑の表情を浮かべた。

「そんなわけがないだろう。その2人は、俺の伯父だ。母上にとっては実の兄だぞ」

 王妃様の兄上――というと、30年前の政変で殺されてしまった――。

「そう驚くこともあるまい。クォーツの血筋において、近親婚など珍しい話ではない。耳にしたことはないか? 『王女の呪い』と呼ばれる迷信を」


 心臓が嫌な感じに飛び跳ねた。


 王女の呪い。それは「2人の魔女のおはなし」の中で唯一救われなかった王女が、愛する人を奪った白い魔女の子孫に「肉親しか愛せなくなる呪い」をかけたという――殿下の幼なじみであるケイン・レイテッドに言わせれば、「くだらない都市伝説」だ。

 事実ではない。そもそも「2人の魔女のおはなし」はフィクションだし、千年の歴史を持つ王家に対して、100年ちょっと前に成立した物語に過ぎない。

 ただ、この「王女の呪い」。

 目下、クリア姫を悩ませている問題と大いに関わりがあるだけに、この場でいきなり聞かされたことには動揺を隠せなかった。

 とっさにカイヤ殿下の顔を見てしまう。

「…………」

 殿下は無言でファイ・ジーレンを見返していた。いつもの無表情、だけどほんの少しだけ瞳が揺れているような――。


「迷信だ」

とファイ・ジーレンは繰り返す。手元の紙を読み上げるみたいに、抑揚のない声で淡々と、

「王家で近親婚が繰り返されたのには目的がある。祖先から受け継いだ『魔女の力』を保つため。そして、その力を持って生まれてくる者の数を増やすためだった」

 それを実行したのはファイ・ジーレンいわく、およそ150年前の王様で。

「単純に血を濃くすれば、魔女の力を使える者も増えると考えたのであろうな。全くもってくだらん。ナンセンスの極みだ」

 くだらん、くだらんと吐き捨てる。


「魔女の力を持つ者はほぼ数世代おきに、必ずと言っていいほど現れる。それは本家に限らぬ話だ。何代も前にクォーツから離れて他家に嫁いだ人間の、孫かひ孫辺りに発現した例もある。限度はあるようだが……。我が調べた限り、近親婚によって魔女の力を持つ者が増えることはない」

 ファイ・ジーレンはしゃべっているうちに熱がこもってきたらしく、

「おぬしも当然知っておろう? この国に古くから伝わる魔女のおとぎ話を!」

 勢いよく殿下の顔を振り仰ぐ。

「知っている」

 相手のペースに乱されることなく、落ち着いて相槌を打つカイヤ殿下。


 あの物語の中では、妹姫が実兄である王子に恋心を抱く。それが結果として、王国の滅びを招く。


「あの描写はおそらく、王家の近親婚を戒める狙いもあったのだろうと我は考えておる」

 当時、魔女の力を強めるためという名目で、半ば強制的にそれが推し進められ、結果として王家の血は逆に弱くなった。

 無事に育たない子供や、病む者が増えたのだ。親族との婚姻を強制された王族の中には、重い心の病気になった人も居たそうだ。


「あの物語が世に出たのは、ちょうどその時期と重なる」

 なるほど。やんわりと権力者を諫めるための寓話だったわけね。

「とはいえ、あのおとぎ話のもとになったのは各地の伝承だ。そこに何らかの真実は含まれているだろう。クォーツ家が人ならざる力を受け継いでいること、『魔女』と呼ばれる者がこの世に存在していることは事実であるのだし――」

「話がずれている」

 殿下の指摘に、一瞬固まったファイ・ジーレンは、元の話題が何であったか忘れていたようだ。しばし記憶を辿るように宙を見上げて、

「ああ、そうか。おぬしの父親が誰かという話であったな」

「…………」

「つまり、リシアも。変わり者で人嫌いではあったが、兄2人とだけは仲が良かったからな。ありえん話でもないと思っただけだ」

 軽く言ってるけど、不敬だろ。斬り捨てられても文句を言えないレベルだし、そもそも失礼だ。


 お身内を侮辱された殿下が、何を思ったのかはわからない。ちょっと不自然なくらい淡々とした声で、

「伯父たちは、俺が生まれるより前に亡くなっている」

 意味ありげに間を置いてから、静かに付け加える。「貴公が本物のファイ・ジーレンならば、その場に立ち合ったはずだ」

「そういえばそうであったな」

 けろりと肯定するファイ・ジーレン。

 

 ――立ち合った? 王妃様の兄君2人が亡くなった時に?


「それで? 結局、おぬしの父親は誰だ?」

「……ファーデン・クォーツだ」

 こんなことは言いたくないのだが、しつこく話題にされるのも不愉快だという顔で、殿下は返答した。

「なんと! あのファーデン!?」

 ファイ・ジーレンの体がのけぞった。縛られた椅子の脚が、ガタッと音を立てる。

「確かに、幼い頃から片恋を患っているようではあったが……。リシアの方はまるで眼中になかったはず。血筋から言っても、ファーデンの家はぱっとしなかっただろう。いったいどんな手を使った?」

「それも貴公がファイ・ジーレンなら、他人事ではないはずだ」

 少し考えればわかるだろうと言われて、ファイ・ジーレンは本当に考えるそぶりを見せた。

「ああ、そうか。他にふさわしい者が残っていなかったのだな?」

「そういうことだ。ファーデンが即位した当時、クォーツ姓を持つ男子は激減していた。特に本家に近い血筋の者は、ほとんどが命を落としていた。……30年前の、あの政変で」

 淡々と紡がれていた殿下の声に、まなざしに、ふと冷ややかな怒りの色が混じる。


「そのような目で見られるのは心外だな」

 ファイ・ジーレンは気分を害したようだった。

「我が殺したわけではない。あの頃、権力を握っていた連中が勝手にやったことだ。我など、所詮は利用された駒のひとつに過ぎぬよ。にも関わらず――」

 今度はファイ・ジーレンの瞳が冷たく光る。

「リシアは我を仇と呼んだ。我だけは絶対に許すわけにはいかぬと言って、水晶の牢獄に我を封じたのだ」

 水晶の牢獄? と首をひねる殿下と私たちに向かって、

「指輪だよ」

とファイ・ジーレンは告げた。椅子に縛られたまま背後に首をひねり、

「今はこの娘の指にはまっておるだろう。青い石の指輪だ」

 クロサイト様が歩み寄り、その手を確認する。

「……確かに、あります」


 私は唐突に思い出した。

 今年の春。クリア姫と2人で王室図書館に行く途中、ルチル姫に待ち伏せされた時。

 彼女はギンギラギンに派手な装いをしていた。

 フリフリのミニスカドレスに、ルビーの髪留め、ゴールドのブレスレット。そんな贅沢な装飾品の中に、ひとつだけ地味で古風な指輪があった。


「30年前、我はリシアの魔法によって肉体と魂を切り離され、魂のみをこの指輪に封じられた。以来、己が生きているのか死んでいるのかもわからぬ状態で時を過ごしてきた。政変で惨殺されるのと、さてどちらがマシであったろうな?」

「俺にはわからん。どちらも経験がない」

 ただ、と付け加えるカイヤ殿下。

「そうするだけの理由が母上にはあったのだろう」

「つまりは復讐であろう? であるならば、相手は我1人に限らぬはずだがな」

「…………」

 沈黙が流れる。殿下とファイ・ジーレンの間で。怒りや敵意をはらんだ、妙に重たい沈黙が。


 それを終わらせたのはファイ・ジーレンの方だった。椅子に縛られたまま、肩でもすくめるような仕草を見せて、

「まあ、よい。リシアのやったことは許せぬし納得もできぬが、それは息子のおぬしには関わりないことだ」

「!」

 殿下が瞳を見開く。ひどく意外なことを言われでもしたように、ぱちぱちとまばたきを繰り返している。


 私はいいかげん疑問に感じ始めていた。

 ファイ・ジーレンってお城の研究者じゃないの?

 なのに、王妃様に復讐されたってどういうこと。


 同じ疑問は、その場の全員が持っていたと思う。

 会話が進むたびに室内に満ちていく困惑を、殿下も察したらしく。私たち全員の顔を見回して、

「ファイ・ジーレンというのは、昔、とある男が使っていた偽名だ。本来の地位を隠し、研究者として活動するための筆名のようなものだった」

 視線をファイ・ジーレンに戻し、

「この男の本名はアダムス・クォーツ」

 30年前の惨劇を引き起こしたとされている。多くの罪なき人々をその手にかけたと言われている。

 が、実際は魔女オタクの研究者で、政治には興味がなく。

 惨劇の間も、我関せずと自室にこもって研究を続け、そのまま研究室で変死した男。

「王国史上最悪の王と呼ばれる先代国王。それがこの男の正体だ」

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